赤い月と撲殺魔っ
ガッ!
「うふふふ……どうしたのですか、ガタガタと震えて」
ゴッ!
「ひ、ひぃぃ!」
「腰が抜けて動けないの? 随分と情けない兵士さんね」
ガッ!
「あら、頭が無くなっちゃった。ぜーんぜん殴り足りないですねぇ…………うふふふふふ」
「お、お前は何なんだよ! 俺達に何の恨みがあるんだよ!」
「う・ら・みぃ? うふふふ、貴方達に恨みなんてありません」
「だ、だったら何で俺の仲間を……!」
「そうですね…………敢えて理由を作るなら、貴方達が私の前を横切ったから、で如何でしょうか」
「そ、そんな理由で俺達を!? く、狂ってる!」
「狂ってる? 狂ってる? そうだね、私は狂ってる。狂々々々々…………うふふ、うふふふふふ!」
ブン ガッ!
「ぎゃ!」
ブン ゴッ!
「ぎえ!」
ブンブンブンブン ガッ! ゴッ! ガッ! ゴッ!
「があああああっ!?」
「うふふふふふふふふふっ!!」
「……これで……八人目、ですか」
明朝に突然呼び出されたわたくしは、目の前に広がる光景に憮然とするしかありませんでした。
「どうやら、また〝紅月〟の犯行らしいのです」
それはあり得ませんわ。紅月は昨日の夜は教会でグッスリと寝ていたのですから。
「前回、前々回は単なる模倣犯だと思われましたが……今回は間違い無く〝紅月〟かと」
「…………貴方、もしかして新人さんですの?」
「え? あ、はい、先日警備隊を拝命されました」
先日拝命……ですか。
「で、貴方が犯行を〝紅月〟に認定された理由は、まさかの……アレですの?」
「……? あそこまで堂々と名乗ってあれば、それ以外に可能性は無いでしょう」
……壁一面に血によって書かれた「赤月参上」という文字を見ながら、わたくしは深い深いため息を吐くしかありませんでした。
「とにかく、全員生き返らせますわね」
「あ、はい、お願いします」
「『彷徨える魂よ、肉体に戻りなさい』」
「っ……は!?」
「気が付きましたか?」
「え…………あ、聖女様!?」
「うっわ、本当に生き返った……」
先程の新人さんが何か呟いていますが、今は無視します。
「お久しぶりですわね。どこかまだ痛い箇所はありまして?」
「あ、いえ、大丈夫です」
子ども園の件ですっかりご無沙汰になっていましたが、毎朝の奉仕の際に挨拶を交わしていた、顔見知りの衛兵さんです。
「お陰様で助かりました。ありがとうございます」
「一度殺されたのですから、助かってはいませんわよ」
「た、確かにそうですな、ははは……」
「それより、犯人は目撃されましたの?」
「犯人…………ああ、そうだ! 自分はハッキリと目撃しています!」
殺された当事者なのですから、それは間違い無く目撃していますわね。
「どんな人相ですか!?」
「きゃっ!?」
咄嗟に押されたわたくしは、思わず尻餅を搗いてしまいました。
「お、お前、聖女様に対して何て事をするんだ!?」
「え……あ、すいません。聴取に邪魔だったもので」
「お前……!」
衛兵さんが新人さんの襟首を掴みます。
「何ですか、その手は。僕に対して暴力を振るうつもりで?」
「お前が聖女様にした事も暴力じゃないのか!?」
険悪な空気が漂うなか、隊長さんらしき方が割って入ります。
「止めろ! 同じ警備隊同士でいがみ合ってどうする!」
「……あ、はい、すいませんでした」
「も、申し訳ありませんでした」
その隊長さんが手を貸して下さったので、わたくしはそれに助けられる形で立ち上がります。
「ありがとうございます」
「いやいや、うちの新人がご迷惑をおかけしたようで……あとで叱っておきますので、どうかご容赦を」
「大丈夫ですわ。これも主のお導きなのでしょう」
「あのー。聖女様はもうお帰り願っていいのでは? 生き返らせるべき人は全員生き返らせてもらったんだし、もう居てもらう理由無いでしょ」
…………はい?
「お前は……! さっきから何なんだ、その聖女様に対する態度は!?」
再び新人さんに掴み掛かろうとする衛兵さんを、隊長さんが身体を張って止めます。
「ええっと、新人さんでしたわね、貴方」
「はあ、この隊に来て日が浅いですから、新人扱いでも仕方無いかも」
「ならばわたくしがロードだという事は、ご存知ありませんのね?」
ロードという単語を聞いた途端に、新人さんの表情が変わりました。
「ロ、ロード!? 貴女が、ロード!!!?」
「はい、そうですわ」
「ついでに自由騎士団団長で、セントリファリス町長代理で、魔国連合友好大使で……他にも色々と肩書きをお持ちだ」
そうですわね、獣王にもなりましたし、最近ですと元園長でもありますし。
「フ、フリーダン団長……つ、つまり、自由騎士団自治領の領主!?」
「それは……そうなってしまうのでしょうか」
そこまで話が進んだところで、他の隊員さんがわたくしの元に近付いてきました。
「あ、あの……」
「はい、何か?」
「実は……」
わたくしが耳打ちをされている間、新人さんは隊長さんから吊し上げられていました。
「す、すいません! ごめんなさい!」
「聖女様であろうが、ロードであろうが、相手は女性なのだぞ! 警備隊員である以前に男としてどうなんだ、という問題だぞ!?」
文字通りに吊し上げられている新人さん。お気の毒だとは思いますが、助ける気にもなりません。
「で、どうしましょうか?」
「どうしましょうと言われましても……わたくしにどうしろと?」
「いえ、聖女様は獣王でも在らせられますし」
獣王……ですか。
「街中に現れた巨大な熊。対処できるとしたら、獣王以外に居ないかと」
……街中の巨大な熊……どう考えてましても、ベアトリーチェ以外に居ませんわよね。




