10話・婚約解消の舞台裏。
「マルガリッタ様。ユリシーラ嬢が戸惑っていますから、僕が話をさせてもらうので宜しいですか?」
「ええ、そうね! リュウテル様ならきちんと説明出来るから安心ね!」
苦笑しているリュウテル様にマルガリッタ様がニコニコとご機嫌になる。ええと。
「先ずはマルガリッタ様がごめんね。僕は彼女と幼馴染みだから解っているけど、ユリシーラ嬢はあまり話さないから知らないよね。マルガリッタ様ってちょっと言葉足らずな所があるんだ。王太子殿下はマルガリッタ様のそういう所を上手くフォローしているから周りから気付かれにくいんだけどね。さて、じゃあ順を追って説明しよう」
そう仰ったリュウテル様は、婚約解消の舞台裏を教えて下さいました。
「実はね。ドルレク商会が隣国に移転するんじゃないかって話が有ったんだ」
ドルレク商会が隣国に? それは有り得ません。
「それは有り得ませんが」
「うん。調査の結果、それは無いと判断されている。元々その話をマルガリッタ様に直接して来たのが事の発端でね。発言したのはドルレク商会を追い落としたい商人、とだけ言っておくね。で。その商人の話を鵜呑みにしたわけじゃないけど、ドルレク商会の会長夫人が隣国へ赴く事が多くて。それで調査を開始した。あの商会は、我が国でも指折りの商会になりつつあるから、隣国へ移転されるのは国も困る。国王陛下直々に王弟殿下に調査を任じた。で。王弟殿下は、ヤニシラ公爵令嬢・メイサ様の婚約者なんだよね」
「あ」
そういえばそうです。雲の上のお方の話なので忘れてましたが。確か10歳程年の離れた婚約者だったはずです。
「あ、知ってたね。それでね。王弟殿下はドルレク商会の次男が学園に在籍している事からメイサ様に真意を探って欲しい、と仰った。ドルレク商会に人を送り込もうとしたけど、隙がない。って事で搦め手として、ね」
ああ、セイバルおじ様は自分の目で雇った人じゃないと信じないですからね。
「それで。メイサ様が考えたのが、ドルレク商会の次男と同じクラスにいた自分の派閥の男爵令嬢を近づけさせて真意を探る事だった」
「ああ……マナック様はそういう意図があってサイレウス様に近づいたのですか」
「最初は、ね。ネフェリ嬢はメイサ様に言われて真意を探るべく近づいた。だけど、接するうちに好きになったって話でね」
「そう、ですか。では本当にサイレウス様に恋していらっしゃるのですね」
「そう。ちょっとおバカな所が可愛いそうだよ」
成る程。それならばサイレウスは好みのタイプだったのでしょう。私は彼の真っ直ぐな所が好きでしたが。ちょっとだけ胸が痛みます。
「ユリシーラ嬢、大丈夫?」
「大丈夫、です。続けて下さい」
「でも、そのおバカな所が調査に引っかかってね。結局ドルレク商会が移転するのか分からない。焦れた王弟殿下が今回の他国への買い付けに部下を尾行させて、会長夫人が隣国へ赴くのは実家を訪れていると知った。そうなんだね?」
「はい。……私はいずれ商会に嫁入りする事も決まっていましたし、サイレウス様とは幼馴染みだったので早くから教えてもらっていましたが、スペラおば様はセイバルおじ様に一目惚れして結婚して欲しい、とプロポーズされたそうです。ドルレク商会は我が国で力をつけてようやく認めてもらえそうだって所でしたから、隣国を含む他国に移転は有り得ません。有るとしたら、支店だと思います」
私が答えれば、リュウテル様・メイサ様・マルガリッタ様がため息をつかれました。
「はぁ。もっと早くユリシーラ嬢の存在が判っていたならなぁ……。実はね、王弟殿下の部下からの報告で移転無しというのは分かったんだけど。君の存在を知ったのは、夏期休暇に入ってからだった。ネフェリ嬢は、恋したドルレク商会の次男にユリシーラ嬢という婚約者が居る事をメイサ様に報告する事を遅らせていたんだ。君の存在を認めたくなかったらしくてね。商人科では噂になっていたみたいだけど、メイサ様は学年も違うし、僕と同じ領地経営科だったから噂に気付かなかったらしい」
ああ、マナック様は意図的に私の存在を隠していらっしゃったのね。
「君と彼の婚約解消に際し、ネフェリ嬢が同席するという形にしたい、と彼がネフェリ嬢に話して、ようやくネフェリ嬢はメイサ様に報告したようだ。それが君が婚約解消の話をされた前日だった。メイサ様はネフェリ嬢とドルレク商会の次男が恋仲だと聞いて応援していたけれど、婚約者が居たと知って慌てて。婚約者が居る相手に恋をして応援しているなんて、貴族令嬢として有り得ない事だから……王太子妃として内定している、親友のマルガリッタ様に相談したけれど。もうどうしようもない状態だったのさ」
つまり。最初はマルガリッタ様とメイサ様の命でサイレウスに近付いたけれど、結局マナック様はサイレウスに恋をして。サイレウスもマナック様に恋をした。では愛し合っているのは変わらないのですか。
(マナック様の気持ちが偽り無いなら、それで良いわ。彼の気持ちにも偽りなんてないのだし)
「そういうことですか」
結局私の気持ちは一方通行なのは変わらなかった。サイレウスの目に、私は只の幼馴染みとしか映ってなかった事が改めて浮き彫りになってしまったわ。
嫌な事を考えてしまった自分が浅ましいわね。マナック様に唆されただけなんじゃないかって。そんな事を考えても意味が無いのに。私の心にはもう彼を好きな気持ちは、何処にもない。ないけれど、傷付いた心は今も癒えてない事も思い知らされる。
浅ましい事を考えてしまったのも結局、自分の傷付いた心が可哀想だから。可哀想だって自分を哀れんでいるだけ。サイレウスは、こんな私だから好きになってくれなかったのかしら。
「それで2人は謝罪したんだ」
その声にハッと意識を戻す。
「いえ、結局はマナック様とサイレウス様が思い合っている事に偽りなんてないのですし、お二方の所為では有りませんから。それで、その。私に政略結婚を、というのは」
ここまでの経緯は分かりましたが、政略結婚の話が見えて来ません。
「この国が保守派と革新派という考え方が違う2派がある事はご存知ね?」
マルガリッタ様が仰るので頷きます。
「保守派、なんて古い考え方を改めて革新派の考え方に統一した方が良いと思っているのだけど、私の父を含めて親世代は中々切り替えられなくてね」
メイサ様が苦笑されます。
もしかして。
「メイサ様は革新派の考えを後押しされていらっしゃる? 故に親世代が引退したら派閥が無くなるように、と?」
「あら! ユリシーラは聡明なのね! その通りよ!」
私がもしや……と考えを話せば、メイサ様に褒められました。
「メイサ様、お褒め頂きありがとうございます。……では、政略結婚というのは、革新派であるルドウィグ男爵家と保守派の何方かとの縁談、という事でしょうか」
考えを統一するにあたり、外から押しつけても反発が出ます。結婚という形で相手の懐に入って考え方を懐柔していく、という事でしょうか。それならば政略結婚というのも解ります。私に出来るかどうかはさておき。
「うん、本当にユリシーラ嬢は聡明だね!」
リュウテル様からも褒められました。
「その通りよ。と言ってもそれはあくまでも政略結婚の話の1つだけど」
マルガリッタ様が私の話を肯定しながらも、意味深な事を仰いました。政略結婚の話の1つとは、どういう事でしょうか?
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