旧貴族と撲殺魔っ
新章開始です。
以前に出てきたノーラ一家と言う窃盗団、覚えておるじゃろ。あれが根城にしておったのが「旧貴族街」と呼ばれておる場所じゃったんじゃが……今回はそれにまつわるお話じゃ。要は廃屋ばかりの無人街なのじゃが、大きくて立派な家ばかりが並んでおるもんじゃから、通称旧貴族街なのじゃよ。
わたくしはその日、旧貴族街の警備状況についてお聞きしたい事があり、町役場まで来ていました。
「おはようございます、皆様」
「これはこれは聖女様」
「……何度訂正すれば分かって頂けるのでしょうか。わたくしは聖女ではありません」
「これは失礼致しました」
どうしてこれだけ訂正しても、皆さんわたくしを「聖女様」と呼ぶのでしょうか。本当の聖女様に悪い影響が行かないか心配です。
「……あの、シスター?」
「あら、失礼しました。少し考え事を……それより警備隊長様はいらっしゃいますか?」
「警備隊長……ですか」
さっきまでニコニコしていた受付の女性、眉間に皺を寄せます。
「どうかなさいましたの?」
「いえ、警備隊長からは『誰か訪ねて来ても、留守だと言っておけ』と言われておりまして……」
あら、それはつまり。
「居留守、ですわね」
「はい」
「何か用事があるのでしたら、出直しましてよ?」
「いえ……この場合は、シスターに喝を入れて頂くべきかも」
はい?
受付の女性に案内して頂き、警備隊長様のお部屋の前に行きます。
すると。
ぐがああああああっ
ギリギリギリギリ
「……何の音ですの」
「……警備隊長の……イビキと歯軋りです」
つまり、寝ていらっしゃるのですね。
「前日に、何かありまして?」
「いえ、何も」
「徹夜で張り込みをしていた、とか言う事も無く?」
「はい。これがいつもの事でして」
いつもの事……ですか。
「つまりお仕事中に堂々とサボっているのですわね?」
「まあ……その通りです」
…………神聖な職場で、しかも皆様が働いていらっしゃる最中、堂々とサボるなんて。
「これはぁ、お仕置きが必要ですわねぇぇ……」
「はい! ぜひ殺っちゃって下さい!」
杖を握り直し、中に入りました。
「ぐがががががが、ぐごごごごっ」
ギリギリギリギリ
広く造られた警備隊長様の部屋。その中央にあるソファで横になって寝ていらっしゃるのが……。
「警備隊長様、ですの?」
「は、はい……」
「おかしいですわね。先月まで警備隊長様は初老の方だった筈では?」
「今月の始めに腰を痛められまして」
あらあら、それはお気の毒に。
「全治二ヶ月の重症だそうでして、その間は副隊長であるブタルス……いえ、ブルタス様が代行を」
成る程、肩書きに隊長代行と付いた途端、本性を表したのですわね。
「それにしても、よくこれだけ肥満体型で副隊長が務まってましたわね」
「代行になるまではスリムだったんですよ。それがたった一ヶ月で……」
ここまで肥満した、と?
「はぁぁ……怠惰も立派な罪であると、教典にも明記されてますのに……仕方ありませんわね」
日の光を背後に受けて、顔が影に覆われます。
「貴女は……危険ですからぁ、もう戻られて下さいなぁ」
「は、はい! どうかよろしくお願いします!」
そう言って受付の女性は嬉々として部屋のドアを閉めました。
「余程手を煩わしていたのですね…………このブタさんはぁ♪」
ソファの脚を狙って、まずは一振り♪
ブゥン! バキャア!
ガクン ドスゥン!
「ふがっ!? ななな何事だっ!」
「何事でしょうねぇぇ……ブタさん」
「ブ、ブタだと!? 無礼な奴め、一体誰だ!」
キョロキョロと周りを見渡すブタさんとわたくしの目が合います。
「誰だ、この女は!」
……あら?
「わたくしをご存知無い?」
「知るか! ボクは三ヶ月前に都から赴任してきたばかりの伯爵様だ!」
あら。都から、ですの。おまけに爵位持ちですか、そうですか……。
「それはそれは、都から赴任されたと言う事は、無能すぎて左遷されたのでしょうか。ねええ?」
クスクス笑って差し上げると、ブタさんはブルブルと震え始めました。あら、怒ってしまわれたかしら?
「こ、この……このクソ女ぁぁぁ!」
そう言ってわたくしに飛びかかり。
「きゃー」
押し倒した挙げ句。
ビリビリィ!
わたくしの法衣を破ってきたのです。
「何を為さるんですの?」
「女がぁぁぁ! 女如きがボクを愚弄するなんてぇぇぇ!」
バリバリ!
更に破かれたわたくしは、半裸に近い状態になりました。
「……さて、充分ですわね…………きゃああああああああああああああっ!!」
腹の底から声を全開で発します。わたくしにのしかかっていたブタさんの手が止まる程の大きさで。
「いやぁぁぁ! 誰かぁ、誰かぁぁぁぁぁ♪」
わたくしの悲鳴を聞きつけて、廊下が騒がしくなります。
「今の悲鳴は!?」
「シスターではありませんでしたか!?」
「シスターでしたら、警備隊長と話があると仰られて」
先程の受付の女性の言葉で、全ての音が警備隊長室の前で止まります。
「あわ、あわわわ……」
戸惑うばかりのブタさんに留めを刺す為、最後の一押しです。
「すぅぅ……嫌ぁぁぁ! 警備隊長様が、警備隊長様がぁぁぁ!」
「やはりこの部屋か!」
「ええい、緊急事態だ、蹴破ってしまえ!」
バン! バン! バン!
木製のドアが大きく軋み。
メキメキ……バァァン!
ついに蝶番が外れ、内側に倒れます。
「シスター、大丈夫…………な、何たる事だ!」
「お労しや、シスター!」
女性が何人か駆け寄り、わたくしに布を掛けて下さいます。
そして、ブタさんは。
「言い逃れできると思わない事ですな、警備隊長代行!」
「このような破廉恥な真似を……! それもロードの地位に在らせられる聖女様に対して……!」
「ボ、ボクは悪くない! 無実だあああ!」
「五月蝿い! 神妙にしろ!」
「ついにやりやがったな、このクソ貴族が!」
「ボ、ボクの父上は伯爵なんだぞおおおおっ!」
やれやれ、これでブタさんもお終いですわね。
さて、ここで疑問に思われる方もおるじゃろ。いつものシスターなら、問答無用で調伏するはずじゃ、と。
その答えが「旧貴族」なのじゃよ。
聖女様頑張って、という方は、高評価・ブクマを頂ければ、更に撲殺率が上がります。