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仮恋しないか?

 キスの余韻が未だじんわりと広がる私には、一瞬蓮の発した「駄目だ」の意味がわからなかった。

 ややあって麻酔のような痺れが抜けてようやく。


 拒絶……されたんだよね? 


 蓮の言葉は次第に私の中に冷たく広がっていった。葛藤に苦しむように、蓮はきつく目を閉じている。


 でも、そっか。そうだよね。嘘のつけない蓮に仮恋だなんて嘘の関係を求めて。愛し合ってもいないのに嘘のキスをさせて。そんなことして、私の大好きな蓮が傷付かないはずないよね。


 身体の火照りだけはまだ収まらないが、浮ついた思考だけは冷静さを取り戻した。

 

 危うく、嘘の関係で取り返しのつかない事をしちゃうとこだったな。


「もう、キスの練習はこのくらいでいいだろ」


 蓮の声色は酷く沈んでいる。


「そ、そうね。だいぶ上手になったわ」


 取り繕う自分の言葉が虚しかった。

 

「さくら、嘘ついてごめんな」


「蓮が謝ることでもないでしょ。仮恋しようって言ったのは私なんだから」


「いや、さくら違うんだ……」


「もういいから。私こそごめんね。仮恋愛はもう終わり! 今まで通り変わらない関係でいよ」


 蓮の言葉を遮ったのは恐かったから。蓮は嘘の恋愛でキスをした事を謝ってくるだろうけど、それはつまり『好きでもないのにキスしてごめんな』という意味だ。

 私はその言葉を聞くのが恐くて、一方的に仮恋の解消を告げる。


 一〇〇の関係が駄目だからって〇になるのはもっと嫌だった。情けないほど未練がましい自分の言葉。


「いや……もう、元通りの関係になんか戻れねぇよ」


 蓮のその言葉で奈落に落とされたような、強いショックによる虚脱感が全身に広がった。

 何か言いたいのだけど、言葉が出てこない。


「ずっと嘘をついてた。さくらには見抜かれてばかりだけど、この嘘だけは貫き通すと決めてた」


 蓮の紡ぐ言葉の意味がわからない。

 何が? ずっと私についてた嘘って何のこと?


「本当のことを知られたら、同じ関係のままいられなくなる。俺はそれだけは嫌だった。だけど」


 悔しそうに唇を噛み締める蓮。


「こんな最低なことしちまうくらいなら、勇気を振り絞ればよかった。例え後戻りできなくても。……さくら」


 覚悟のできていない私に、覚悟を決めた蓮の真剣な視線が向けられる。


「え? 蓮……ちょ、ちょっと待っ……」


「さくらが好きだ。ずっと、とても、大好きだった」


 え?


 予想していなかった言葉に思考がフリーズする。

 蓮は立ち上がりテーブルに置かれたスマホをポケットにしまう。


「叶わない想いだからって、仮恋を利用するなんてズルくて最低だった。ごめんな。じゃあ、クッキーごちそうさん」


「ちょっと…………待ちなさいよ!」


 部屋を出ようと背を向けていた蓮が、私の怒声にビクッと身体を震わせた。振り向いた蓮の狼狽した顔をキッと睨みつける。


「何? ごちそうさんってどういう意味? 最後に私とキスして満足しましたってこと!?」


「い、いやそうじゃない! ごちそうさんは単純にクッキーに対して言っただけで……」


「最低なことしたからせめて潔くお別れします。さようならって? 何よ。通年寝ぼ助の蓮がカッコつけて」


「いや、あのなぁ、カッコつけてるとかじゃなくて俺はケジメをっと……」


「何も聞いてくれてないじゃない」


 堪らえようと我慢しているのに、目元には涙がじわじわと溜まってくる。言葉を飲み込んだ蓮の困り顔が涙の中で揺れていた。 


 元の関係に戻れないと言った蓮。予想もしていなかった告白の言葉。それにも関わらず蓮は私の側から去ろうとした。

 自分勝手に気持ちだけを告げて。


 私のことを好きでいてくれても、最初から諦めてるじゃない。私と付き合うことは有り得ないって勝手に決め付けてるじゃない!

 我慢していた涙が心のダムの決壊とともに一気に溢れだした。


「一方的に好きだって言うだけで、蓮は私に何も聞いてくれてない! 好きなだけなの? 好きなだけで良かったの? 私だって蓮のことがっ!」


「さくら!!」


 いつもいつだってぼんやりの蓮が私を遮る大声を出した。コチ、コチと掛け時計の秒針が刻む音がうるさく聞こえ、私と蓮に静寂と沈黙をもたらす。


 蓮が顔を上げた。

 照れ臭そうな笑みを浮かべ。


「仮恋しないか?」


「…………仮恋かよ」


「ああ、仮恋だ。俺はさくらのことが好きだけどよ、さくらにも俺のことを好きになってもらえるように頑張りたいんだ」


「…………仕方ないから許可する」


 

 奇妙で微妙な告白だって思うよね。普通じゃ絶対にあり得ない、こんなの……。だけど、私はちょっといいかなって思っちゃったんだ。

 ちっちゃい頃から隣にいて、恋仲になるなんて絶対に考えられなくて、仮恋なんて無理矢理な関係を求めちゃって。 

 私に好きになってもらえるように頑張りたいって、私が蓮のこと好きだって本当はもう気付いてるでしょう? だけど、それが蓮の優しさだよね。何気に古風というか、告白は男からを頑なに守ろうとしてる。しかも、勢いに任せて今日を記念日にしないところも、なんだか蓮らしい。



 それから暫くして、私は蓮から仮恋の解消を告げられた。特別な関係と引き換えに……。


 これが仮恋から発展した私の恋愛のお話。



           《了》

最後までお読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘酸っぱいラブストーリーをありがとうございました! 少女漫画みたいにキラキラ眩しかったです。 さくらちゃんという、等身大の女の子の描写に、思わずうんうんと頷いたり、キスシーンにドキドキした…
[良い点] 等身大な女の子の微笑ましい奮闘ぶりにニヤニヤが止まりません! もう、もどかしさマックスの状態でさくらちゃんの可愛さマックスに心の中は「頑張れ、女の子!」と、終始声援を送り続けている状態でし…
[一言] じれったくて可愛いお話ですね。 ほっこりさせていただきました。
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