11話・政略結婚のお相手は。
「先程、ユリシーラが口にしたように、ルドウィグ男爵家の令嬢であるあなたとの政略結婚のお相手の1人は、保守派の派閥の1人。もっと簡単に言うとネフェリの兄」
「マナック様のお兄様、でございますか」
(マナック様は跡取り令嬢とかではないのね。ではサイレウス様は婿入りにはならないから、私と同じようにマナック様は、ドルレク商会に嫁入りするのかしら)
「ええ。ネフェリには跡取りの兄が居るの。婚約者は居ないわ。恋人は……どうかしら。ユリシーラがその気なら調べるわ」
ニコリと笑うメイサ様。
「それからヨグーニ子爵家の跡取りかしら。それとドルレク商会の跡取り」
ヨグーニ子爵家はマナック様の家である男爵家の寄親です。それと……
「ソレインお義兄様、ですか」
少し言葉が詰まりました。
「ええ。元々かの商会を国外へ出さないために、なんらかの理由で縛り付ける必要があったの。ユリシーラが嫌じゃないならこちらとしては好都合だわ」
やはり王太子妃……ゆくゆくは王妃になられるお方です。マルガリッタ様は合理的に判断されます。商人の考え方にも通じますし、確かにドルレク商会で教わった事を無駄にしないためなら、それも有りでしょう。
「元とはいえ婚約者が義弟になるのは嫌?」
メイサ様に尋ねられて苦笑します。
「そう、ですね。一度は恋した方が義弟になるのはちょっと考えます」
私が言えば、3人がハッとした顔をされました。
「ユリシーラ嬢、君は彼が好きだったのかい⁉︎」
焦ったような声のリュウテル様に被せるように真っ青な顔のメイサ様が仰います。
「ごめんなさいっ! ネフェリからの報告では、あなた達には恋愛感情なんて無かったみたいだから!」
私は2人に首を振りました。
「私の片思いでしたから。もう、良いのです。諦めましたから。一応、想いを口にしていましたけれど、サイレウス様は私の気持ちは不要だったのでしょう。マナック様を同席させての婚約解消の申し出。私がまだ居るにも関わらず、私達に愛など無かった、と」
割り切ったはずなのに、まだ胸が痛みます。私の気持ちは彼に届いていませんでした。仕方ないことです。
「辛い事を話させてごめんなさい」
マルガリッタ様が謝られるので首を振りました。本来身分の高いこの方達が私などに頭を下げるなどあってはならないのです。
「もう終わったこと、ですから。それでも。やっぱり命令ならともかく、一度は恋した方の兄と結婚は……今は考えられません」
私はすみません、と頭を下げました。
「あなたには選ぶ権利が有るわ。だから謝らなくていいの」
マルガリッタ様がそう仰るので頷きます。ソレインお義兄様の件は可能性が低いと見れば、ヨグーニ子爵家の跡取り様かグロース男爵家……つまりマナック様のお兄様がお相手です。ですが。
「ネフェリの兄も止めておきましょう。恋した男を結果的に奪った女の兄なんて、嫌でしょう?」
メイサ様に気遣われてしまいましたが、実はその通りです。またも苦笑しつつ、その提案には頷かせて頂きました。
「では、ヨグーニ子爵家の跡取り様、ですか」
私はもう政略結婚のお相手は居ないと判断して尋ねれば、マルガリッタ様から首を振られました。
「まだ居るわ。保守派との政略結婚ではなくて、同じ派閥のお相手だけど」
と、マルガリッタ様が続けて仰います。どなたでしょう?
「僕、なんだけど」
首を傾げてマルガリッタ様のお言葉の続きを待っていますと、バツが悪いような表情でリュウテル様が仰いました。
(へ? リュウテル様⁉︎)
「ど、ど、どどどういうこと、でしょうか」
あまりにも高位のお方の話に吃ってしまいました。リュウテル様が「ユリシーラ嬢、吃り過ぎ」と笑っています。メイサ様が説明して下さいました。
「リュウテル様の仮の婚約者として名を挙げていたのが、ネフェリだったの」
さすがに言葉を失くしてしまいました。
「ユリシーラを保守派との政略結婚のお相手に、と話すのと同じようにネフェリにも革新派との政略結婚の話はしていたわ。ネフェリは乗り気では無かったから強制する気もなかったのだけど。もし、ネフェリが頷けば、婚約者が居ないリュウテル様かハーク子爵家の跡取りの予定だったの。ハーク子爵家の方はもう別の相手が見つかったんだけどね」
メイサ様の説明に成る程、と頷く。
「でもリュウテル様ですと少々爵位的なバランスが」
私が首を傾げれば、マルガリッタ様が強い口調で「聡明なユリシーラにしては、随分と古い考えを言うわね!」とお叱りになられながら
「国王陛下も王太子殿下も、そういった爵位がどうのこうのという考え方も古いと思っていらっしゃるのよ」
と仰いました。
成る程。これは私が既存の考え方に囚われ過ぎたようです。
「僕は、国王陛下と王太子殿下のそういった考え方に昔から触れて来たからね。本当なら政略結婚すら無くしたいようなんだけど、今は先ず、派閥争いを失くすのが先で。そのために必要ならば、と政略結婚の制度は保留なんだ。それでウチは王家のそういった考え方に賛同している関係で、僕の婚約者もギリギリまで決めない事にしていた」
淡々と仰るリュウテル様。
「いつ、政略結婚でどんな方と婚約するか分からないから、お相手を決めなかった、と」
私が確認を取ればあっさりと肯定されます。
「そう。王弟殿下とメイサ様の婚約も派閥争いを失くす一環の政略結婚。尤もこの2人は随分とお互いを思い合っているけどね。王太子殿下とマルガリッタ様の婚約も同様に政略結婚だが、上手くいっているみたいだね。で、革新派の派閥でナホージ公爵家の次にあたるウチは、静観していたんだ」
静観。それは何かあって何処かの婚約が無くなった時に動けるように、ということでしょうか。
「政略的に問題が出た時に動けるように、でしょうか」
「本当に、ユリシーラ嬢は聡明だね! そうだよ。ウチの役割さ。ここ何年か派閥争いを失くす政略結婚の関係を見て来たウチは、今のところ恙無い状況だと判断。そろそろ僕にも婚約者を作り、ジェノリア侯爵家の事を考えても良さそうだって父が決断した。で。父曰く。どうせなら保守派の令嬢と婚約すれば良いってことで、メイサ様に打診していたんだ」
そういった経緯でリュウテル様には今まで婚約者がいらっしゃらなかった、と。
「それで持ち上がったのが、マナック様との政略結婚のお話、ですか」
「そう。ネフェリ嬢が頷けば直ぐにでも僕との婚約話になる予定で、メイサ様も考えていたんだけど。今回のドルレク商会の移転騒動で、ネフェリ嬢がサイレウス君と恋仲になった事で、この話はなかった事に。まぁ進んでもなかったけど。でも、保守派の令嬢で僕と釣り合う人って居なくてね。さてどうしようかって状況なんだよね」
リュウテル様が肩を竦めて話を終えられました。私は今の話を吟味しながら、ふと思うのです。
(ソファーから救出して頂いた時に手を引かれました。サイレウス様に色々言われていた食堂から救出された時にも手を引かれました。どちらも嫌だとは思いませんでした。それどころか……)
暖かい手の優しさにホッとしました。この方のチョコレート色の髪がその手の暖かさを表しているようで。太陽の光を浴びると煌めく金色の目が細まるとまるで宝物のようで。私の髪と目に釣り合うかどうかは分かりませんけれど、疎ましいと思われていない事は確かです。リュウテル様に寄り添っても暗く重たい2人にはならなそう。
そう思うと、サイレウスの髪と目には合わなかった私の髪と目も好きになれそうです。亡くなったお母様と同じ髪と目なのに、少し嫌いになっていた自分。でも、また好きになれました。
本当は。ヨグーニ子爵令息様と婚約した方が良いのかもしれませんが、私に選ぶ権利がある、とマルガリッタ様は仰いましたし、おそらくあの口振りだと私が断ってもヨグーニ子爵令息様のお相手は他にも目処が有るのでしょう。それならば……
「リュウテル様。身分とかお気になさらないのであれば。そして私なんかで良ければ」
「ああ、また! なんかって卑下する言い方をしない!」
先程もそうお叱りになられましたっけ。
なんだか心がくすぐったくて暖かくなって。先程まで傷付いていたはずなのに。少しだけ傷付いた心が癒えた事にも気付きました。こんな事で単純かもしれませんけど、それでも。この心を持ったまま言葉を続けました。
「リュウテル様、私とリュウテル様はまだまだお互いを知っていく必要が有りますけれど。私は、食堂から救出して下さった手が嫌では有りませんでした。こうして気付かないうちに自分を卑下していた私を叱って下さったリュウテル様となら、良い未来が見えそうです」
私の今の素直な気持ちを告げれば、リュウテル様がニコリと笑う。
「奇遇だね。僕もユリシーラ嬢をエスコートしていて嫌では無かったよ。聡明なユリシーラ嬢となら、僕も良い未来が見えそうだと思う」
どうやらお互いに良い未来が見えそうです。
「あら、決まったみたいね」
マルガリッタ様が手を打ち鳴らし、メイサ様も「お似合いの2人だと思うわ」と微笑んでおられます。私とリュウテル様は、ふふっと目を見つめて笑いました。
長い長い話が終わり、急遽ですが、リュウテル様がわざわざ私を家まで送ってくれ、そのまま父に私との婚約を申し出てくれました。父が私に確認を取ってくれて頷けば、後日、ジェノリア侯爵様が我が家にいらっしゃって、私とリュウテル様との婚約が無事に調いました。
これからお互いを知っていくので、問題も有るでしょうが、その時はお互いに我慢しないで気持ちを素直に話そう、とリュウテル様が仰って下さいました。この方となら、本当に良い関係を築いていける。そう思います。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
本編終了。
明日は元婚約者視点です。それにて完結致します。