4話・兄弟なのに何故正反対なのか。
ルドウィグ男爵、ホアセン・ファルク視点です。
執事のノルスからユリシーラが面会の許可を求めている、と言われて私は直ぐに頷いた。ルドウィグ男爵領の領主を務めている私は月の半分を王都で過ごし残りの半分を領地で過ごす。領地は王都から馬車で片道3日。往復6日かかる距離にある。代々受け継がれて来た男爵領とはいえ小さい領地なので視察は2日も有れば全てを回りきれる。だが、あくまでも視察であって、回った土地で領民の声に耳を傾けて時には収穫に携わる……なんてしていれば、あっという間に王都に帰る前日になるのは良くある。
私がそうやって領地に出向けるのも、王都で留守を守ってくれている息子・タセドと娘・ユリシーラが居てこそ。妻のテレサは一昨年病で私を置いて逝ってしまった。茫然としていた私が立ち直れたのは、タセドとユリシーラ。そして親友のセイバル一家のおかげだった。セイバルとその妻・スペラさん。2人の息子であるソレインとサイレウスがよく様子を見に来てくれていた。そのサイレウスは、ユリシーラと同年でユリシーラの婚約者でもある。
妻のテレサが居なくなってから、もしも私に何かあった時、タセドには男爵家が有るが、ユリシーラには何も残してあげられない事を実感して、サイレウスと婚約している事は安堵出来た。ユリシーラはドルレク商会の跡取りの妻ではないが、親友であるセイバルもスペラさんもユリシーラを可愛がってくれているから、サイレウスと結婚すれば生活に困る事は無い。
そう、思っていたのだが……
「済まない、もう一度言ってもらっていいか?」
面会を許可した私とノルスにも立ち会いを頼んだユリシーラから、とんでもない事を聞かされた。
「はい。……ドルレク商会会長子息・サイレウス様から婚約解消を申し込まれ、私は受け入れました」
「ど、どういうことだ」
どうやら聞き間違いでは無かったようだ。ユリシーラに限って何かをやらかしたとは思えないが、それでも問題が有ったから婚約解消という話になったのだろう。一体何が有ったというのか。ユリシーラに尋ねれば、ユリシーラは淡々とドルレク商会が革新派から保守派に変わると告げて来た。
は?
としか言えない。セイバルに限ってそんなわけがない。そもそも、保守派というのは考え方が本当に保守的なのだ。つまり、平民が貴族を超えてはならない、という考え方。どれだけ富を蓄えようとも平民は貴族を立てる。そういった考え方だ。
対して我等革新派は、貴族も平民も関係なく実力の有る者は取り立てるべきだ、という考え方だ。この国は今、この2派で政が揺れている。保守派の意見を全て否定する気は無いが実力の有る者が能力に見合った仕事が出来ないのは、我等革新派としては勿体ないと思ってしまう。そして残念ながら保守派の多くは「貴族であること」に誇りを持っているだけの無能。まぁだからこそ、保守的な考えなのだとは思うが。
現在の国王陛下は上手く我等のバランスを調整しつつ国の舵取りをしている。ただ、恐らくだが国王陛下は革新派に近い思想なのだろう。政策として取り入れるのが3回に1回くらいが保守派の意見。つまり残り2回が革新派の意見。そしてドルレク商会……つまりセイバルの祖父であるドルレクさんが立ち上げた商会は、我等革新派が後押しして実力を付けて来た商会だ。
だから革新派である我が家を切り捨てて保守派に鞍替えするなんて有り得ない。あいつはそんな恩知らずじゃない。これは、何か有る、とユリシーラをジッと見た。
「ユリシーラ。全てを正直に話しなさい」
「何も有りません。政略的な意味を持つので、私との婚約が解消になった。それだけです」
ユリシーラは貴族の末端である男爵家とはいえ、貴族令嬢として礼儀作法も淑女教育も施してきた。……ので、表情が変わらないから全く読めない。どうしたものか、と考えていた私だが、ふと強い視線を感じた。その主は執事であるノルスだ。ノルスの視線がユリシーラに向けられた。それだけで理解出来た。伊達に長い付き合いではない。
「ユリシーラ。解った。婚約解消の話し合いを数日中にしておく。疲れただろう、休みなさい。ノルス、ユリシーラを部屋まで」
「かしこまりました。さぁお嬢様、行きましょう」
ユリシーラも祖父のような年齢のノルスに促されると断れない。何しろユリシーラは母を亡くし、私は月の半分は王都に居ない。兄であるタセドとは年齢が離れ過ぎていてタセドもユリシーラも互いを思い合っているのに距離感がいまいち掴めていないようだ。
そういえば……サイレウスの兄であるソレインの方がユリシーラの兄みたいだったな。ユリシーラもソレインには良く懐いていて本当の兄・タセドよりも余程兄妹のようだった。ソレインは真面目だし、働き者で多少融通が効かないながらも、自分の考えに固執しないで人の意見を取り入れようとする姿勢が見られる。そんなソレインを未だにユリシーラは兄のように慕っていてソレインもユリシーラを妹のように可愛がってくれていた。時に厳しく時に優しく。
兄はそうしてユリシーラとの関係を築いたのに、何故婚約者である弟はユリシーラとの関係を壊すような事を……。何故兄弟なのにこんなに違うのか。
取り敢えずユリシーラが隠している事実をノルスが聞き出してくれているはずだ。それを聞いた上でセイバルと話し合う必要があるだろう。そんな事を考えながらノルスを待っていると、久々に無表情のノルスが現れた。普段は穏やかな笑みを浮かべているから忘れがちだが、無表情のノルスは、怒っている事の現れで。
そんなノルスは、私の父が子どもの頃から当家に仕えてくれていることにより、使用人同士の交流会みたいなものが貴族に仕える使用人達の間には有るのだが、そういった場でどうやら執事の鑑と見られているらしい。それ故に他家の使用人達からも信頼厚く、爵位が上の家の執事の中には、ノルスを師と仰ぐ者がいる。
そして怒るノルスは、その多彩な人脈を駆使して相手を徹底的に叩き潰す。相手の弱味をそれとなく握るのだ。師と仰ぐ者達に、主人を裏切らせるような事はしない。言葉巧みに情報を拾い上げるだけ。拾い上げた情報を駆使してーーあとは何をしているのか、真実は知らなくていいことも、有る。そのノルスが怒っているのだからこの婚約解消は、只事ではない。
やがてノルスから報告を受けた私はーーサイレウスがそこまで愚かだった事を見抜けなかった事に、いつの間にか拳を握っていた。
「そんなわけで旦那様。ユリシーラお嬢様は、サイレウスのような愚か者……失礼、サイレウスへの気持ちは無くなったものの、それと傷ついた気持ちは別だ、と泣いていらっしゃいました。私は泣いてもいいのです。とお慰めしましたが、その中で学園でも辛い目に遭ったようなので現在の商人科から高等部は、領地経営科に変更したい、と申されておりました。貴族令嬢としての義務を果たすための政略結婚は否定しないけれど、叶うならば……領地経営科にて旦那様を……ゆくゆくはタセド様をお助けしたい、と」
サイレウスを愚か者と言っていたな? しかも呼び捨てだぞ? 敬意を払う相手じゃない、と切り捨てたな? まぁ同じ気持ちだが。
「そうか……解った。変更手続きをしておこう。またドルレク商会に先触れを出しておいてくれ」
取り敢えず、ユリシーラがノルスに吐き出した気持ちは私は知らない事になるから、知らないフリをしなくてはならないのが辛い。
「かしこまりました」
ユリシーラがこの3ヶ月、サイレウスから蔑ろにされていたどころか学園で嘲笑されていた事まで聞かされては、婚約解消ではなく破棄としたい所だが、婚約解消に持って行った理由には納得出来る部分もある。そしてセイバルの真意を聞いた上で話し合いをせねばならないから、それまでこの怒りは腹の底に溜めておこう。
取り敢えず、どんな話し合いになるにしろ、サイレウスの小僧は一発殴る。
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