出征する撲殺魔っ
第二防衛線を突破され、残るは最終防衛線。
「つまり、王都の目と鼻の先となります」
「分かってるよ、リファリス」
「同じくと思われ」
王都と聖地サルバドルは、険しい中央山地を挟んだ大陸の端と端。例え王都が陥落したところで、ここまで来れるものではありません。
「海路では途中に〝嵐の海〟がありますから、聖地に着く前に大打撃を受ける事は必須。反対側は〝泥の海〟ですから、船での航行は不可能……」
「つまり、中央山地を越える陸路しかあり得ないよね」
そうですわね。
「つまり、聖地サルバドル……そしてセントリファリスに危険が及ぶ可能性は低いわ」
そうですわね。
「だけど……行くつもりなの?」
「はい、行きます」
「断ったよね? リファリスはロードとしての出征を拒否したよね?」
「はい、ロードとして、はっきりとお断りしました」
「だよね。なのに、何で行くって言い出すんだよ?」
そんなの簡単ですわ。
「最後の砦となるのが、自由騎士団自治領だから、ですわ」
「……本当に行くのか」
大司教猊下も驚いた表情を浮かべますが、止めようとする気配は見せません。
「はい。わたくしは不本意ながらもフリーダン団長になっていますので」
「そうだったな。騎士団員全員の推挙であったが故に許可したが……」
「逆に言えば、大司教猊下が許可された時点で、わたくしが赴く運命は確定してましたのよ」
「……そのつもりが無かったのか、と言われれば嘘になるな」
「やはり、そうでしたのね。つまり、ルディを?」
「うむ。今回は大司教直属軍が参加する」
……やはり……。
……ルディを守る為にも……。
「もう決まった事です。異論は聞くつもりはありませんわ」
「だ、だからって、リファリスが最前線に出るなんて……!」
「あら、わたくしが最前線に出るとは決まってませんわよ?」
「でもフリーダン団長として行くんでしょ!? だったら……」
まあ、その可能性は無きにしも非ず、というところでしょうか。
ですが。
「わたくし、今回は何が何でも行かせて頂きます」
一時間に渡るわたくしへの説得は、結局失敗に終わったようです。
「……っ……リファリス、聖女って石頭っていう特性があるのかな」
「かもしれませんわね」
「はあ……だったら、弟子の私も石頭になるわ」
はい?
「私も行く」
はい?
「何故そうなるんですの? 弟子である貴女には、教会を管理する仕事が」
「私も今回は違う肩書きで出征しますから」
違う肩書きでって、まさか。
「今回の私はリブラ侯爵夫人ラブリとして出征する」
「な……!?」
「そして、ラブリに教会の維持管理をしてもらうわ。これなら、何の問題も無いでしょ?」
ま、待って下さい。
「貴女、世間では死んだ事になってますのよ!?」
「分かってるわ。大体、リファリスの弟子である私自身も、ラブリの名を借りてる訳だし」
体外的にリブラは、死亡した姉を弔う為にシスター見習いになった妹……つまりラブリという事になっています。
「……あら? でしたら実際に侯爵家を差配しているラブリさんは、どのような立ち位置ですの?」
「双子って事になってる」
………………はい?
「だからさあ、私とラブリは元々一人として過ごしていたから」
…………ああ、二人一役でしたわね。
「つまり余所に預けていた双子を戻した、という設定ですのね?」
「そういう事…………ていうかさ、話が逸れ過ぎなんだけど!?」
「そうでしたわ。リブラが参戦すると言い出したんでしたわね」
「うん。で、リファリスが行くんなら、私も行くから!」
「分かりました」
「…………って、え? 止めないの?」
「止めませんわ。リブラはリブラ侯爵夫人として参戦なさるんですもの」
そう言われてリブラはハッとしたようです。
「リブラはリブラ侯爵軍を指揮なさるのですから、フリーダンを率いるわたくしとは別々になりますものね?」
「ぅあ……!」
頭を抱えるリブラの肩に手を置き、リジーはニッコリと微笑みました。
「頑張ってね、リブラ侯爵夫人(仮)」
「う、うぐぅ……!」
「で、私は聖女様直属の護衛聖騎士だから、当然リファリスと一緒と思われ」
「う、う~! うう~!」
涙ながらに詰め寄られましても、わたくしにはどうにもなりませんわよ。
「あ、但し、リジーも別行動が多くてよ?」
「……へ?」
「リジーは元諜報部隊という経歴を踏まえまして、斥候として参加して頂きますから」
「え゛」
「ちなみに、貴女の元上司が責任者ですわよ」
新婚さんに出征を強いる事になるとは、戦争とは愚かなものですわね。
「ジョ、ジョウ……さんが……」
「と言う訳ですから、それぞれの場所で、それぞれに健闘しましょう」
結局シスターは参戦する事になったのじゃ。まあ、町の大掃除が終わったばかりじゃから、治安維持は従来の警備隊だけで充分じゃろ。教会には首だけ令嬢の片割れが来るようじゃし、後顧の憂いは無いの。
「さて……後はいつ援軍が到着するか、じゃの」
「シーッ! 獅子心公殿、声が大きいですぞ!」
「今、声が聞こえなかったか!?」
「まだ敵兵が潜んでいるやもしれんぞ、探せ!」
……あ、危ない危ない。下手に独り言もできんのう。
「まだ敵将のライオンハートも見つかっておらぬ。探せ!」
「探し出して、首を敵軍に送りつけてやるのだ!」
げええっ!
「は、早く来てくれい、シスター、首だけ令嬢、キツネ娘……!」
「ですから、声が大きいですぞ!」
「また聞こえたぞ!」
「探せい!」
ひいいっ!




