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7話・心穏やかな日々。

 婚約が無事に解消された、とお父様からお伺いした私の胸に訪れたのは安堵。淑女教育では感情を表に出して周りから足を引っ張られてはならない、と感情を出さないように教えられる。上位貴族の家では家庭教師から教わるようだが、私は亡き母に叩き込まれた。礼儀作法と淑女教育にはとても熱心な人でした。その母の教えを忘れてしまう程……この3ヶ月間の日々は追い詰められていたのでしょうか。





 お父様の執務室で話を聞いていた私は、婚約解消に至った事を聞いて……ポロッと涙を零していました。自分でも気付いておらず、慌てたお父様に指摘されてようやく泣いている事に気付いた程でしたが。





「みっともない所をお見せ致しました」


「みっともないなど有るか。ユリシーラは可愛い娘だ。外では感情を制御出来ないと困るが、家くらい構わん」


「お父様……ありがとうございます」


「そんなに……辛かったか」


 お父様が少し迷う素振りを見せて尋ねられたことに、私は逡巡してから……頷き、ノルスにしか話せなかった真相を話してから内心を吐露しました。






「恋心を抱いておりました。サイレウス様と結婚してドルレク商会を盛り立てていきたいとも思っておりました。ずっとそうなるのだと……。ですが、サイレウス様も私も未成人。世界が狭かったのでしょう。サイレウス様も商人の子息とはいえ、未成人のうちにあちらこちらに顔を出して縁を繋いでおられなかった。


私に付き合って私が出席出来るお茶会程度でしたから。それも婚約してからですから、数える程度でした。その上、そういった所ではあまりご令嬢とは話をせず、令息の方達が多かったわけで。跡取りであるソレイン様とはその辺が違いました。


それ故に……学園に入って私以外の同年代の貴族令嬢や裕福な商人の令嬢が目に入って、浮つかれていた事は何となく気付いておりました。それでも当初は私をそれなりに見てくれていました。私は亡きお母様のように儚げで可憐な容姿ながらも凛とした姿とは到底言えず……どちらかと言えば自惚れても少し可愛い程度でしょう。10人の殿方に私をどう思うか尋ねたら2人くらいは可愛いと仰って頂ける程度の。


ですが、中等部最終学年でマナック様に出会われ……サイレウス様の恋のお相手であるマナック様は、10人の殿方に尋ねたら8人は可愛いと仰るようなお方ですから。マナック様の真意は解りかねますが、私という婚約者が居る事はご存知だったはずなのに、私とサイレウス様はクラスが違うから気付くのが遅くなり……サイレウス様と同じクラスのマナック様が熱心にサイレウス様に運命とか素敵な殿方とか褒めていらっしゃったようです。


本当に私と婚約している事をサイレウス様が理解して頂いていたのなら、私を幼馴染みではなく婚約者として思って頂いていたのならば。他の女性に言い寄られても毅然とした態度を取って頂いたと思います。でも……サイレウス様は。マナック様を可愛い、と……髪を触ったり肩を抱いたり」


 思い出したくないけれど忘れられない日々をお父様に打ち明け、語尾はかすれていました。





「もう、いい! 済まない! そんなにも辛い思いをさせてしまっていたとは……。もう、いいんだ。領地経営科への編入願いも恙無く受け入れられた。高等部に上がれば必然的に学舎も違うのだから会う事もないだろう」


 お父様の悲痛な叫びに、私は口を閉ざしました。髪を触るとか肩を抱くとか、それは平民ならば友人間でも有るのかもしれませんが、貴族では友人の距離ではなく。婚約者か恋人か妻の距離です。お父様に悲しい思いをさせてしまいました。





「はい。学科が違いますから、課題の丸写しもさせてあげられませんし、試験対策用にまとめた物もあげられませんが……きっとサイレウス様は頑張って下さるはずです」


「……なんだと?」


 お父様の顔色が変わりました。


「お父様?」


「サイレウスは、ユリシーラが頑張った課題を丸写ししていたのか? 試験対策までしてあげていたのか?」


「……はい」


「ユリシーラにそこまでさせておきながら、ユリシーラに婚約解消を告げた、だと? こんな事なら一発殴ってくるべきだった!」


「お、お父様! 良いのです! そのような事をしてはいけませんわ。もう私は学科を変えたのですもの。そのようなお手伝いは出来ません。ご自分でなんとかするはずですわ」


「そう、だな。うむ。ユリシーラは新しい学科で楽しく学園生活を送りなさい」


「はい、お父様。ありがとうございます」






 私はお礼を述べてお父様の執務室から退出しようとドアへ足を向けます。それから、思い出した事を話しました。


「お父様。貴族の令嬢として政略結婚も構いませんわ。ただお互いに歩み寄れる方が宜しいです。一方的な関係にならず互いを尊重出来る方ならば。どなたかの後妻としてでも構いません。尊重し合える関係が良いです。それが叶わない相手でしたら……お兄様と共に領地を治めたいですわ」


「分かった。ユリシーラの意見を尊重しよう」


 今度こそお父様の執務室を退出した私は、穏やかな学園生活を送れそうだ、ともう一度安堵しました。






 それから日々が過ぎ。


 元々幼馴染みだった私とサイレウス様は、数ヶ月から半年に一度くらいで会っていましたが、婚約してからは月に一度から数ヶ月に一度くらいでお茶をしたり王都で買い物に出かけたりしておりました。ですが、学園に入ってから暫くは変わりませんでしたが、最近は……お茶に誘っても買い物に出かけようと誘っても近くの公園へと誘っても、いつも()()と遊ぶから……と断られておりました。


(どこまでが友人でどこからがマナック様だったのか。私も存じ上げませんが。もう終わった事、ですわね)


 そんな日々とも別れて穏やかな日々が続いて……そのまま夏期休暇が明けて私は高等部に上がると同時に領地経営科での勉強を開始しました。幸いと言うべきか、学舎が違う所為か私とサイレウス様とマナック様の事はこちらでは噂になっておらず、しかし、高等部での学科編入は珍しい事ですからそういった意味では注目されておりました。


(通常は一度決めた学科を変更する事は有りませんものね)





「ねぇ、ユリシーラ嬢。不快な事を訊ねるけれど」


 高等部入学と同時に編入して来た私に、そう声を掛けて下さったのは、私達の年齢では最高位にあたるジェノリア侯爵家のご令息であるリュウテル・ヨギル様でいらっしゃいます。領地経営科トップの成績であり、私達の学年の学園最高位の侯爵家ご令息であり、革新派……つまり我がルドウィグ男爵家のある派閥のナホージ公爵家に次ぐ高位貴族であるヨギル様直々のご下問に私は了承の意を告げました。


「なんでございましょう、ヨギル様」


「あー、いいよいいよ。此処は学園内。リュウテルと呼んでくれ。君も僕も同じ学生だ。気楽な言葉遣いで構わない」


 学園外では礼儀を守れば良い、ということでございますね。かしこまりました。






「分かりました。リュウテル様。それで、どのような事でしょう?」


「切り替えが早い聡い人は良いね! じゃあ訊ねよう。ユリシーラ嬢は何故この時期に編入してきた?」


 やはりその事ですわよね。でも、これはある意味良い機会です。リュウテル様が代表して尋ねて下さる事で何度も説明する必要がなくなります。


「私は……夏期休暇前までは中等部の商人科で学んでおりました。婚約者が商人科だったからです。卒業しましたら婚約者の実家である商会へ嫁入りする事が決まっておりました。それ故に婚約者と共に商人科に入学しておりましたが……この度円満に婚約関係を解消致しました。それ故に商人科よりも元々興味があった領地経営科に高等部で編入して参りました」


「成る程ね。分かった。辛い事をご令嬢に話させて済まない。これからは楽しく学園生活を送ると良い」


「ありがとうございます。リュウテル様、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 リュウテル様は私が婚約を解消したことをご存知の上で、敢えて私に話をする機会を設けて下さったのだろう。私が肩身の狭い思いをしなくて良いように。有り難い気遣い。私はリュウテル様のこの気遣いで領地経営科に馴染めるようになりました。





 学園は15歳までが中等部。そして高等部は16歳で1学年。17歳で2学年。18歳で3学年で卒業を迎えます。私とサイレウス様は誕生日が来ていないだけで16歳を迎える年です。それぞれの学科は貴族・平民を問わずこの国の者であれば入学可能。完全実力主義なのでクラス分けもそのようになります。サイレウス様は入学までは私と共に勉強をしている機会が多かったので、商人科トップクラスから数えて3番目のクラスでいらっしゃいます。私はトップクラスでした。私が居なくなりましたが、頑張ればそのまま、トップクラスから数えて3番目のクラスでいられる事でしょう。いえ、頑張れば私がいなくなったのでその分の空きが出来たから、トップクラスに上がれるのかもしれない。……もう、私には関係なかったですね。


 私は高等部の領地経営科の編入試験をそれなりの成績で受かったらしく、こちらでもトップクラスです。目標が無いので、次年度のクラス替えの目標はトップクラスを維持する事にしておきます。次年度では何か目標が出来ればもっと勉強に身が入るのですけど。目標が見つかると良いな……。


 学舎はどの学科も1階のみなので、わざわざ1日を潰して学舎案内をされずとも大丈夫です。昼食時の学食や図書館等の共通スペースはまた別の建物ですが、そういった共通スペースでサイレウス様やマナック様と会う可能性は有りますね。そこを失念しておりました。その時はどうしたらいいでしょう。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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