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筆豆

作者: 相草河月太

 筆まめとは、手紙や文をマメによく書く人をいう。私がヘルパーとして通っていた女性も文字通りの「筆まめ」で、行けば必ず手紙を書いていた。

 「自分でもどうしてこんなに書くことがあるのか不思議だけれど、歳を取って表に出る機会が減って、日常のちょっとした変化を友人と分かち合うのに、手紙が一番いいのよね」

 と、言い訳混じりに彼女は言った。癖のある持ち方でスラスラと、時には考え考え、便箋いっぱいに文字を埋めていた。中指にできた大きなペンだこを、「筆で出来た『筆まめ』ね」と彼女はどこか自慢げに見せた。

 ある年それが変化した。詳しくは聞けなかったが、文通相手がその年、一人減り二人減り、ついには一人もいなくなったようだ。手紙を書かない彼女を私は初めて見た。

 「年は取りたくないわね。みんな、あんなに元気だったのに」

 出す相手を失った最後の手紙がいつまでも机に残り、『筆まめ』をさするのが寂しげだった。

 その日、部屋を訪れた私を座らせて、仕事はいいから話を聞いて、と彼女が言ってきた。

 「あなたしかこんなこと話せる相手がいなくて」

 と、自分の右手を見せる。戸惑う私に彼女は反対の手を広げた。

 そこにはあずきくらいの小さな豆が乗っていた。肌色の柔かそうな豆肌から小さな芽が覗く。

 「『筆豆』よ」

 彼女は言った。よく見れば、彼女の右手にあった大きなペンだこ、『筆まめ』がなくなっている。

 「今朝取れていて、布団にこれがあったの」

 どうすればいいと思う?というのが彼女の真剣な質問だった。

 私は土を入れた鉢にそれを植え、水をかけた。童話でも民話でも豆は神秘の力を持っている。

 見る間にそれはするすると芽を出して、1メートルほどに伸びて直立した。どういうわけかとても大きく感じ、上の方に霞がかかって見える。まるで雲の上に芽を伸ばしたようだ。

 私と彼女は驚いてそれを見つめたが、二人ともそれ以上何も言わず、私は鉢を彼女の机に置いてその日は帰った。

 次に家に行ったとき、彼女は再び筆を手にしていた。

 彼女が笑顔で言うにはこうだ。

 翌朝起きると、机の上の友人への最後の手紙が消えていた。そして次の日、豆の木のてっぺんに手紙が乗っていたそうだ。友人から彼女の手紙に礼をいう内容で、これからも文通を続けましょうとその手紙にはあったという。

 きっと『筆豆』が天国と通じてくれたのだろう。

 彼女は「また『筆まめ』ができるくらい書かないとね」と嬉しそうにいった。

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