異世界落語「スケルトン族とゾンビ族」
ええ、では、そろそろ始めましょうか。
ええ、最近ようやく温かくなってまりましたね。寒い冬を越して実に春めいてきました。
春といったら季節の始まり、新しい生活にウキウキワクワクの季節でございますな。
当然、異世界でも春になれば新生活が始まります。人間たちは長い冬を明けてようやく外に出れたと喜びあい、魔族たちは魔力を蓄える期間が過ぎたと拠点の防備を固め始める。
クマやイノシシだけでなく獣系の種族は冬眠していた巣からのそりと頭を出し、逆にスライム系の種族は日光を避けて木陰にモソモソと忍び込む。やー、どの生き物も活発に動き始めて良いことですなぁ。
実は私の家にも異種族がいましてな、冬の間に食っちゃ寝してとても肥えたブタのようなお腹をした奴です。
私が冗談っぽく「オーク族もようやく冬眠終わりかい?」と聞いてみると、その顔に満面の笑みを浮かべて「私がオークだったら、その尻に敷かれているアンタは姫騎士だね」って言いやがったんです。
……あたしゃその凄みのある笑顔にびびって、思わず「くっころ」って言ってしまいましたねぇ。
まあ我が家の豚嫁、改め鬼嫁の話はまあともかくとしまして。ええ、春は様々な種族が入り乱れる時期でございます。
それゆえの必然と言いましょうか、種族間のトラブルも実に多い時期でもございます。
とある墓場にスケルトン族がおりました。このスケルトン族のスケさんは訳あってイライラがマックス状態でございます。
髪はないけれど怒髪天を突くが如く怒り狂っておりまして、足音荒く村長の元へとやってきます。
ドンドンドン!
「おーいおい、そんなに乱暴に扉を叩くもんじゃーないよ。大晦日に建て付けを直したばかりなんだから。一体誰だい? 入っておいで」
「スケルトンの村長さん! おらぁもう我慢できねーだ! なんとかしてくれろ!」
「おうおう、町外れのスケさんじゃぁないか。何があったか知らないがとりあえず落ち着きねぇ。あぁ、ほらお茶でも飲んで、ほれ、どうぞ」
「あーありがてぇ。それじゃあ一口、ゴクゴクゴクっと。っかー美味い。やっと温かくなってきたとはいえ、やっぱり熱いお茶は良いもんだ。五臓六腑に染み渡る」
「内蔵がないのにどこに染みるっていうんだか、肋骨の隙間からダラダラお茶が流れとるよ。でもまあ生前の癖でお茶を飲むと落ち着くわな。それで、どうしたんだい? そんなにイライラして」
「どうしたもこうしたもないやい。村長、ゾンビ族のやつらをどうにかしてくれ。もう毎日毎日、俺は大変なんだよ」
とここで一つご説明を。スケルトン族とゾンビ族はどちらも墓場を塒にしている者同士でして、共同生活を送っております。
スケルトン族がカシャカシャ動き回ってる村の垣根一つ越えた先には、ゾンビ族がグチャグチャ生活している次第でございます。スケルトン族の村長さんは一つ頷いて、相談に来た彼に相槌を打ちました。
「確かになぁ。前々から何度も訴えられているから知っている。さすがにこれ以上我慢はできそうにないかい?」
「ああ、すまねぇが我慢の限界だ。奴らのあの腐った臭い、どうにも我慢ならねぇ。骨しかねぇ身でもあそこまで臭くっちゃぁ耐えられる限度を超えている。何とかしてくれ」
「そうは言ってもなぁ……。村はずれのゾンビ族との境界線は同じ理由で人気がなく、逆に村の中央よりこっちは人気が高くて密集地になっている。お前さんを引っ越しさせたくてもさせてあげられねぇ。どうにか我慢してあの場所で住み続けてもらえねぇかい?」
「できるわけねぇだろ村長さん! おめぇさんは村の一等いい場所に住んでるからわからねぇんだろうが、村はずれの境界線はホント酷いんだ! どういう風に酷いか詳しく知ってるか?」
「いや、臭いが酷いだけなのかと……」
「もちろんくせぇ臭いがプンプンしてるのもアレだが、問題はそれだけじゃねぇんだ。漂ってくるだけの臭いは慣れるからまだいいんだが、臭いが移るのが問題なんだ! 朝飯食おうと思ったら腐った臭いがこびりついてて食欲がわかねぇ。あまりの臭いに毎朝毎朝、鳥が落っこちて泡吹いて死んでる。腐った体液のくっつくせいで毒沼と見紛うほどに土地が荒れ放題になっている。ホントあんな場所スケルトンが住む場所じゃねぇ! 引っ越しさせてくれろ!!」
「なるほどねぇ。確かにそれは住みづらそうだ。かといって他の場所はもうぎっちぎちに混んでいて、引っ越せるような土地の余裕はねぇ。誰かに代わってもらおうにも、そんな地獄のような場所にゃぁ誰も行きたがらねぇだろ。下手したら病気にかかって死んじまう」
「いや、おらたちゃもう死んでるから、そこら辺は大丈夫だけんども……」
「まあ物の例えだ。とにかく、ゾンビ族との折り合いをつけるのは昔っからの問題だ。しょうがねぇ、いい加減何とかしてみようじゃねぇか」
「お、村長さん、何か名案があるのかい?」
「まぁまぁワシに任せんしゃい。なんとか対策を打つから、もう少しだけ我慢してくれ」
そう言って村長さんは、陳情をしに来たスケルトンの若者を追い返しました。
しかし村長さん、誰もいない部屋で床に零れたお茶を拭き拭き、一人ごちました。
「とはいっても、色々あるとはいえ昔からの付き合いのゾンビ族にどこか離れたところで暮らしてくれるよう言うわけにもいかんし。今までも色々対策を考えて来たけど上手く行った試しはきっぱりない。はてさて、どうしたものか……。はぁ、ワシに悠久の時を生きるドラゴン様のような知恵と知識があればこんなときどうすればいいのかすぐ答えが出そうなものなのだけれど……」
と、ここまで呟いてポンと手を打ちました。失礼、骨の手を叩いたのでカシャンという音が室内に響きました。
「そうだ、だったらドラゴン様に直接聞いてみればいいじゃねぇか! 幸い、近くにドラゴン様が住んでいるらしき御山がある。ちょっくら行ってみんべぇ」
そう言うが早いが、スケルトンの村長はすっと立ち上がり、カシャンカシャン音を響かせて足早に歩いていきました。
ドラゴンが住むという大きな大きな御山へ。
スケルトンの村長が大きな山を登り、骨を折って……ああ、実際に折ったわけでなく、骨が折れるくらい苦労したって意味ですよ?……ドラゴンの住む洞窟へとやってきました。
そこで持ってきた手土産を渡しつつ、人間には厳しいが魔物同士にはすこぶる優しいと評判のドラゴンさんに相談を持ちかけました。
「お邪魔しやす、ドラゴンさん。ちょっくら相談事があるんですが、お話聞いてもらえませんかね?」
「……はぁ、まあいいだろう。で、なんだ? ご近所トラブルでもあったか?」
「へい、さすがドラゴンさん! 何でもお見通しですな! そうなんですよ、実はかくかくしかじかってことがありまして」
「……はぁぁぁ。スケルトンの村長よ、その問題の解決方法は二つに一つだ。相手を受け入れて耐え忍ぶか、相手を認めず排除するか、だ」
「その通りでござんすね、ですけど戦いとなったらスケルトン族もゾンビ族も同じくらいの強さ、多数の犠牲と覚束ない勝敗に賭けるような真似は長としてできやせん。ドラゴンさんのように強くはないのですから……」
「ならば受け入れるしかあるまい」
「それができそうもないからこう御相談に参ったのです。何かないですか? 良い対策方法は?」
「知らん、自分で何とかしろ。臭いが気に入らんというのなら鼻でも塞いだらどうだ?」
「鼻を塞ぐ……? な、なるほど! ではそうさせていただきやす!」
「あ、おい、ちょっと!」
ドラゴンさんの慌てた声を聞き流し、名案を思い付いたスケルトン族の村長は足音軽く村へ帰って行きました。
村へ帰ると村長さんは、早速みんなに鼻を詰めるように指示をしました。臭いがなければゾンビ族の体臭も気にならない、ということです。
幸いなことに、骨だけの身であるスケルトン族はこの鼻の詰め物はすぐ受け入れられました。最初は戸惑っているものも多数いた様子でしたが、まあ慣れというのは恐ろしい物で、気付けば誰もが鼻の詰め物をしていました。
特にゾンビ族との村の境界にいた者たちは歓喜しました。これで臭いから解放される、とね。
と、ここである変化がやって参りました。
あるスケルトンが、自分の倒した冒険者の鼻をもぎ取って、その鼻を自分の鼻にあてがったのです。人間鼻による鼻の詰め物です。
これが一瞬で大ブレイクしました。自らの武勲を誇る宣伝に良いというのもありますし、今まで石や木の枝なんかで鼻の詰め物をしてたのがバカらしくなるほど格好よかったからです。
そしてブームはどんどん過激化していきました。
最初は鼻だけだったのですが、あるスケルトンは耳を、あるスケルトンは髪を、あるスケルトンは腕を人間の肉で覆うようになりました。スケルトンの人間ファッションショーです。
各々の趣味に合わせて倒した冒険者の肉を骨の体につぎはぎしていくようになりました。
最終的に全身を肉で埋めるようになるものが多数現れました。もうスケルトンだか人間だかわからない有様です。
いや、虚ろな目をした素っ裸の人間なんてそうそういるもんじゃございませんから、実際は見分けるのは簡単ですけれどね。でもスケルトンの村は、まるで人間の死体が動いているような状態になってしまいました。
それから何十年も経ちました。ブームは下火になり、流行から慣習へとシフトチェンジしていきました。
倒した人間の肉を纏うのは、スケルトンにとって当たり前という風潮になったのです。
そして……またまた発生した問題に頭を抱えたスケルトン族の村長は、ドラゴンさんに相談に参った次第でございます。
「お邪魔しやす、ドラゴンさん。ちょっくら相談事があるんですが、お話聞いてもらえませんかね?」
「……はぁ、まあいいだろう。で、なんだ? ご近所トラブルでもあったか?」
「へい、さすがドラゴンさん! 何でもお見通しですな! そうなんですよ、実は隣のゾンビ族の奴がこりゃもう困ったもんで!!」
「……ゾンビ族はお前だろう? 何を言ってるんだ?」
「へ、あっしはスケルトン族の村長でございますが、ドラゴンさんこそ何をおっしゃってるんで?」
「いや、どう見てもお前はゾンビだろう? 人間の肉を纏って虚ろな目をして歩いている。しかもその肉、何年も使いっ放しだろう。腐ってものすごい腐臭がするぞ」
「ええ、恥ずかしながらこれはあっしが初めて倒した冒険者でして……。いやーあのときの興奮が冷めやらず、未だに使い続けておりますわ。ちょっと傷んでおりますが、なかなかの一品でしょう?」
「それは、まあ、うん……。はぁぁ、もういいや。で、スケルトン族の。一体なんの問題があったんだ?」
「それが聞いてくださいドラゴンさん! 隣のゾンビ族の奴がうるさすぎて溜まらんのですよ! 毎日毎日カシャカシャカシャカシャ、骨の音がうるさくて眠れやしません! しかもあいつらの立てる骨のぶつかる音がうるさすぎて、頻繁に冒険者に見つかっちまうんでさぁ。うちの村まで巻き添えくらっていい迷惑です! それに骨が直接ぶつかるせいからか、あいつらすーぐモノを壊すんでさぁ。桑や鋤なんかの道具が大量に捨てられて、ゴミ山ができちまってるんです! 助けてくだせぇ!」
「……はぁぁぁ。スケルトンの村長よ。前にも言ったと思うが、その問題の解決方法は二つに一つだ。相手を受け入れて耐え忍ぶか、相手を認めず排除するか、だ」
「その通りでござんすね、ですけど戦いとなったらスケルトン族もゾンビ族も同じくらいの強さ、多数の犠牲と覚束ない勝敗に賭けるような真似は長としてできやせん。ドラゴンさんのように強くはないのですから……」
「ならば受け入れるしかあるまい」
「それができそうもないからこう御相談に参ったのです。何かないですか? 良い対策方法は?」
「知らん、自分で何とかしろ。音が気に入らんというのなら耳でも取ったらどうだ?」
「耳を取る……? な、なるほど! ではそうさせていただきやす!」
「あ、なんか嫌な予感がする。おい、ちょっと待て! おい!」
ドラゴンさんの慌てた声を聞き流し、名案を思い付いたどう見てもゾンビにしか見えないスケルトン族の村長は腐った体に似合わない軽やかな足取りで村へ帰って行きました。
村へ帰ると村長さんは、早速みんなに纏ってる肉体部分の耳の部分だけ取るように指示をしました。音がどれほど五月蠅かろうと、耳がなければ聞こえない、ということです。
幸いなことに、纏う肉体はぼろぼろに腐っていたので、耳の部分だけ簡単にもぎ取ることができました。最初は戸惑っているものも多数いた様子でしたが、まあ慣れというのは恐ろしい物で、気付けばスケルトン族の誰もが耳なしゾンビになっていました。
特に骨だけになったゾンビ族との村の境界にいた者たちは歓喜しました。これであの騒音から解放される、とね。
と、ここである変化がやって参りました。
ある耳なしゾンビなスケルトン族の若者が、お腹の部分の肉だけ取ったのです。そしたら妙に着痩せしたゾンビができあがりました。
これが思っていた以上に大ブレイクしました。人間の冒険者に襲われたときに、逃げるのも反撃するのも素早くできるようになったからです。今まで腐った肉に引きずられてえっちらおっちら動いていたのがバカらしくなるほど便利だったのでした。
そしてブームはどんどん過激化していきました。
最初はお腹周りだけだったのですが、あるスケルトンは腕を、あるスケルトンは足を、あるスケルトンはお尻の肉を外すようになりました。ゾンビ(※スケルトン族です)のお手軽ダイエットです。
各々の好みに合わせて、つけていた腐肉の鎧を剥がしていくようになりました。
最終的に全身の肉をそぎ落とすようになるものが多数現れました。もう誰がどう見ても立派なスケルトンです。
それから何十年も経ちました。ブームは下火になり、流行から慣習へとシフトチェンジしていきました。
倒した人間の肉を纏うのは年寄りの風習、スケルトンにとっては骨だけの姿が当たり前という風潮になったのです。
そして……またまた発生した問題に頭を抱えたスケルトン族の村長は、ドラゴンさんに相談に参った次第でございます。
「お邪魔しやす、ドラゴンさん。ちょっくら相談事があるんですが、お話聞いてもらえませんかね?」
「……はぁ、またか、また来たのか。そういえば秋めいてきてそろそろそんな季節だったな……」
「どうかしたんですかい? ドラゴンさん。ああ、そういえば以前相談乗ってもらってありがとうございやす。お礼に今度お月見して月見酒なんてどうですか?」
「……考えておこう。で今度はなんだ? まーたトラブルか?」
「察しが早くて助かります。実はまた問題が発生してしまいまして……申し訳ねーですけど、またお知恵を貸していただければ、と……」
「……言ってみろ」
「へい、実はかくかくしかじかってなわけでして」
「……はぁぁぁ。スケルトンの村長よ。実は今回は別客がいてな、答える前に私の話を聞いてくれ」
「え、別の客人ですかい? どなたがいらっしゃったんでしょうか?」
「ゾンビ族の村長だ。隣のスケルトン族のせいで困ってると苦情を言いに来たのだ」
「な、なんですってぇ!? あっしらがゾンビ族になんの迷惑かけたっていうんですかい!? 迷惑かけられてるのはこっちの方でさぁ!!」
「……はぁぁぁぁ、あまりこういうことを言いたくないが、お前たち、脳みそがないせいか記憶力が悪すぎるのではないか?」
「へ、なんのことですかい? 確かに記憶力には自信はあまりありやせんが……」
「まあいい、それでゾンビ族に聞いたのだが、お前たち、隣同士に住んでいる割に生活形態が異なりすぎているのが問題の本質ではないかと考えたのだ。それで、お互い話し合う機会を設けた方がよいのではないかと思った」
「どういうことですかい?」
「つまり、スケルトン族はゾンビ族の腐った体臭が不愉快だ。ゾンビ族はスケルトン族の放つ音が耳に響く。だったらお互い歩み寄ればいいのではないかと考えたのだ。つまるところ……お互いで話し合って相談しろということだな」
「でも……話し合いで何とか解決するでしょうか?」
「知らん。死者の生態という矛盾した概念に対してはさすがに私も管轄外だ。ただ、お前たちは自分で自由に体をいじれる様子だからな。お互い話し合えば解決の糸口が見えてくるのではないかと思ったのだ」
「ふーむ、納得したような、できないような……。でも確かに話し合いは必要かもしれやせんね。それに何度も何度もドラゴンさんに迷惑かけるわけにもいきやせん。ちょっくらゾンビ族の村長と話し合いをしてみます」
「そうか、そういうと思って裏にゾンビ族の村長を待たせている。ゆっくり話し合いなさい」
「あ、ありがとうございやす!」
そう言ってスケルトン族の村長は洞窟の奥の小部屋でゾンビ族の村長と話し合いをしました。
お互いの問題点をきちんと聞き出し、お互いにどうするべきか話し合い、ちょうど良い妥協点を見出し、お互い義兄弟の契りを交わして円満に解決した。
「いやー、ドラゴンさん! おかげで助かりました! これからは仲良くできそうです!」
「何度もご迷惑かけて申し訳ありませんでしたなぁ。もう問題ありませんぞ! これも一重に、ドラゴンさんのおかげです!」
仲良くなったスケルトン族の村長とゾンビ族の村長は肩を組んでドラゴンさんにお礼を言います。
ドラゴンさんもなんだかんだありましたが、まあ大絶賛のお礼を言われたら悪い気もせず、二人に対してこう言いました。
「まあ、これからは仲良く穏やかに過ごしなさい。また困ったことがあったら来ても構わんよ」
さてさて、お互いの住処へと帰って行ったスケルトン族の村長とゾンビ族の村長さんでしたが、お互い話し合った結果思いついたことを同じ種族の仲間に聞かせました。
「あっしらの文化も、あっち側の文化も、元はといえば生活の知恵で得たモノだったわけだ。だから、お互いの文化で良いところだけを活用し、それでよりよい生活を送れるようにしよう。そうすれば、相手の文化の理解にもつながるはずだ」
お互いがお互いに対して不満に思っているのは、相互理解が足りないせいだと考えた村長たちは、そう村人たちに説得していきました。そしてその考えは、最初は拒否されつつも意外と受け入れられていきました。
体の要所要所を人間の肉で覆ってモノにぶつからないようにするスケルトン族、そして肉体の不要な部分を削ぎ落して軽くなったゾンビ族。お互いの良いところを一つ一つ確かめていくたびに、相手への理解が深まっていきました。
そしてうまい具合に、相手への不満も減っていきました。肉を帯びたスケルトン族はうるさくなくなりました。体にまとった肉が少なくなったゾンビ族は臭くなくなりました。こうして、スケルトン族とゾンビ族は時間をかけて徐々に和解していき、村の境界がどんどん曖昧になって、最終的に一つの大きな村になったのでした。
しかし、問題はまだなくなりませんでした。スケルトン族の村長とゾンビ族の村長が再びドラゴンさんの住処へ相談しにまいりました。
「ドラゴンさん! ドラゴンさん!! また問題が起きました!! 助けてくだせぇ!!」
「んあ? リッチ族とはまた珍しいお客さんだ。何か御用ですかな?」
「いえ、違いやす。あっしらはスケルトン族とゾンビ族ですぞ? リッチなんてすごい種族とは違いますわ」
「……ああ、なるほど。見た目がリッチみたいだったから勘違いした。そういえばそんな季節か、一年は早いもんだ……」
「ドラゴンさん! 冬眠からたたき起こしてしまって本当に申し訳ないのですが、助けてほしいんでさぁ! 種族滅亡の一大事なんでさぁ!!」
「種族滅亡とは穏やかではないな。何が起きたのか言いなさい」
「へい、いやドラゴンさんに相談を聞いてもらってあっしらも相手のことを理解するよう努力しました。そのおかげで、いろいろ賢くもなりました。肉が少なくて風邪ひいちまいそうだって奴が多くなったのでボロ服を着るようになりやしたし、逆に体が重くて動きづらいって奴は杖を使って歩くようになりましたわ。そうやって道具を一つずつ生み出すたびに、脳みそのない頭が良くなった気もするんでさぁ」
「まあそうだろうな。魔法も使えるようになったんじゃないか?」
「へい! その通りでさぁ。背筋がピンとしたからですからかねぇ、魔法が使えるようになって簡単には冒険者にやられなくなりました。村人全員が幸せに暮らせるようになったんでさぁ」
「なら良かったじゃないか」
「ですがその幸せな時間は長く続かなかったんですよ! うちらが強いことが噂になったせいか、今まで以上に強い冒険者が、今まで以上にたくさん墓場にやってくるようになったんでさぁ!! おかげで村は被害甚大、毎日毎日あっしら日陰で怯えて暮らしてる次第なんでさぁ!」
「元から日陰者だけどな」
「そうですが、だからって命を狙われるのは勘弁でさぁ。あいつらアイテムがどうとか経験値がどうとか言ってあっしらの仲間をどんどんその手に……ドラゴンさん、お願いしやす。あいつらを倒してくだせぇ! お願いしやす!!」
必死の2人の村長は、全く同じ見た目で全く同じ姿勢で頭を深々と下げましたが、ドラゴンさんは静かに首を振りました。
「もちろん人間の暴挙は許せないが、冬の間は私が巣穴から出られないのだ。手を下すことはできん。すまないがお前たちだけでなんとかしてくれ」
「そ、そんなぁ。あっしらはこのままじゃ全員殺されちまいます。どうしたら……」
「辛いかもしれないが、また隠れて過ごすしかあるまい。手を貸せなくてすまぬ。なんとか耐えてくれ。春になったら私がなんとかしてあげよう」
「は、春まで耐えるんですか……わかりました。なんとか頑張ってみます」
そういうと2人の村長は肩を落として帰っていきました。
そうして、スケルトン族とゾンビ族にとって辛い冬がやってきました。
彼らのうち半分は、暗闇の陰に潜むようになりました。もともと死体の彼らにとって動かないことなど難しいことではありませんでした。服を捨て、肉を捨て、骨だけになって洞窟の隅っこに転がって冒険者をやり過ごしていました。
残りの半分は、動物の死骸に紛れるようになりました。もともと死体の彼らにとって動かないことなど難しいことではありませんでした。杖を捨て、誇りを捨て、肉の中に埋没して死体のフリをしながら冒険者をやり過ごしていました。
そうして春になりました。ドラゴンさんは宣言通り、スケルトン族とゾンビ族の暮らす墓場までやってきました。
墓場は平和そのものでした。
「……やっぱりこうなったか」
「あ、ドラゴンさん! 本当に来てくれたんですね! ありがとうございやす!!」
今度こそちゃんと骨だけになったスケルトン族の村長が、ドラゴンさんの姿を見つけて走り寄ってきました。深々と頭を下げ、お礼を言いました。
「ドラゴンさんの忠告通りに、あっしらずっと隠れて過ごしてました。そうしたらすぐに冒険者が来なくなったので、あっしら村を再建することができたんです!」
「……そうか、よかったな」
「はい! 肉や服を纏っていた自分が今となっては恥ずかしいですね。この姿の方が何倍も楽でさぁ。これから慎ましやかに暮らしていこうと思いやす」
「……元の鞘に戻っただけにも思うが、まあ良い」
「なんのことですかい?」
「いや、何でもない。がんばれよ」
ドラゴンさんはため息をつきながらその場を去ろうとしました。
すると突然、スケルトン族の村長が「あっ、そういえば……」と話を切り出してきました。ドラゴンさん、ものすごく嫌な予感がしたのは言うまでもありません。
「……なんだ?」
「いや、すみません。実は相談事がありまして……隣のゾンビ族のことなんですけど」