不文律と撲殺魔っ
「魔女様……」
「魔女様……」
「あ゛ーーーーっ! だから知られたくなかったんだああっ!」
感涙を流しながら寄り添う奴隷達を振り払う事もできず、頭を掻きむしるアルフリーデ。
「うふふふ、昔を思い出せて嬉しいですわ。相変わらずですわね」
「昔をって……まさか魔女様は、同じような事を過去にも?」
「ええ。拾ってきた子犬や子猫」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「〝魔女〟の跡継ぎに決まってからは、ますます善行を隠すように」
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ぃ!!」
「普段はどちらかと言えばぶっきら棒でしょう?」
「そう……ですね。無愛想ではありますが、少し可愛い面が見え隠れ」
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ!!」
「魔女様は私達の働き過ぎを心配なさって、突然『命令、今日は休み!』とか仰られて」
「理由とお窺いしますと『はあ? 単なる気紛れだよ』とか仰って」
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ!!」
「つまり、それは……」
わたくしと奴隷の方々は、クスリと笑ってから同時に。
「「「ツンデレですね」」」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っふ!? ぐふぅ」
バッタアアン!
「魔女様!?」
「しっかりして下さい!」
「顔を真っ赤にして痙攣されてますわ!」
「熱は……ああ、高いです。早くお布団を!」
出ましたわ。アルフリーデ特有の症状、ツンデレ熱。周りから褒めちぎられると発症し、数日寝込んでしまうのです。現実逃避の為の、身体の防衛反応と思われます。
「……貴女方でアルフリーデを看て差し上げて下さい。何か必要なものがあれば、できる限り用意致しますわ」
「ありがとうございます。でしたら、解熱作用のある薬草を分けて頂ければ」
「分かりました。すぐに準備しましょう」
そう言って部屋から出ますと……。
「リファリス」
リジーが立っていました。
「どうでしたか?」
「うん、ここに来るまでに、幾つか回ってたらしい痕跡があった」
やはり、ですか。
「具体的には、どのような場所に?」
「やっぱり聖地が殆ど。特に中央は念入りに調べられていた」
「……つまり、大司教猊下の?」
黙って頷きます。ああ、やはり……。
「アルフリーデの奴隷の皆さんは、カムフラージュに使われていたのですね」
「うん。既に三人くらい、怪しい奴が捕まってた」
はあぁ……これだから魔王教は。
「お戯れの最中に申し訳ありません。少しお話をお窺いしたいのですが」
うなされるアルフリーデを看ていた奴隷の皆さんが、一斉にわたくしの方へ振り向かれました。
「……息が合ってますわね……」
「……あの?」
あら、失礼しました。
「お一人ずつ、事情聴取させて頂きたいのです」
事情聴取、という言葉に不安の色を見せます。
「はっきり言わせて頂きますが、貴女方が聖地周辺で怪しい動きをしていた事は、既に掴んでいます」
「っ!?」
「それが万が一にも、大司教猊下に危害を加える目的で為されていたのであれば……」
「ち、違います! 私達はそんな大それた真似は……!」
必死に否定されます。まあ、最初から認めるくらいでしたら、密入国なんて危険は冒しませんわね。
「では、何の為に聖地へ?」
奴隷の皆さんは最年長らしい奴隷さんを見上げ、そして頷きました。
「私から説明させて頂きます」
「貴女は……何とお呼びすれば?」
「私は……奴隷契約の際に本名は奪われましたので、普段は『奴隷A』と呼ばれていました」
A……。
「そう言えばアルフリーデは、拾ってきた子犬や子猫にも『犬A』だの『猫B』だのと名前を付けていましたね」
「…………魔女様……昔からなのですね」
悪い癖ですわね。
「ではAさんとお呼びしましょう。事情を説明して頂けますか?」
「はい。私達は魔女様では無い方から、この手紙を大司教様に直接渡すように命令されました」
手紙を?
「見せて頂けますか?」
「はい、これです」
懐から取り出した封筒を受け取り…………これは。
「この封筒を触られた方は、手を挙げて下さい」
……全員挙手されました。
「……まだ苦しいでしょうが、アルフリーデを起こして頂けますか? この事実は主人であるアルフリーデ自身に告げなければなりません」
「……必要な事なのですね?」
「はい」
「……分かりました。魔女様、起きて頂けますか?」
まだ熱で朦朧としているアルフリーデは額に汗を浮かべながら、Bさんに介助してもらってようやく身体を起こしました。
「…………何?」
「単刀直入に言いますわ。貴女の奴隷達が預かった封筒ですが、中から強烈な毒素を感じます」
「……毒素?」
「魔草の花の毒、と言えば分かりますわね?」
「魔草の……花の毒?」
あら、知りませんか?
「ならば……『ケガレグサ』と言えば分かりますわね」
ケガレグサ、と言う単語を聞いた途端、リジー以外の全員が凍り付きました。
「……? リファリス、何故に全員カッチコチ?」
「この世界の住人では無いリジーは、知らないのも無理ありませんわね。詳しくは後日としますが、簡単には教えてあげますわ」
「うん、是非」
呪いっぽい名前に心惹かれているのでしょうが……。
「まず教えなければならないのは『ケガレグサ』という言葉自体が、口にしてはならないのが不文律となっています」
「ケガレグサ、が?」
「ええ。ですから現在は『魔草』と呼ばれているこの草は…………三つの大陸を滅ぼした原因なのです」
魔王教の狙いが見えてきました。




