恩を仇で返す撲殺魔っ
突撃前にペンダントの具合を確かめて…………よし、問題ありません。
「では、参ります……はあっ!」
バァァン!
「く、ついに来おったか、痴れ者が…………ん?」
「これはこれはブランドール様、妙なところでお会いしましたわね」
「シ、シスター!?」
ブランドール商会会長でブランドール家当主・ノワル・ブランドール様。熱心な聖心教信者であり、聖リファリス礼拝堂の修繕工事にも多額の寄付をして頂いている、この町一番のお金持ちです。
「な、何故シスターがこのような真似を!?」
「戦時中の人手不足の折、治安維持に協力しておりました際、たまたま捕まえた強盗の中に、奴隷売買に関わっていた男性がいらっしゃいましたの」
少し眉がピクリとしましたが、ポーカーフェイスを貫いていらっしゃいます。
「その方が、ブランドール商会が黒幕であると親切にお教え下さいましたので、調査を兼ねて参上致しました」
「な、何を急に……聖心教に多額の寄付をし、毎週お祈りを欠かさない私が、そんな事をする筈が無いだろう!」
ブランドール様の仰る通り、多額の寄付を毎月欠かさないこの方は、わたくしにとっても教団にとっても無くてはならない方です。
「その通りですわ。ですが、主の教えに背いていらっしゃるのでしたら、正しき道にお戻しする必要があるのではありませんか?」
「だから私は主の教えに背いていない! 後ろ暗い行為などしておらぬわ!」
「しかし、数多くの証人がいらっしゃいますの。この点に関しては、どのように弁明なさいますか?」
「証人!? どうせ私を陥れようと、嘘をついているのだろう」
「申し訳ありませんが、嘘をついていない事はわたくし自ら証明できますわ」
「ほぉう!? ならばその証人とやらを呼ぶがいい。私の前で全てを告白させてみせるがいい!」
……誰が裏切ったのか確かめて、後から報復するつもりなのでしょう。
「申し訳ありませんが、それは叶いませんわね」
「叶わない? ならば証人に信憑性が無いのだろう。私を陥れようとしている、確固たる証拠ではないか!」
「…………それはつまり、わたくしがブランドール様を陥れようとしている、と仰りたいんですの?」
「……シスター。貴女も聖女と呼ばれる立場にあるのならば、もう少し地に足を着けては如何かな?」
「……それはどういう意味ですの?」
「聖女と持ち上げられ、自分が偉くなったのだと天狗になるのは分かります。ですが主に仕えるのが本分である以上、世俗の地位に振り回されるのは如何なものか、と申し上げているのです」
…………はい?
「あの、大変申し上げにくいのですが、たかだか五十年程度しか生きていらっしゃらない若造が、何を生意気言ってるのでしょうか?」
わたくしの言葉を聞いたブランドール様が、鼻白まれた表情を浮かべます。
「何を言うかと思えば……私に向かって若造? 五十年程度しか生きていない? 何を寝ぼけているのやら」
「あら。あらあらあら。わたくしの年齢をご存知で無い?」
「知りませんな。もしや、見た目にそぐわぬ大年増ですかな?」
「その通りですわ。わたくしハイエルフですので、三桁はとっくに越えてますわよ」
そう言って尖った耳をお見せすると、今度は驚愕の表情を浮かべられました。
「ハ、ハイエルフだと!? 何故神聖な教団に、人間擬きが混ざっているのだ!」
あら。あらあらあらあらあら、あらああ。
「貴方が尊敬しているであろう大司教猊下も、ドワーフの血が流れていらっしゃいますのよ」
「っ!?」
その表情は……知らなかったんですのね。
「ちなみに主は『身体の一部が違おうと、生きている者同士争ってはならない』と説かれていらっしゃいます。つまり貴方の『人間擬き』という言葉は、聖心教を信じる者にとってあるまじき発言ですわね」
「く……!」
「ああ、それと今の会話は、全て大司教猊下のお耳元に届いていますわ」
『その通りだ。ブランドール殿、今の発言、見過ごせませんな』
わたくしが懐から出したペンダント。聖心教の御神体を簡略化したデザインの質素なものですが、大司教猊下がお持ちのものとペアになってまして、お互いの声が届く通信用の魔道具なのです。
「だ、大司教猊下!?」
『それに貴方の仕出かした大罪については、シスターからも報告を受けている。現在、自由騎士団も調査中だ』
「フ、フリーダンまで動いているのか!?」
『……ブランドール殿。残念だ。非常に残念だよ』
「あ、いや、待って下さい! 濡れ衣です! 誰かが私を嵌めようとしているのです!」
『……ブランドール殿。フリーダンが動くという事は、それだけ確信があるのだと分かるでしょう、貴方なら』
「……うぐ……」
『……もう一度言おう。残念だよ、ブランドール殿』
「ちなみに、大司教猊下はわたくしより年下ですわよ」
「っ!?」
「ああ、それと、貴方が虚偽だと仰っていた証人の言ですが、魔術審判中ですから」
「っっ!?」
魔術審判中という事は、嘘をついているかどうか、ちゃんとした証明になる訳です。
「まだ白を切られるつもりでしたら、年長者であるわたくしが、ゆっくりとお聞きしますわよ」
貴方にはたっぷりと刑地での余暇が待っているのですから、時間はありましてよ。
「……主よ……お許し下さい……私は……邪教の手に落ちようとしています……」
……邪教?