託児所の名前は撲殺魔っ
預かる子供さん募集の案内を町内のあちこちに貼り、大体の準備が完了しました。
「うん、ここまで来ると、後は組織の見える化かな」
組織、ですの?
「四人しか居ませんのに、組織が必要ですの?」
「要は一番偉い人を決めようって事だよ、にゃは~」
ああ、つまり役職決めですか。
「でしたらルディが園長ですね」
「ああ、そうなるわね」
「何てったって、大司教……元」
「元言わないで。それにアタシは大司教と言っても、代行だから」
「そうそう、それですわ。いつから代行になったんですの?」
それを聞かれたルディは、バツの悪い表情を浮かべました。
「いやぁ、その…………ちょっとはっちゃけ過ぎちゃって」
……つまり罰なのですね。
すんなり決まるかと思っていたのですが、思わぬところから横槍が入りました。
「我が半身を役職で縛ってもらっては困る」
そう、大司教猊下からです。
「そうですわね。ルディは陰での活躍も多かったのでしたね」
「そうだ。そろそろそちらの仕事を片付けてもらわねば困る」
そう言って大司教猊下……ルドルフは澄んだ瞳をわたくしに向けました。
「……………………え? だ、誰?」
それを片膝着いた体勢で見ていたリブラが、ルドルフの顔を見た途端、思わずそう呟いてしまいます。
それは「呟き」と言うには少し大きな声だった為、わたくしは勿論、ルドルフにもバッチリ聞こえてしまい……。
「リブラよ、我が顔に何か付いておるかな?」
「えっ、あ、いや、そうじゃなくて、その」
「……ああ、そう言えば、その姿のルドルフを見るのは初めてではなくて?」
「む、そうか。言われてみれば、そうかもしれぬな。枯れた姿の我しか見ておらぬ、か」
そう言った美青年は法衣を翻し、リブラの方を向きます。
「っ…………!」
珍しく真っ赤になって狼狽えるリブラ。ふふ、可愛らしいですわね。
「この御方が真の姿のルドルフ・フォン・ブルクハルト大司教猊下ですわ」
「え、だ、大司教猊下って……た、確か、それなりにお年を召された……」
「あれは魔力の大半を我が半身に譲った事による、反動であるな」
「は、反動でおじいちゃん化しちゃうの!?」
「『ドッペルゲンガー』とは、そういうものなのだ」
わたくしも詳しくは知りませんが、ルディが活動的な時はルドルフが年老いて動き辛くなり、逆にルドルフが若返った時はルディが大人しくなります。
「話が逸れたな。で、園長の件は考え直してもらえぬか?」
「大司教猊下の御心のままに」
そうなりますと、園長はわたくしになりますわね。
「急に済まぬな、リファリスよ」
「お気になさらず」
「……ふむ。お詫びと言っては何だが、我が新しい託児所の名付け親となろう」
あらあら、大司教猊下に名付けて頂けるのでしたら、箔が付きますわね。
「とは言っても、冠詞は既に決まっているが」
「そうですわね、○○託児所となりますものね」
「いや、違う。聖リファリス○○だ」
聖リファリスが決まっていて、下が決まっていない?
「託児所、以外にはありませんでしょ?」
「うむ……実はな、単なる託児所では無く、少し違った要素を持たせたいのだ」
単なる託児所ではない?
「ただ子供を預けるのではなく、教育を施せないかと思ってな」
「託児所で……教育ですの?」
託児所とは、子供さんを預かる場。それ以外に考えた事はありませんでしたわ。
「うむ。教育とは言っても、そう難しいものではなく、簡単な計算や読み書きの基礎を」
「簡単に仰いますけど、かなり難しいですわよ?」
「可能だ、聖女ならば」
ぐっ。
「こ、困ったら聖女の名を持ち出せばよい、と思っているのならば大間違いですわ」
「いや、実際に可能だろう?」
……はあ。
「やっと分かってきましたわ。ルディを裏で操っていたのは、ルドルフでしたのね」
「操ってなどいない。我が半身も納得の上で、だ」
ルディを睨むと……あら、もう居ませんわ。
「逃げ足が早い……ルドルフ、ルディに魔力を与える必要は無いのでは?」
「我もそう思わんではないが、必要な時は必要なのだ」
あれだけ元気があれば、必要無さそうな気もしますが……。
「それよりルドルフ、わたくしに教鞭を取らせて何がしたいんですの?」
「いや、第二第三の聖女が生まれれば、と思っただけだ」
嘘はいけませんわよ。まだ何か企んでますわね。
「……見返りは期待させて頂きますので」
ルドルフは何も答えてくれませんでした。
そして、預かる子供さん募集開始の日。
「…………」
百人以上集まった人の山に、圧倒されるしかありませんでした。
「な、何故こんなに集まっているんですの!?」
「そりゃそうでしょ。聖女様自ら陣頭指揮を執って、新しい形の託児所を始めるって言うんだから」
「話題性は抜群と思われ」
そ、そんな!?
「わたくしが関わっているというだけで、ここまで人が集まってしまうんですの!?」
「……今更だけど、リファリス……自分のネームバリューについての自覚、ある?」
「あったらこんなに動揺しない」
「あ、確かに」
わたくしの、と言うよりは聖女の、と言うべきではありませんの!?
こうしてシスターが園長を務める学習型託児所「聖リファリスこども園」が開業する日が近付いてきたのじゃ。
撲殺魔こども園は、流石に止めた。




