2話 「もう女に優しくするのやめよう」
「それで。俺の席はどこですか?」
俺は担任に訊いたが、そいつは間抜けそうな表情で口をパクパクさせるだけだった。
はあ、使えないな……まあいい。俺は教室を見渡し、教室の奥の窓際に空いている席を見つけたのでそこへ向かう。
席に向かう間、なにやら俺に言いたそうにする生徒たちの小声が聞こえたがそんなものは気にしない。言いたいことがあるのならハッキリと言って来い。さっきまでは威勢は相手からの反撃がないと思い込んでいたから出せてただけだろ。ちょっと反撃されただけでこれだ。愚かな奴らだな。
俺が席に着くと担任は咳払いをひとつしホームルームを始めたが、いまだ数人の女子が俺の方を睨んでいる。
それにしても何なんだこの高校は。男女の比率が明らかにおかしいじゃないか。ぱっとみただけだが教室の八割以上が女子とはどういうことだ。転校先は母が決めたので俺は一切関知していない。学校の名前は桜神高校。聞いたこともないが、なんでよりにもよってこんな高校なんだ……。
俺が転校することになった理由は三か月前のある出来事がきっかっけ。
そう、あれは――。
今になって考えてみればあの時の俺は焦っていたのかもしれない。いや、焦っていた。
高校生になって二か月。俺はなかなか学校に馴染めずにいた。更に別の高校に進学した中学の友達たちが相次いで彼女が出来たと、付き合いが悪くなっていたのも原因だ。
帰りのホームルームが終わった直後、俺は隣の席に座る女生徒へ向かい。
「よかったら俺とデートしてください」
俺の突然の行動に教室にいた誰もが驚いたに違いない。
とんでもない場所と状況で言ってしまった自分も悪いのだが、焦っていた俺には、もうこのタイミングしかないと思った。
相手は入学してすぐの席替えで隣同士になり何度も話した事があったし、なんとなくうまくいくという漠然とした自信があった。
俺は小さい頃からどんな時でも女子には優しく接していた。そしてその都度「日下部っていい人だよね」と言われていた。それは高校に入ってからもそうだった。
女に理想の彼氏を尋ねれば必ずと言って良いほど上位にくる回答だ。そんなの俺のことじゃん、とね。
更に俺を後押ししてくれたのは『高校生になれば彼女が出来る』という、誰が言い出したかは知らないが誰もが知っている有名な格言。
現に中学の頃の友達はみんな彼女が出来ていたから、俺にも出来るんだろうと思い込んでいた。
まあダラダラとした前置きはこのくらいにして結果を言おう。
結果は失敗。いや大失敗だった。
単純に『ごめんなさい』と断られただけならまだよかったのだが、俺がデートに誘った相手は皆の前で恥ずかしかったのか嫌だったのかわからないが泣き出してしまい、そこからは男女入り混じって俺への罵詈雑言が飛び交った。
「なに考えてんの」「それはないわ」「デブきもっ」「鏡見たことないの?」という言葉の数々。
辛いが仕方ない。迷信みたいなものを鵜呑みにして勘違いした自分が悪いのだ。その非は認める。
しかし、ある女が放った言葉が俺の心を治療不可能と言えるほど強烈にえぐった。
「なんか勘違いしてない? あんたのいい人って、どうでもいい人って意味だよ」
それまで動画として見えていた世界が突然、静止画になり音も消えた感覚がした。
頭が真っ白になるとはこのことなんだろうな。
それから俺はその場から逃げ出し、どうやって自宅まで帰ったのかも覚えていない。気づけば自室で布団を被って丸まっていた。
窓に張り付き必死に鳴く蝉の声もどこか遠く聞こえ現実味がなかった。
高校生としての華やかな夏休みが始まるはずだった。彼女とデートしたり、親友たちと彼女を交えて海へ旅行、なんてのも夢見た。でもそんな俺に現実は優しくなく、それどころかあまりにも厳しいものだった。
なにがいけなかったんだろう。
タイミング? 場所? 状況? 俺の容姿?
冷静に考えてみれば全部だ。俺はアホだったんだ。
わかったよ。わかったからもうやめてくれ。
――なんか勘違いしてない? あんたのいい人って、どうでもいい人って意味だよ。
俺は今までずっと間違い続けた人生を歩んでいたんだ……。
いい人であろうと努めてきた。それは幼い頃に言われた祖父の言葉がきっかけ。
「元日、どんな時でも女の子には優しくせんとなぁ」
俺はこの言葉を心に刻み大切にしてきた、それなのに今はこの言葉が俺を傷付けている。大事に温めていた卵の中身が空っぽや無精卵だったのならまだよかったのに。卵の中身は爆弾だった。俺はその爆弾と一緒に粉々になってしまったのだ。
爺ちゃん、女に優しくしていた結果がこれだよ。俺を騙したの?
何時間経ったのかわからない。現実味のない蝉の声もいつの間にか止んで、気付けば外は真っ暗。いつもなら腹も減っている頃だというのに食欲が一切湧いてこない。
俺に湧いてきたのは食欲ではなくこんな思いだった。
もう女に優しくするのやめよう――と。




