手を繋ぐとか?
「はあ? かりこい?」
「そう。仮恋」
平静を装ってはいるが、心臓はけたたましく暴れ回り息切れを起こしそうなほど緊張していた。
過度の緊張と寒さも相まって、震える唇から薄っすら白い吐息が漏れ出す。
「何、かりこいって」
「仮恋っていうのは仮恋愛ってこと。お互い恋人もいないんだし、まあ練習っていうかさ」
他意はないとアピールする為にしれっと告げたつもりだったが、蓮は足を止めて私に向き直った。眠たそうな両目が高い位置から私の顔を見つめている。
そんな蓮を私は直視できなくて、手ぐしで髪の毛を梳かす振りをしてそっぽを向いた。
今にも蓮の口から「何意味わかんないこと言ってんの?」とか「やだよ」とか拒否の言葉が飛び出してきそうで怖かった。
ちらりと蓮を見やるときょとんと首を傾げ「いいけど、具体的にどうすりゃいいの?」と言った。
その言葉を聞いた瞬間私の身体がカッと熱を帯びた。もちろん、蓮にしてみれば軽い気持ちだろうけど、私にしてみれば告白を受け入れられたような、そんな錯覚を起こす重大発言だった。
言葉や態度に出さないよう必死に喜びを隠しながら「うーん、例えば手を繋いで歩くとか?」と素っ気無く提案してみたが、心臓は喉の下まで大ジャンプを繰り返している。
「あ~、なるほど。恋人っぽいな、こんな感じか?」
「あ、ちょっ……」
納得したように天を仰いだ蓮は間髪入れずにあっさりと私の右手を力強く握ってきた。
突然手を握られ心臓がもう一段階跳ねたが、私は咄嗟に手を引っ込めようとしていた。
汗で濡れた手を握られ、凄く恥ずかしかったし気持ち悪いって思われるんじゃないかと不安に思ったのだ。
だけど蓮に強く握られた手は引っ込められないし、夢にまで見たこの瞬間を大切にしたい思いが恥ずかしさよりも勝った。
「さくらの手めっちゃ冷えてるな」
「うん……寒いからね」
「こう握ったらもっと暖かいんじゃないか?」
そう言うと蓮は自分の指と私の指を絡ませる。そして私の顔を見てにかっと笑った。
「確かに、そうだね」
一瞬思考が停止して言葉が中々出てこなかった。きっと表情も硬直していたと思う。心臓は相変わらず暴れ続け、手汗もしっとりと乾きそうもない。
(蓮の手、大きくって温かい。これが本当だったらもっと嬉しいのにな)
夕陽に伸びる私と蓮の影。その手と手が重なっている。
偽りなんだけど、私はその幸せな時間をゆっくりと大事に刻んで歩いた。
叶わないと知りつつ、淡い期待を抱きながら。