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8話・家族を説得させよう。

サイレウス視点です。

 父さんも母さんも兄さんも俺が悪い、と責め立てた。





 何が?

 俺がユリシーラと結婚したいと言った?

 そんなの幼い頃の話だろ? えっ? 違う? たった3年前? まさか。そんな最近の事ならいくら俺でも覚えているはず。……アレ? 3年前のことらしいのに覚えてない。つまり、忘れてしまえる程大したことない記憶ってことじゃないか? そうだとすると、やっぱり俺がそんな事を言うとは思えない。だって自分の将来の事だぞ? 俺、そこまで記憶力悪いのかな。だが、父さんと母さんが聞いた、と言うならそう、なんだとは思う。両親は家族に嘘をつかない事を決めている。





 だけど。ユリシーラの母親の墓に誓ったとか、覚えてない。確かにテレサおばさんが亡くなった事は覚えているし、ユリシーラが泣きそうな顔で必死に葬儀を最後まで見つめていたのも覚えている。でも、そうだ。確かにあの頃にはユリシーラと婚約していた事は覚えている。


 じゃあ、本当に?

 俺がユリシーラと結婚したい、と?

 バカだ俺。もう少し時を待てば最愛に出会えたというのに。碌に女の子と関わらないでいたからユリシーラと結婚したいなんて言ってしまったんだ。いや、でもまぁ婚約は解消出来たって言うし。結果的に良しとしよう。





 だが、学園を卒業したら家族の縁もドルレク商会との縁も切ると言われてしまった。婚約解消くらいで大袈裟だ。そう思っていたが、保守派と革新派の派閥争いが関連してくるってなんだ。


 俺が保守派と革新派の派閥争いって話に首を傾げていると、父さんと母さんは婚約解消についてユリシーラの父親が来るから……と話し合いで居なくなり、けれど兄さんは呆れたというよりももっと冷たい視線を俺に向けてきた。昔から兄さんにこの目を向けられると、まるで俺はダメなヤツと言われているようで嫌だった。





「そんなこと、ないよ。サイレウス様は頑張っているわ。ソレイン様とは教わった事が少し違うだけ」


 不意に女の子の声が耳に響いた。

 最愛のネフェリじゃない女の子の、声。これは……誰だった?





「まさか保守派と革新派の派閥争いを知らないなんてな。お前、本当にきちんと勉強をしているのか? 何か狡い事をしているんじゃないだろうな」


 兄さんの疑いの目で、先程の女の子の事はすっかり忘れてしまう。狡い事、と言われて身体が震えた。その通りで、ユリシーラに課題を丸写しさせてもらったり試験対策用に分かり易くまとめた物をもらったりしていた。もちろん認めるわけにはいかない。





「まさか」


「まぁそうだろうな。だが、知らないなんておかしいんだ。ドルレク商会(うち)が革新派であるユリシーラの家と付き合いがあり、其処からルドウィグ男爵家の寄親であるハーク子爵家にも贔屓にしてもらい、徐々に力をつけてきたんだ。ゆくゆくはナホージ公爵家にも利用してもらえるかもしれない、という所まで話は進んでいるというのに。現在、ハーク子爵家からジェノリア侯爵家にドルレク商会の事を紹介頂いていた矢先に、保守派に寝返ったなんて思われてみろ。ドルレク商会が潰れるぞ」


 兄さんの説明に背筋が冷える。

 そんなこと、知らない。だが兄さんの口ぶりでは知っていて当たり前の事のようだ。ユリシーラが教えておくべきじゃないのか。婚約者だったんだから。





「まさかとは思うが、婚約者のユリシーラが全て覚えておくべき、とか愚かな事は……いくらお前でも考えてなかっただろう? そうだよな。こんな当たり前な事を知らないなんて有り得ないからな。忘れていただけだな?」


 兄さんは俺の考えを覗いたようにそんな事を言う。だが、ユリシーラに教わるどころか知っていて当たり前の話、らしい。という事は俺が子どもの頃からしている商会の成り立ちとかの勉強で教わっているはず、という事だろう。


 俺は……その場しのぎで勉強をしていたから、正直覚えていない事の方が多い。だからだろうか。何故こんな事も知らないのか、と兄さんから呆れられるのは。……少し、少しだけ、勉強をしておこう。兄さんに呆れられて見捨てられるのは嫌だ。





「まぁいい。忘れているだけだとしても、もうお前はドルレク商会とも我が家とも関係ない。それが父さんの方針だ。学園を卒業したらどう生きていくか考えておけよ。ネフェリとかいう娘と結婚するにしても、ドルレク商会と縁を切った事を教えて結婚しないと、貴族だからな、色々とうるさいぞ」


 俺は兄さんから見捨てられないように勉強をしないと……と思ったのに、もう兄さんは俺を見捨てた。いや、既に父さんと母さんに見捨てられてしまったから、兄さんも当然の考えなんだ。まずい。皆、本気で俺との縁を切るつもりらしい。どうしたら……どうしたらいい?


 そう考えている間にもユリシーラの父親との話し合いは終わって俺達は正式に婚約を解消した。そして父さんから言われたのは、いくら幼馴染みとはいえ婚約者だった事から、色々と噂されたくなければユリシーラとは関わるな、とのことだった。





 そうだ! ユリシーラに俺と家族とを仲直りさせるよう頼めば良い。あいつは俺が好きだったんだから! そうだ家族を説得させよう!

 良いことを考えた。

 そう思った俺は、父さんと母さんと兄さんからユリシーラに近づくなよ、と散々言われていた事など全く聞いていなかった。





 こうして夏期休暇明け。高等部に進学した俺は、ネフェリに事情を話す前にユリシーラを探す事にした。だが、いない。なんだあいつ、勉強しか取り柄が無いのにトップクラスから落ちたのか? そう思った俺は商人科の別クラスを覗いてみたがそこにもいない。更にその下のクラスを覗いても居なくて。結局全てのクラスを見て回ったのに商人科にはユリシーラの姿がなかった。休みか? そう思いつつ高等部の説明が始まってしまうから、今日はユリシーラの事は諦めた。


 今日もネフェリが可愛くて。でも家でのゴタゴタはまだ話さなかった。ユリシーラに何とかしてもらってから笑い話として話すつもりだったからだ。次の日もユリシーラは見当たらず、もしや俺との婚約を解消したことにショックでも受けたのか? と考える。そこまで俺の事が好きだったとは知らなかった。





 ちょっとだけ可愛いやつと思ったが、まぁネフェリには劣る。……なんて思っていた3日目。学食で食べようとネフェリに誘われて学食に足を向けるとユリシーラが1人で座って食事を摂ろうとしていた。なんだ今日はいるのか。よし、とユリシーラに足を向けてその側に立つ。ネフェリには婚約解消の件で話が有るから……と嘘をついて待っていてもらう。





「ユリシーラ」


「サイレウス様、ごきげんよう」


 いつものように声をかければ、ごきげんようなどと他人行儀な挨拶が聞こえてきた。なんだよ幼馴染みだろ。





「なんだよ、幼馴染みなんだからいつもどおりでいいって。風邪でもひいて休んでたのか?」


「何を仰っているのか分かりませんが、私は初日から学園に来ていますわ。それと私からサイレウス様に近づかないし、サイレウス様からも私に近づかないよう、お互いの親同士で取り決めたはずですので近づかないで下さいませ」


「はぁ? 何を言ってるんだよ! いくら婚約を解消したからって俺たちは幼馴染みだろ!」


 ユリシーラから近づかないで、と言われてイライラして声を荒げる。


「只の幼馴染み、という関係にも有りませんわ。変に噂を流されたく無いですので、幼馴染みの関係も解消をする、と父とサイレウス様のお父様とで話し合われました。お聞きになられていませんか」





 とことん他人行儀なユリシーラのその発言に、俺は呆然とした。婚約どころか幼馴染みの関係も解消した、だと? なんだそれ、知らない。





「もう用事が無いのなら宜しいですか? 私は食事をしたいのです」


「待て! ユリシーラ、お前、いくら俺に振られたからって幼馴染みまでやめるとか、どんだけ心が狭いんだよっ」


 ユリシーラが冷静に食事をしたいと言うから咄嗟にその肩に手を置いたら、その瞬間、ユリシーラが俺の手を振り払ってきた。まるで俺の事を嫌いだとでもいうように。





「ユリシーラ?」


「はいはい、ちょっといいかなぁ。君、ドルレク商会のサイレウスだっけ。僕はジェノリア侯爵家の者なんだけど、必要以上にユリシーラ嬢に近寄らないでくれる? ジェノリア侯爵家って意味が解るよね?」


 俺がユリシーラに手を振り払われた事にショックを受けると如何にも高位貴族らしい装いの男が割り込んできた。ジェノリア侯爵家。ユリシーラの家……ルドウィグ男爵家よりも高位で俺たちの学年では最高位の爵位。


 それにうちの商会が必死に縁を繋ごうと努力している、と兄さんが言ってた、あの、ジェノリア侯爵家。


 貴族ではない俺だし、此処は学園だけど、その他者を圧する空気に呑まれた俺は何も言えない。下位貴族や裕福な平民達が束になっても、従えてしまう空気がある。そのジェノリア侯爵令息はユリシーラに手を差し伸べた。





「ユリシーラ嬢、此処は騒がしいから僕や皆と一緒にサロンで食べないか?」


「ですが、私のような下位の者が上位貴族様達のサロンにお邪魔するなど」


「いいよ。君は僕と同じ領地経営科のクラスメイトだ。食べながら授業内容について語り合うのも有意義じゃないか?」


「……分かりました。リュウテル様達と共に食事をします」


「うん。おいで」


 俺の目の前でユリシーラが他の男の手を取りトレイを持って去っていく。俺は呆然としながらも、ユリシーラが商人科に居なかった理由を理解していた。


「領地経営科……」


 ポツリと溢した言葉は俺の耳に微かに届くものだった。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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