若き女王の一休み
神殿の中が重々しい空気が流れる中、兵達は楽器を持ち、国家を奏でていた。
兵や国の重役が並ぶ中、その前には長方形の棺があり、上には花や王冠が置いてあった。
まだ五十も達していない国の長の死に、誰もが受け入れられていなかった。
「これより、シャーリー元女王からシャルロット新女王へ、王冠の引継ぎを行います」
王国軍の総隊長が棺の上にある王冠を取り、一礼する。それに合わせて、兵達は全員武器を前に出した。
「シャルロット女王。前へ」
「はい」
新女王は前に出て、軍の総隊長から王冠を受け取った。
そして新女王は振り返り、兵達を見て、新女王としての最初の言葉を発した。
「本日この時より、私シャルロット・ガランが、このガラン王国の女王として、全うします」
☆
母親が倒れてすぐ、実家であるガラン城に戻ったシャルロットだが、すでに女王としての威厳は消えかかり、代わりに病で衰弱した母親の姿がベッドで横たわっていた。
「シャルロット。来てくれたのですね」
「母上、お体は大丈夫ですか?」
「ふふ……言葉遣いが変よ。半年前の貴女はそこまで丁寧では無かったわ」
「それは……いえ、それよりもクアン、母上は助かるの?」
シャルロットの問いに、部屋の隅で本を読んでいる少女が返事をした。
「本来であれば先月亡くなっていた。クーがそれを食い止めた……とだけ言おう。さて、シャルロット少女には大事な話がある」
「何の話?」
「そう顔をこわばらせるな。君の杞憂が女王の負担になってしまう。病というのは気からくるものだ。実際体力とは肉体的な部分と精神的な部分の二つ存在する。さあ、深い心配をしないで別室に来てくれ」
クアンがそう言って部屋を出る。
「母上、また来ます」
「ええ。ふふ、こうしてゆっくりと話すのは久しぶりだし、楽しみにしているわね」
シャルロットは一礼して、部屋を出た。
「来たわよ」
シャルロットが三つ離れた部屋をノックして入ると、クアンがお茶を淹れて待っていた。
「うむ。先程杞憂と言ったが、訂正しよう。おおよそ君の想像通りだ。はっきり言ってあの女王は助からない」
「なっ!」
シャルロットはクアンに近寄り、肩を掴んだ。
「どういうこと!? 貴女はこの大陸で一番の頭脳を持っているのよ!? 助かる方法の一つや二つはあるでしょ!」
「その質問に答えるのはとても難しい。というのも、あの女王を助ける方法はある」
「なら!」
「最後まで聞きたまえ。あの女王の病気もクーは分かる。助ける方法も分かる。が、二つ足りない」
「二つ?」
シャルロットはクアンの肩をゆっくりと離し、椅子に座った。
「一つは道具だ。あの病の治療薬を作る道具が無い。魔術に頼りすぎたこの世界では、薬品を作るための道具が無ければ、多くの石や草に関する情報が無い。異なる見た目で同様の成分の薬草があるのに、それを纏めた文書が足りないのだよ」
「もう一つは何なの? そっちがあれば助かるの?」
「いや、二つのどちらも無ければ助からない。もう一つは単純に、時間だ。言っただろう。あの女王はクーがいなければ一か月前に亡くなっていた。延命措置ができただけだ」
「そんな……」
シャルロットはその場で肩を落とした。
姫として生まれたものの、我儘でしばらく外に出ていたため、女王との会話はほとんど無かった。
消えかかる命を前に、後悔が膨れ上がっていた。
「とはいえ、君は覚悟をしていたのだろう。その証拠に、言葉遣いや歩き方が変わっていたぞ」
「それは仕方がなく……」
女王の容体はすでに知っており、この一か月は少し離れた場所で貴族としての作法を学んでいた。
万が一の事があった時の為。そう言われたが、万が一では無く、絶対に近い将来訪れるであろうと思っていた。
「クアンはこの世界以外の技術を知りつつ、この世界の魔術についても知っているわ。それでもなお助かる方法は無いの?」
「そうだな。悪魔と契約を交わして永遠の命を得る等はあったが、魔術研究所の偉い人から却下されたよ。鬼の形相は見事だった。まあ、半分冗談で言ったのだがな」
「ふざけないで!」
シャルロットは机を叩いた。同時にクアンはお茶の入ったコップを二つ持ち、中のお茶がこぼれないように守った。
「君の発言に矛盾がある。なんとしてでも助けたいと思うのであれば、この世界にある究極的な手段の悪魔術を使うのは、理にかなっている」
「それは……王族として、許されない行為よ」
「では諦めろ。それに先ほども言ったが、すでに時間は無い。後はあの女王の体力が切れるまでだ。延命措置にも限度があり、今もギリギリだろう」
「くっ!」
シャルロットはそう言って部屋を出た。
クアンは溜息をついて椅子に座り、お茶を飲んだ。
「誰が鬼の形相をしたのでしょうね?」
「おっとフーリエ上司。これはこれはごきげんうるわしゅう」
部屋にはもう一人、部屋の隅に隠れていた。
水色の髪で赤い目をした少女は、シャルロットが座っていた椅子に座り、目の前の手が付けられていないお茶を飲んだ。
「貴女は意地悪ですね。シャルロット様の持つ特殊な魔術で、シャーリー女王の病気は治せる可能性はあるのに、それを言わないのは何故ですか?」
「可能性を言っても仕方がないだろう。それにもしも治るのであれば、一か月前に治っている。つまり、これは絶対的な運命だ。そもそもクーが延命措置を取ったのも、かなり迷ったんだぞ」
「迷った?」
「クーは別の世界から来た、言ってしまえばこの世界の異物だ。深い干渉は何を生むかわからない。地球の医学であればシャーリー女王の病気を治せたかもしれないが、これからその薬を作るための道具を作り始めたら、文明のレベルが狂うだろう」
「別に良いじゃないですか。突然技術が向上しても、影響は出ないと思いますが」
「突然の文明レベル向上による環境破壊が一つ。それと、この世界には目に見えて『神』が存在する。クーの世界では『神罰』という言葉があり、基本的には悪い事をした時に悪い出来事が返って来る際に使われるのだが、クーの世界ではただの運だ。だが、この世界は本当に実体化している神がいる。クーはその神に恐れているのだよ」
クアンはお茶を一口飲み、説明を終えたことを仕草でフーリエに伝えた。
「怖い物知らずの貴女が神を恐れるとは、正直驚きました。はあ、そうですか。では、シャーリー女王は助からないのですね」
「そうだ。故にこの一か月間、フーリエ上司からシャルロット少女に貴族の作法を教えて貰ってたということだ。この城の財務も担当している君なら、これくらいの干渉は問題無いだろう」
クアンはお茶を飲み切り、椅子から立った。
「最後に質問を良いですか?」
「む?」
「あと何日ですか?」
「三日だ。だから準備することをお勧めするよ。あ、シャルロット少女には見つからないようにな」
☆
シャルロットが女王になり三日が経過した。
すでに大量の書類に手を付け、一息つく暇も無かった。
「シャルロット様。一度休憩をされた方が良いです。次の書類は今の状態では難しいかと」
「そう……ジェリアがそう言うならそうするわ」
そう言って、最後の書類に印を押して、天井を眺めた。
この城のメイド長であるジェリアがお茶を淹れてシャルロットの前に出すと、すぐに手をつけずに香りを楽しんだ。
「良い香りね」
「これは昨日もお出しした茶葉になります」
「そう。それを感じる余裕すら無かったのね。ジェリア、私は女王としてちゃんとしているかしら?」
「はい。公務もしっかりと行われており、今の所順調でございます。前女王が急病で休まれていた分も、順調に進めており、遅れも徐々に解消されているかと」
「そう」
お茶に口をつけると、扉が開いた。
「遅れが解消されているのはシャルロット女王が半年前まで外に出ており、情報が頭にあるから判断ができるという物だ。前女王を侮辱するわけでは無いが、この問題の適任者は現女王だろうな」
「クアン?」
クアンの登場にシャルロットは驚いた。メイド長のジェリアは一歩下がり、頭を下げた。
「クーに頭を下げなくても良い。貴族でも無いクーはここにいる事すら変な話なのだからな」
クアンの言葉を聞いたジェリアは頭を上げた。
「フーリエ殿から聞いたわ。葬儀の殆どをクアンが手伝ってくれたそうね。遅くなったけどお礼を言わせてもらうわ。本当なら宿に行ってお礼の挨拶をしたかったけど、今は手が離せなくてね」
「あれくらいの準備、朝食を食べながら行える。あ、違うぞそこのメイド長よ。ものの例えであって、国の代表であった女王の葬儀の準備を朝食時にやったわけでは無いぞ」
「シャルロット様。大変恐れ入りますが、この方に不敬罪を与えてはいかがでしょうか」
「貴女の言う事は普通だと思うけど、それは私から却下させてもらうわ。クアンの知識でガラン王国のとある部分は助かっているの。魔術研究所の副館長なだけあるわね」
「この方が?」
ジェリアがマジマジとクアンを見ると、クアンはわざと照れた表情を浮かべる。
「さて、クーがここに来たのは、出立の挨拶だ。そろそろ学会があるから、クーは帰らせてもらう」
「そう……その、母上の事、ありがとう」
「む? クーは延命措置をしただけで助けていない。葬儀の準備に対するお礼であれば先ほど貰ったぞ」
「延命措置のお陰で最後の三日間、久しぶりに会話ができたわ。母上は厳しい人だったのに、面と向き合うと優しいって最後に気が付くなんてね」
「失ってから後悔をするものではない。新しい事を知ったと思えば前女王も……おい、どうした?」
シャルロットは目に涙を浮かべていた。クアンはそれを見て驚き、ジェリアは綺麗な布を急いで取り出してシャルロットに渡した。
「ううん。やっぱりね、悲しいわね。子供の頃に父上が亡くなった時は、あまり思い出とか、悲しいって感情が無かったわ。成長して色々と考えるようになって……はあ」
「成長するのは良い事だ。その感情こそ今のガラン王国に必要なものであり、国民に寄り添う一番重要な要素だろう。時にシャルロット女王よ」
「何?」
クアンは話題を変えようと天井を眺めた。そして、一人の少年の顔を思い浮かべた。
「君が想いを寄せているガラン王国騎士団の見習い騎士のリエン少年とは上手く行ってるのか?」
「逮捕するわよ?」
ジェリアが隠し持っていたダガーをクアンに構えた。それを見たクアンが両手を挙げて、苦笑していた。
「しんみり状態を晴らすのに良い話題では無いか。それにこれはガラン王国にとって重要な内容だろうに」
「それは……そうだけど……リエンとはしばらく会って無いわよ」
「おや、それはどうして?」
「単純に、私は公務で部屋に引きこもりっきり。リエンは騎士見習いとして今日も訓練。城内で会う事も無いし、会ったとしてもあっちは兵士で私は女王。身分の壁の所為で気軽に話しかけられないわ」
シャルロットの言葉にクアンは深いため息をついた。
「実につまらない言い訳だ」
「何ですって?」
「王族であれば多少の権利を我儘に使ったらどうだ。そもそもクーがこの城に出入りできる時点で身分の壁とやらは緩い。それにリエン少年は数々の実績をすでに前女王から与えられているため、いつでも君の側近になれる」
「でも……何事も順序があるわよ」
「ふむ、ならしばらくリエン少年の仕事が無いなら、クーが持ち帰ろう」
そう言った瞬間、シャルロットは立ち上がった。同時に机に膝をぶつけてしまい、シャルロットの足に激痛が走った。
「なっ!」
「ゲイルド魔術国家まで馬車で五日。それまでの護衛も依頼しつつ、あっちではクーの助手を依頼する。当然、ここより報酬は倍出そう。彼の持つ特殊な魔力はクーも興味があるからな。あ、一応言っておくとクーは色恋に興味が無いから安心したまえ。ただ、次に会う時は……君はどこぞの貴族と見合いをしているかもしれないな」
「ジェリア! 今すぐ総隊長を呼んで!」
シャルロットの言葉にジェリアは少し微笑んで、一礼し部屋を出た。
「リエンは渡さないわよ」
「何事も順序があるのではないのかね?」
「逃げ続けた結果、母上の良いところを最後に知って後悔したばかりなのよ。それに、貴女にリエンを預けたら、腕の一つや二つ、無くなっているかもしれないわ」
「命の保証はするさ。『命の保証』はな」
意味深に言ってクアンは微笑んだ。
「ふむ、護衛件土産を持ち帰れないと知った今、新たに護衛を雇う必要が出たから、クーはこの辺にしよう。次に会う時は、是非ともおめでたい席で会いたいものだ」
「なっ! し、知らないわよ!」
クアンは笑い、そしてシャルロットは顔を赤くした。クアンは振り返り、扉を開けて廊下に出た。
「あ」
クアンが扉を開けた所で立っていた水色の髪の少女と目が合い、固まった。
「シャルロット女王。リエン少年を独占したいのなら、大きな壁を乗り越える必要はあるな。彼の血のつながっていない母親は、クーが引くほど息子を溺愛している。もしもこれを乗り切ったらクーの知識の少しを分けよう」
そして扉が閉じた。
『クアン? 一体何の話をしていましたか?』
『おおお!? あの優しいフーリエ上司がクーを呼び捨て!? ちょっと待ちたまえ、クーはちょっとほっこりな会話をしていただけで、言い換えれば友人同士で夜に布団を並べて談笑するような内容さ』
『なるほどなるほどなるほど。では今夜はワタチと布団を並べて談笑しましょう』
『待て待て! フーリエ上司はそもそも悪魔で、睡眠不要。つまり布団を並べて横になるだけで説教を九時間聞かされるだけではないか。苦しい時間で苦時間と言い換えようではないか!』
『余裕がありそうなので特別にゲイルド魔術国家までの五日間の護衛もワタチがしましょう。百二十時間楽しい旅になりそうですね』
『ぬああああああ!』
シャルロットはそのやり取りを扉越しに聞いて、微笑んだ。
昨日までは激務に追われて余裕もなく、目の前の茶の香りも味わう余裕が無かったが、今は違った。
「失礼します」
軍の総隊長と、迎えに行ったメイド長ジェリアが部屋に入った。シャルロットは顔を一度叩き、命令をした。
「本日よりリエン見習い兵を女王近衛兵隊に異動。それに伴い、メイド長ジェリアとリエンの二人体制で私を護衛。良いわね?」
「……」
総隊長が目を点にして、少し固まった。
「だ……駄目かしら?」
「い、いえ。その……ふふ」
「な、なによ!」
「すみません。ただ……この話を兵一同知ったら、『やっとか』と思うでしょう」
「全員廊下に立たせて杖で顔面殴るわよ!」
「し、失礼しました。リエンにつきましては準備もあるので、明日からシャルロット様の所へ行くよう計らいます」
急いでお辞儀をして総隊長は部屋から出て行った。
総隊長の慌てた様子を見たジェリアは微笑み、シャルロットの空いたコップにお茶を注ぎ、そして話した。
「ようやく決心ついたのですね」
「違うわよ。ただ、後回しにした挙句、後悔する未来よりも良いと思ったのよ。それと、明日からジェリアの隣に立つから、色々と教えてあげてね」
「はい。ふふ、メイドの後輩は沢山いますが、兵士の後輩は初めてですね」
「リエンに手を出したらユルサナイワヨ」
ジェリアはメイド長であるが、まだ二十代で若い。最近二十になったリエンとは年齢が近い。故にシャルロットは少し心配していた。
シャルロットの本気の目にジェリアは苦笑したが、軽く咳をしてからシャルロットに話した。
「さあ、どうでしょう」
「はい!?」
予想外の答えにシャルロットは驚いた。
「シャルロット様がいつまでももたもたしていたり、リエンさんを困らせたりしたら、何度も相談をするされるをした末に結ばれる……なんてこともー」
「ちょ!?」
「だから、大切な人はずっと近くに置いてください。これが原因で公務に影響が出てしまっては遅いですからね」
ジェリアはすでにシャルロットの心境を読み取っていた。
忙しい毎日に沈んでいく顔。女王になる前までどのような生活を送っていたか、先代の女王から少しだけ話を聞いていた。
故に、ジェリアや総隊長はある意味でシャルロットがシャルロットの為に我儘を言うのを待っていたのだ。
「まったく。私はお茶の香りにようやく気付けたばかりなのに……わかったわよ。さて、予想よりも休憩を長く取ったから、気合を入れて頑張るわよ!」
「はい。ではコップはこちらに置きますね」
「ありがとう。ん……あ、そうだ」
「はい?」
シャルロットは一枚の書類を手に取り、笑みを浮かべた。
「この書類を送ってきた貴族は確か独身で、それなりに市民から信頼されているって話よ。今度食事の席を設けようかしら」
「バリー様と会合ですか? 内容はこの書類の内容についてでよろしいでしょうか?」
「違うわよ」
「では、どのような内容で会合を開かれるのでしょうか?」
「独身のメイド長と信頼されている貴族の顔合わせーなんてどうかしら?」
「えっ!?」
ジェリアは驚き、転びそうになった。
「私の敵になりうる人は、別の幸せを与えてしまえば良いのよね。それに、書類を見ただけでバリーって分かると言う事は、面識あるわね?」
「め、メイド長として書類を把握していただけで、ふ、深い意味は!」
その瞬間、シャルロットの目が金色に輝いた。
「ふーん、手紙のやり取りまでしてたのね。へー、ほー」
「しゃ、シャルロット様!?」
シャルロットは人の心を読み取る魔術を使い、ジェリアの今の心に浮かべている言葉を読み取り、微笑んだ。
「ということで、明日からジェリアはリエンに色々と指導してもらうわ。普段の業務に加えて一つ仕事が増えるわけだけど、特別報酬なんて出したら他の使用人から何を言われるかわからないわね。ちなみに、このバリーと食事も兼ねた話し合いをしようと思うのだけど、ジェリアは同行する?」
ニヤリと微笑むシャルロットに対し、ジェリアは頬を染めて答えた。
「……喜んで、ご同行させていただきます」
了
ご覧いただきありがとうございます。
以前書いていた作品のキャラクターを持ち出しつつ、新しい物語として一つ作成しました。
楽しんでいただけたら幸いです。では!