狐様と撲殺魔っ
この諜報部隊の者、どうやらシスターと面識があるようじゃの。あまり親しい者が居らぬと聞いておったが……珍しいのぅ。
さて、また見守るとしようかの……。
「わたくし、貴女に様付けで敬称される覚えはございませんわよ?」
そう答えたものの、鎧さんは誰も知らないはずの過去を口走ったのです。
「リファリス・リフター伯爵夫人……と思われ」
っ!?
「あ、貴女は……ちょっとこっちいらっしゃい!」
「えっ」
「部隊長様はしばらくお待ちを!」
「えっ」
ガチャ ダダダダダダダダダッ ガチャ バァン!
……カチャリ コトン
「『静寂なる空間を』」
誰も入れないように地下の一番奥の部屋に入り、鍵を閉め、防音の魔術結界を展開し、ようやく話ができる状況が整いました。
「さて、鎧さん。何故わたくしの過去をご存知なのか、詳しぃぃく語って頂こうかしらぁ……あら?」
そう言って振り向くと、鎧さんは兜を外している途中でした。
ガチャガチャ……ゴトンッ!
その中から現れたのは、日焼けしたような狐色の肌と真っ白な髪の美少女でした。
「リファリス様、リファリス様、リファリス様ぁ!」
「あ、貴女は……」
「リファリス様ですよね!? リファリス・リフター伯爵夫人なんですよね!?」
わたくしの肩を掴むと、激しく揺さぶり始めました。
「サーチ姉は!? エイミア姉は!? どこ!? どこ!? どこなのか教えてえええ!?」
半泣きでわたくしを必死に揺さぶる鎧さん。その必死な様子から、何か事情があるようですわね。
「分かりましたから、少し落ち着いて下さいな」
「ヴィー姉はどこ!? ナイア姉はどこ!?」
「あの、落ち着いて下さいな、と申し上げておりますわ」
「陛下は!? 魔王様は!? その他諸々は!?」
……わたくしの……話を……!
「お聞きなさい!」
ブゥン! ゴスッ!
「ぶべぇ!」
あ、しまっ……! わたくし、つい我を忘れて、罪無き者の命を奪っ……!
「いったああああああい!」
……え?
「い、いきなり殴るなんて酷いと思われ!」
ま、まさか、わたくしの一撃を耐えた?
「あ、貴女、何故生きているんですの!?」
「い、いきなり殴っておいて、死んでないか確認するのは酷すぎると思われ!」
「ですから、何故……ん?」
白い髪に痛々しいたんこぶと、狐色のフサフサした耳………………………………は?
「み、耳!? 耳ですの!?」
ぎゅみっ!
「はぎゃあ!」
もふもふもふもふ
こ……これ……間違い無く、獣の耳ですわ。
「な、殴って耳を掴んで、一体どういう!」
ま、間違いありませんわ。
「貴女……伝説の獣人族ですわね!?」
「……え?」
……一旦ティータイムを挟み、お互いに落ち着いてから話す事にします。
「ご無礼の数々、平にご容赦下さいませ」
「あ、うん、私も取り乱したと思われ」
「では改めて名乗らせて頂きますわ。わたくしはリファリス。この教会に住むシスターでございます」
「……リファリス様と似ているようで違う……やっぱりここは……」
「……貴女の事は何とお呼びすれば?」
「え。あ、うん。私はリジー」
「リジーさんですわね。まず貴女にお聞きしたいのは」
がしっ
「えっ」
「何故わたくしが捨てた過去を、貴女はご存知なんですの? 事と次第によりましては……口封じも辞さなくてよ?」
「ままま待って待って! そう言うリファリス様も何故同じリフター伯爵夫人?」
はい?
「話の意味がよく分からないのですが?」
「私も分からない! リファリス様なのにリファリス様じゃない、なのにリフター伯爵夫人なのは同じ!」
ん……わたくしであって、わたくしでは無い…………まさか。
「貴女……もしかして流れ人ではありませんか?」
「え?」
よしよし、ワシの出番じゃな。では「流れ人」について説明しようかの。
流れ人とは即ち異世界人の総称じゃな。この世界には昔から異世界人が紛れ込む事があり、文化なり魔術なり、はたまた国の成り立ちにまで様々な足跡を残してきたのじゃ。そういう者達を「違う世界から流れてきた人」……即ち流れ人と呼んでおるのじゃよ。
「……うん。その可能性が高いと思われ」
「要は貴女の居た世界にも、わたくしと同じ姓名、わたくしと同じ爵位を持った女性が居たのですね」
「そう……なる、と思われ」
「外見も似てますの?」
「いえ。顔立ちはソックリだけど、髪の色が全く違う」
わたくしの髪もリジーさんと同様に真っ白。但し、毛先が赤みがかってます。
「そうですか。髪の色が違うのでしたら、やはり偶然なのですわね」
「……っ……せっかく……元の世界との繋がりを見つけ出したと思ったのに……」
塞ぎ込んでしまうリジーさん。
「……そうでも無いかも……しれませんわよ」
「え?」
「リジーさん、流れ人はほぼ二つの道を辿られます」
「二つの……道?」
「はい。一つ目はこの世界に定住し、生涯を終えられる方」
「…………」
「もう一つは……旅に出て行方不明になる方ですわ」
「行方不明……」
「但し、この行方不明の何割かは、突然に痕跡が消えています」
「突然? まさか」
「はい。確定ではありませんが、元の世界に帰ったという見方が有力です」
「つ、つまり、帰れる可能性がある!」
わたくしは安心させる為にも、わざと大きく頷いて見せました。
「な、なら、またサーチ姉と逢える!」
「ええ。何か方法があるはずですから、探してみましょう」
涙ぐみながら何度も頷きます。
「ああ、それと。その耳、隠した方が良いですわ」
「あ、やっぱり?」
「この世界では獣人族は伝説上の生物ですから、知られると何かと厄介ですわよ」
「わ、分かりました……ところでリファリス……様」
「様は要りませんわ」
「ではリファリス」
そう言ってリジーさんはわたくしの背後に回り。
「ちょっと失礼」
ばさっ
いきなり法衣を捲り上げて…………っ!?
「きゃあああああ!!」
「うん、トカゲの尻尾無い。やっぱり別人」
あ、貴女は、貴女はあああああ!!
「い、い、いきなり何をなさるんですの! 滅殺滅殺滅殺! 撲殺ぅぅ!」
バゴバゴバゴバゴバゴバゴッ!
「うっぎゃああああああああああああああ!!」
答え・五番でした。