一兵卒の大司教猊下代行っ
ブクククククク……だ、大司教猊下もシスターには形無しじゃのう。見事に財布の紐を握られておるわい。
まあ、元々は大司教猊下が蒔いた種じゃからの。スッカラカンになるまで、出てくるものは使えば良いのじゃ。
「うぐ、えっく。ア、アタシのお小遣いがぁ……」
「……自業自得であろう、我が半身よ」
……ルドルフに泣きついたルディは、大きな大きなため息の後、至極当然なお説教を頂きました。
「あれだけの資産を持ちながら、我に小遣いを強請ってくるだけでも考え物だったのに……」
「ル、ルドルフ?」
あら、こめかみに血管が浮かんでますわね。本気で怒ってますわね。
「……ルーディア・フォン・ブルクハルト大司教代行!」
「は、はひ!?」
固まるルディ、怒れるルドルフ。
「今回の件の責任を取ってもらう為、大司教代行の任を解く」
「えええっ!?」
「そして、シスターの傘下に入り、工事が終わるまで二十四時間体制で奉仕せよ。その態度如何で復帰と小遣いについては考えよう」
「えーーーーっ、奉仕ぃ!?」
ルディが悪態をつきかけると、ルドルフの冷たい視線が鋭さを増しました。
「不満か? ならばシスターの元へ弟子入り兼小遣い廃止兼全財産差し押さえでも」
「謹んで奉仕させて頂きますっ」
……本気で怒らせたら、わたくしでも敵いませんわ……ルドルフには。
「……と言う訳で、しばらくわたくしの元で働く事になりました、ルーディア・フォン・ブルクハルト前大司教代行ですわ」
「よ、よろしくお願いします……」
いつもの派手派手しい格好では無く、慎ましやかな修道着姿のルディがトボトボと頭を下げました。
「ま、待って待って。私、いきなり大司教猊下と同僚なの!?」
「その大司教猊下が許可なさった事ですから、何の問題もありませんわ」
「え、だから大司教猊下と同じ立ち位置なんて」
「ですから、大司教猊下が許可なさったと」
「あー、ストップストップ。二人とも、ちゃんとルビ振ろうよ」
「「……は、はい?」」
「リブラが言う大司教猊下はルディで、リファリスはルドルフだね」
あ、ああ、そう言う事ですの。
「リブラ、ルディの大司教代行の地位は、ルドルフ大司教猊下によって剥奪されています」
「…………へ? そ、そうなの?」
「そうなんです」
「そ、そうなっちゃった……」
「そうらしい」
そこまで聞いたリブラは、ようやく納得がいった様子でした。
「じゃ、じゃあ、いつもみたいな強大な魔力を感じないのも……」
「ルドルフから供給をカットされていますわ」
そこまで聞いてリブラは、ニヤリと笑いました。
「そうですかそうですか、それは災難でしたねぇ……ルーディア」
「ぅぐぅ……」
そう言うとリブラは、指でチョイチョイっとルーディアを呼び。
「……たっぷりと働いてもらうからね。前大司教猊下」
「…………はいぃ」
止めを刺しました。
「ほら、ボサッとしない! 早く窓を拭いちゃいなさい!」
「ひええっ」
次の日から、リブラの徹底的な扱きが始まりました。
「……まだ汚い、やり直し!」
「びええっ」
何度も何度も反復で掃除をさせ。
「早く買ってきなさい。今日は五分よ」
「ひええっ」
「一秒でもオーバーしたら、夕ご飯抜きだからねっ」
「びええっ」
買い物と言う名の走り込みによって、胃液を吐き出す寸前まで追い込まれ。
「今夜はモップを構えたまま寝なさい。一歩でも動いたら朝ご飯抜きだからねっ」
「ひええっ」
「はい、フラフラしない。まだ始まったばかりなんだから」
「びええっ」
夜は夜で立ちっ放しで寝る事を強要され、精神を研ぎ澄まさせられ。
「うぅ、グスッ」
肉体的にも精神的にも追い込まれていったのです。
……一晩だけ。
「おはようございます、リブラさん!」
「うん、おはよう。今日も窓拭きから」
「終わりました」
「始めて……はい?」
「ですから、終わりました」
驚いた様子で窓を見に行くリブラ。
キュッキュッ
「っ!? ほ、本当に終わってる……」
「リブラさん、次は何をしましょうか?」
「そ、そうですね……ゆ、床掃除を」
「はいっ」
バヒュンッ
凄まじいスピードでモップとバケツを取ってきます。
「え……い、今の、『進脚』だよね?」
「昨日一日でコツを掴みました!」
「はああっ!? た、たった一日で!?」
「では、三十分くらいで終わらせてきます! はあああっ!」
バヒュンッ
「……相変わらず天才ですね、ルディは」
「て、天才って」
「ルディの普段の魔力は、あくまで本人の努力の賜物ですわ」
「えっ」
「あの娘の莫大な資産も、自らの事業によって築き上げたものですし」
「ええっ」
「リブラ、普段の奉仕作業の中に槍術の修行を混ぜていませんか?」
「う、うん。あのモップ掛けは『紫電槍』の修行を兼ねてる」
「でしたらルディは三十分でそれをマスターしますわ」
「ええっ!? ふ、普通は騎士団の新入りがさせられる初歩的な修行だけど、習得するのに一年はかかるよ!? それを三十分でマスターしちゃうっての!?」
「だから天才なのですわよ」
三日後には。
カンッキィンギィン!
「はあああっ!」
「う、くっ、くぅぅ!」
槍は門外漢だとしても、百戦錬磨のリブラ相手に互角以上に戦えるようになり。
更に三日後には。
「はい、今日の奉仕全て終わりました!」
「は、はあ、はあ、ひぃ」
奉仕作業全てにおいて、リブラを追い越し。
更に三日後には。
「リブラさん、次は剣を教えて」
「駄目えええええええっ!!」
リブラの存在自体を脅かすようになった。
「……流石は天才の半身、ルディですわね」
リブラ、剣だけは抜かれまいと必死。




