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和装の男 シリーズ

捨て石ステイツ

作者: カカカ


キラキラリンッ☆


わたし、魔法少女☆ステイシーちゃん!


生まれ育ったハマグリン星を滅びの運命から救うため、魔法生物アービターと契約して戦う力を手に入れた女のコ!


悪のナチグーロ星団に対抗すべく、ハマグリン魔法少女軍での厳しい訓練を重ねて!


ついに初任務に駆り出されたの!

期待と不安に胸を躍らせながら、意気揚々と母星を発つ私……!


そして今!


まさに!


絶賛!


地球の居酒屋なう!



「はぁ〜〜。こんちくしょうぉめ……」


「嬢ちゃん、飲み過ぎじゃないかい?」


「これが飲まずにやってられるかぅあ! 大将、ビールもう一本だぅ!!」


ったく、やってられるか!

着任早々いきなり発展途上星ちきゅうに派遣しやがって!

しかも敵拠点の間近だし!!


新人がこんな場所に派遣される理由なんて、


「……はぅぁ」


こんなの明らかに捨て駒作戦だろう。

地球をナチグーロ星団に占領させない為ではなく、ちょっとした嫌がらせ程度のやられ役。

あわよくば私の負け確戦闘データから敵軍の情報を抜き取れれば万々歳、みたいな。


捨て駒にされるほど無能ではないはずなんだけどなぁ……。

訓練での成績は、まあ良くはなかったが悪くもない。

中の下くらいだった。


問題は固有魔法だと思う。

魔法少女それぞれが持つ、自分しか使えない自分のためのチカラ。固有魔法。

それが、あんなよく分からない常時発動型のやつだったせいで。


「……こんちくしょぃ!!」


頭を振ってビールを流し込む。嫌なことがシュワシュワと一緒に消えてゆく。

残ったのは口の中のホップ(にがみ)だけ。


「いいもんねぃ……特に指令も任務もないから毎日だらけてお酒飲み放題だもんねぃ……」


あと田舎星の癖に飯は美味いし。チキン南蛮サイキョー!


「酒が止まらんぅ……ひっく」


しゃっくりが止まらん。

あー。あと不平不満も。


どかり、と中ジョッキをカウンターへ打ち下ろす私を横目に、居酒屋の店主はやれやれと首を振った。






ポツリポツリと疎らな街灯が夜道を仄かに照らす。

灯りから離れるほどにアスファルトは闇に溶けてゆく。

根源的な不安が助長される暗がりを、ふらり、ふらり、と千鳥足がのんきに歩く。


「うぇ〜ぃ!」


不思議なステップを踏みながら、やけっぱちに野放図に。


「家はどっちだぅ〜い!」


酔った勢いで迷子になる魔法少女。

……お酒飲んでるけど、ステイシーちゃんはピチピチの少女ですよ?

ハマグリン星人は子供の頃からアルコールを飲んでもOK体質なので。

そして軍部から支給された地球の身分証明書も20歳になっているので。

あしからず!


「あしからずぉ〜。あしかですぉ〜。おぅ!おぅ!」


不安定に、出鱈目に。

アルコールで何かを無理やり振り払うように。


「おぅ!おぅおぅ!おぅ……」


それでも徐々に、現実が迫り来る。

アルコールをすぐ分解する体質を恨む。


「また始まった……」 


もやもやする。胸の中で奇妙な感覚が渦巻く。

あぁ嫌だ。

固有魔法『奇縁ツイストフェイト』が蠢動する感覚。

いきなり何か変なことが起こる、という制御不能かつ度し難い効果の魔法が、いつものごとく勝手に動き出す。


今度は何だ。

黒猫が喋りだすか。

空からおっさんが降ってくるか。

通りすがりの婆さんからドロップキックを喰らうか。


……全部、実際に起きた事だ。

別に魔法で猫やおっさんやお婆さんを操っているわけではない。

運命を捻じ曲げて、自分とは関係なかったはずの珍事に無理やり巻き込まれるという、迷惑なだけの魔法……。


「ええい! もう何でも来いやオラァゥ!!」


両手を広げ、腰を落とす。

どん!と右足を肩幅に開いて迎撃体制をとった。


どっしり構える、そのはずだった。

何故か開いた右足は地を踏むことなく、地の底へと沈み込む。

驚く間もなく身体ごと転がり落ちて、


「??」


どさり、と無様に畳へ倒れ込んだ。

暗い夜道が一瞬であら不思議、澄んだ和室へと早変り。


「!?!?」


いやどこやねん。

と思う間もなく警戒度をMAXに引き上げる。

魔法、とは違う。けれど異なる系譜の『法』が渦巻いている。


即座に精神/物理両方の障壁を幾重にも展開する。


「おや、これはまた珍しいお客さんですね。迷い込んだ方は何十年ぶりでしょうか」


声が響き、未知の法が揺れ動く。

なにもない和室に碁盤と座椅子、そして無貌の棋士が現れる。


あ、だめだこれは。すぐに直感した。

相手の法が私の障壁を意にも介していない。

私は障壁を消す。


「おや。張っていてもいいですよ。その方が気持ちも落ち着くでしょう」

「いえ、お気遣いなく」


むしろ落ち着かない。ただの勘だけれど、私の魔法自体、この存在に赦されて使用している感触がある。

障壁を張ろうとする私の意思を汲んで、この存在が代わりに張っている。そんな気がする。

私の勘は、こういう時に外れた事がない。


「……かなり聡いお嬢さんですね。それに()()も満たしている。これは楽しみです」


好戦的な空気に変わる。

今日が命日かもしれない。

あぁ、もっと高いお酒飲んどけば良かった。


「安心してください、危害は加えません。ただードゲームで遊びたいだけです」


そう言った無貌の棋士の雰囲気が柔らかく笑む。

そして目の前に提示される。スパゲッティのようにこんがらがった、複雑怪奇の情報体。


「これは『囲碁』というボードゲーム、その情報体です」

「……」


様子を窺う私に、まるでランチにでも誘うような調子で語りかけてくる。


「一局、いかがですか?」


明らかにおかしい。

提案内容も、この状況も、目前の存在も。

何もかもがおかしい。


そして恐らく、『帰してくれ』と言えば渋々元の場所に帰してくれるような気がする。

単なる勘だけれど多分合ってる。


それでも一方で、その勘が囁くのだ。

数々のトラブルに巻き込まれながらも、ここまで私の命を繋いでくれた勘が囁いているのだ。


誘いに乗れ、と。


「……はぁぅ」


仕方ない。

いつもの如く、覚悟を決める。

瞳を閉じて投げやりに言った。


「どうぞお好きなように」

「ありがとうございます。では失礼して」


全くだと思った矢先、情報体が私に触れる。

それは怒涛の奔流だった。

囲碁という概念が。

数限りない定石の数々が。

検討し尽くされた数多の棋譜達が。

奥深幽玄な新手と変化の研鑽が。

そしてそれを支える狂気の求心、その一端が。

私の中へと流れ込む。



……私は無言で座ると、即座に白石を握った。

無貌の棋士が黒石を一つ手に取る。


先手と後手を決めるニギリ。

その結果に自然と笑みが浮かぶ。

私が後手だ。


「「宜しくお願い致します」」


互いに礼を送り合い、対局が始まる。

棋士の初手、左隅の星に黒石ナチグロが打ち込まれる。

対して私は、碁を打つ喜びに震える右手を動かし、上隅の小目へと白石ハマグリを打ち込む。


さぁ、黒と白の代理戦争と行きますか!








序盤はじっくりと進行した。

互いに勢力圏を広げ、足場を固めてゆく。

相手を認識しつつ、意識しつつ、衝突することなく自陣を迫り上げてゆく。


いつか来る開戦に備え、静かに力を溜める。


ついに二十手目。

無貌の棋士がピシャリと黒石を打ち付ける。

白の陣営へと深く斬り込む一手……いや。


違う。少し深過ぎる。


この黒石を攻めに行けば、恐らく打倒できる(とれる)

が、それと引き換えに、後背から圧をかけられて手厚い陣を中央に組まれるだろう。


要は、


「捨て駒……」


心臓の辺りがざわつく。

一度、盤から目を離し、呼吸を一つ。


この哀れな黒石は、直接攻めても損になるだけだ。

むしろ離れた位置から大きく囲むように、自陣の勢力を押し進めるべき。

この捨て駒を、ただの俗手しっぱいにしてやるっ。


「くそ!」


もっとマトモに運用しやがれ!!

苛立ちを乗せて黒の陣営に進軍を開始した。








それは、中盤戦に差し掛かる頃だった。

……?


違和感。

座布団の綿が少し偏っているかのような。

履き慣れない靴に足を入れているかのような。

どうにも座りが悪い。

しっくりこない。


問題なく白の勢力は伸びている。はずなのに。

どうにも精彩を欠いている。


左辺に広がる敵陣に斬り込んで、

しかし思った程相手を削り切れない。


右辺から中央へ兵を送り、

しかしあと一歩、踏み込みきれない。


中央での勢力争いに、

しかし動きが妙に制限される。




邪魔なのだ。

あの石が。



ただの捨て駒、そう思っていたけれど。

要所要所で横槍が入る絶妙な配置……。


ちらりと棋士の顔色を伺う。顔無いけど。


「どうしましたか?」


無貌の棋士が微笑んでいる。顔無いけど。

そのすっとぼけた態度にカチンとくる。


「……なんのつもりですか。()()一手」


軽く頷き、棋士は続ける。


「ご自身を『捨て駒として無駄に消費された』と感じられているようなので、捨て駒が盤面を支配することもある、と諭させて頂こうかと」

「それはどうもご丁寧にっ」


余計なお世話だという気持ちを乗せて睨み返す。


「まあ、貴女の場合は助言など必要ないかも知れないですが」

「おちょくってんのか」


どっちやねん。


「なにせ本当に単なる捨駒として貴女を地球へ送り込んだかどうかは怪しいところですから」

「……」


軍関係の情報も含めてまるっと抜かれている。

抜かれているというか、私の知らない情報すら知っている気配がある。

これは最低でも拘束して尋問、と一瞬思い、すぐ諦める。

目前のこいつはかなり高次の存在だろう。

契約によりアービターから借りた程度の力では、どうせ太刀打ちできない。


私の胸中を勝手に察して、棋士が微笑む。


「ご心配なさらず。色々知ってはいますが、私はここにしか存在しませんから。誰にも言いませんし言えませんよ」


そんな事より囲碁を打とう。

無邪気に、嬉しそうに、子供のようなことを言う棋士。

軍人スイッチを入れて気を張る私が馬鹿みたいだ。


「……はぁぁ」


ため息が漏れる。完全に毒気を抜かれてしまった。

何なんだこいつは。


そう思いつつも、しっかり白石を手に取った私の右手が恨めしい。

この心の内から湧き上がってくる囲碁を打ちたい気持ち、何を置いても打ちたいとすら思うこの気持ち、それが目の前の棋士が持つ感情から分け与えられたほんの一部だと思うと、畏敬の念すら抱いてしまう。

こいつがもし有機生命体だったなら、寝食を忘れて囲碁に没頭し、すぐ死ぬと思う。たぶん。


そんな、顔は見えないがわくわくしていることだけは伝わってくる棋士に、せめてもの嫌がらせでゆ〜っくり白石を碁盤へ持っていく。


……まだるっこしいな。私も早く対局を再開したい。

嫌がらせを即座に止める。

もういいや、と気の向くままに打ち下ろした。

ムカつくならシンプルに盤上でボコボコにすればいい。

今この時だけ、囲碁の知識はこいつと互角なんだから。

たとえ地力が違っても、まぎれが生まれる可能性は充分ある。


さあ、ステイシーちゃんの本領発揮だよ。






「くっそ! 参りました!!」


天を勢いよく振り仰ぐ。

思いっきり頓死したー!


盤面すべてを巻き込んでの大乱戦。

中央に陣取る超星合体ハマグリオーVS周囲からにじり寄るナチグロ包囲網。

合体して強固な大石となったハマグリオーが猛獣の如く暴れまわり、ナチグロ共は犠牲を出しつつも有機的に蠢き包囲網を崩さない。

最後は体内に飲み込んだ捨駒に腹を食い破られ、ハマグリオーは哀れしめやかに爆発四散!


まぁ存分に暴れて殴りまくったから、ある程度はスッキリした。勝ちたかったけど。


ていうかこいつ、対局のなかでぐんぐん成長していくんですけど。


「あなたのおかげですよ」

「はぁぁぁ……」


理解した。私はこいつが棋力向上する為の贄なのだ。

囲碁への熱を植えられた今、悔しくて仕方がない。


「よし、もう一局!」

「っ!」


何故か驚く無貌の棋士。顔見えないけど。

だが一矢報いたようで気持ちがいい。


「ほら、嫌とは言わせないわよ」


勝ち逃げなど許さない。

そう言って睨みを効かせると、こいつは嬉しそうに碁笥を手にした。


手番を変えて、今度は私が先手。


必ずぶちのめす!!

その意気込みで黒石を碁盤へ叩き込んだ。



…。

……。

………。



その後、結局10連敗した私に「制限がどうたら」と理由をつけて送還準備を始めた勝ち逃げクソ野郎。

負け犬となった私は『バーカ!バーカ!』と小学生みたいな罵倒を残して元の場所へと飛ばされてしまった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー




地球から〇〇光年離れたハマグリン星、

その軍司令本部の一室。


部屋の奥に配された上質そうな執務机にて、若い男が空間投影されたホログラムを眺めていた。

つまらなそうに半目で背もたれに体を預けているが、その眼光は物事の芯を見透かす様な理知の光を湛えている。

彼の目前では、いくつかの巨大な球やそれよりは小ぶりな構造体が浮かび、それらの間を宇宙船が航行する。


どうやら宇宙規模の地図であるようだ。


青く色付いたハマグリン星の勢力と、赤く色付いたナチグーロ星団の勢力。

そしてチラホラと散らばる黄色い中立地帯。


虚空に映る宇宙へとメモ書きを追加しつつ、右手のタブレット端末で報告書に目を通している。


ぱらぱらと軽く読み流してゆくその姿は、あくまでも情報の収集ではなく確認、想定した流れの中でどのパターンになっているかを照合するだけの作業なのだと分かる。


「ふむ……ふむ…………お?」


次々消化される報告書の一枚に手を止めた。

右上の作成者欄にはステイシーの名が刻まれている。


そこに記載された、奇天烈な内容を前にして、彼の口角が自然と持ち上がってゆく。


容易に先が読めるほどの頭脳を持つ軍師は、それ故に先の読めない博打で遊ぶ悪癖があった。

それでも御しきれるという自信の表れでもある。


「さぁて、どう転ぶかな」


宇宙の運命をステイシーが握るのか握らないのか。

白と出るか黒と出るか。

それは神のみぞ知る。


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