お部屋デート
蓮と仮恋愛を始めて数日が経った土曜日。私はぶつぶつ言いながら自室を右へ左へうろうろ彷徨っていた。この不審な行動には理由がある。
「大丈夫……何度も練習したし、自然に、自然に誘えば変に思われない」
そう、今日は蓮を部屋に招いてお部屋デートをと目論んでいるのだ。昔はよくお互いの家を行き来して遊んでいたが、中学生に上がった頃から蓮と遊ぶ機会はめっきり減ってしまった。
男の子と女の子で遊びにも変化が出てきたし、幼馴染とはいえいつも一緒にいるのを見られるのが恥ずかしくなった時期でもあった。
たぶん、蓮もそう思っていたんだと思う。
それに年頃になれば幼馴染とはいえ異性を意識してしまうし、私は蓮の事が好きだったから尚更だ。だから今回「部屋デートしない?」と誘うのにも、部屋を隅から隅まで完璧に掃除したし、その一言を発するのにも何度も何度もシミュレーションを繰り返してきた。
「よし! いくわよ、さくら!」
自らを叱咤してスマホに向き合う。そしてディスプレイに表示されている緑色のテレフォンマークをタップし、続けて『蓮♡』をタップする。♡マークには突っ込まないでほしい。
「あ~! でも断られたらどうしよ〜」
寸前で通話に踏み切れずスマホを額に擦りつけ葛藤する。うー、我ながら情けない。情けないけど、悪いイメージが先行して過ぎってしまう。
すると……。
『もしもし?』
スマホから聞こえてきた蓮の声。えっ!? とびっくりしてディスプレイを見ると、なんと通話中になっている!
額に擦ったときに触れてしまっていたんだ。万全を期して臨むはずだった戦いは予期せぬ奇襲を受ける形となった! 私が悪いんだけど。
『あれ? もしもーし』
黙っているわけにはいかない。スマホを耳にあてがう。
「あ、もしもし蓮? えと、今大丈夫?」
『ああ。起きたばっかで家にいるけど、どした?』
「そうなんだ。あのさ、えと、今日さ、あの」
しどろもどろになるとは正にこの事。下手に世間話なんかしたら余計変だ。何度もシミュレートしたじゃない!
『ん? よく聞こえねえな。さくら?』
マズい、怪しんでる。さらっと、さらっと誘うのよ、さくら!
「あのさ! 今日うちに来ない?」
言った……。言ってしまった。唐突で寧ろ不自然な形で。言った直後のほんの僅かな間がやけに長く感じる。
対して蓮の答えは『おう、いいよ。さくらん家久しぶりだな。じゃあ、一時間後くらいに行くわ』とあっけらかんとしたものだった。
「あ、うん。じゃあ待ってるね」
通話は切れた。
あまりの呆気なさに私は暫し茫然とする。そして拍子抜けすると共に苛立ちと寂しさを同時に覚えた。意識してるのは私だけ、蓮にしてみればなんてこと無い事なんだよね。
でも、後ろ向きに考えるのはここまで。予定通り蓮は来てくれるのだからまずはそこを喜ばないと。
蓮をもてなす最終準備に取り掛かった。
「へぇ、暫く来ないうちにすっかり女の子の部屋になっちまったな」
部屋に足を踏み入れた蓮の感想がそれだった。いつも通り癖毛の天然パーマをそれなりにセットして、白いセーターに紺のジーンズ姿。「何よそれ。もともと女の子の部屋です」私の苦言に対し「昔はもっととっ散らかってたじゃん」と記憶の中にある印象を述べる蓮。
顔がかぁっと熱くなるのを感じつつ、肩をバシッと叩いてやった。
「今日おじさんとおばさんは?」
「仕事」
「ベッドに座ってもいいのか?」
「いいよ。ちょっとお茶持ってくるから待ってて」
後ろ手にドアを閉めた私は、そのままドアにもたれ掛かると、胸に手を当て深呼吸を繰り返した。
今、蓮が私の家にいる。二人きりで、蓮と一緒にいる。
ドキドキと早鐘の様に打つ心臓を宥め、私は「おまたせ」と声を掛け、マグカップに入れた温かいミルクティーとクッキーをアクリルテーブルに置く。クッキーは私の手作りだ。可愛い動物の形をした薄茶色のバターたっぷりのクッキー。
「おっ! このクッキー」
何故か少女漫画を真剣な表情で読んでいた蓮は、テーブルに置いたクッキーにいち早く反応し「いただきます」と同時に一枚口に運んだ。
「美味い! 懐かしいな、これ昔俺が好きだったクッキーだろ? さくらが焼いたのか?」
満面の笑みを浮かべ感嘆の声を上げる蓮は立て続けに一枚二枚と頬張った。
もちろん蓮がこのバタークッキーが大好きな事を私は知っていた。小学生の頃お母さんが作ったこのクッキーを蓮が嬉しそうに食べているのを見て、作り方を教わったのだ。
そうだよ! えへへ、蓮が好きだと思って焼いておいたの。偉い? と、褒めて欲しがりな自分を押し留め「蓮好きだったっけ? お菓子も何もないのは寂しいと思って焼いただけ」と嘯いた。
「そっか! いや嬉しいよ! ホントにこのクッキー滅茶苦茶好きだったかんね」
こんなにテンションの上がった蓮は珍しい。「喜んでもらえたなら良かった」とミルクティーを一口啜り澄ませてみせたが、心の中では歓喜する私が小躍りしていた。
もう少しくらいなら、素直な自分を出してみてもいいのかな?
ちらと蓮を見やればやはり美味しそうにクッキーを頬張って、もしゃもしゃと咀嚼している。
「作って良かった……」
「ん? わぁにふぁいっは?」
とぼけた顔してほっぺた一杯にクッキーを詰め込む蓮は可愛いハムスターみたいだ。私の頬も自然に綻ぶ。
「何でもないよー」
私は舌を出して悪態をついたが、本当は嬉しくて仕方なかった。今の関係が仮恋だということも忘れ、私は幸せを噛み締めていた。