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甲子園球場を出たところに、バスを待つ広いスペースがある。多くの高校野球ファンとユニフォーム姿の球児たちがごった返している。
甲賀ナインは一つの試合を観終え、この群衆をかき分けてバスに乗ろうとしていた。
甲賀ナインは口数が少なかった。圧倒的な打力を見て、さすがに口が開かなかったのだ。
帝東(東東京)19-6新発田工(新潟)
甲賀ナインの列から1人が離れた。すっと、違う方向へ歩みを進め、立ち止まった。
道河原は群衆を仰いでいた。群衆の真ん中に頭ひとつ抜けた男がいる。男は次々と向けられるマイクに対し、大きな図体を屈めて応対していた。
「やっと……やっとや。捕らえたで、龍造寺」
取材陣に囲まれる一際大きな体躯の男。今大会ナンバーワンのスラッガー龍造寺謙信である。ここまで高校通算109本塁打を放ち、既に歴代単独二位に位置している。
この龍造寺との対戦を道河原は待ちわびていた。
道河原は小学生の頃、力自慢でならしていた龍造寺を倒すため、わんぱく相撲に励んだ。恥ずかしくて堪らないまわしを締め、やっと龍造寺への挑戦権を得たが、惜しくも道河原は敗れ去った。それでも、リベンジを果たすため、道河原は高校生までずっとまわしを締め、稽古に明け暮れていた。
が、目下のライバル龍造寺はいつの間にか野球界へ転身していたことを知る。道河原が野球部に入部したのは、ひとえにこの龍造寺謙信を倒すためなのだ。
「……おのれ、龍造寺……」
取材陣に囲まれる龍造寺へ鬼の形相を向け、歯軋りしていた。
「おいっ、道河原ぁ! バス乗るぞ、こら!」
副島の声が響くが、道河原は動かない。こういうとき、道河原はテコでも動かないのだ。
「ちっ、おい、東雲。あいつ色気でもなんでも良いから引っ張ってこい」
「あーーーっ! 何それぇ! セクハラやわ! 週刊文秋に売ろう、今の一言。甲子園出場校まさかの部内セクハラ発覚! って!」
桔梗がわあわあと騒ぎたてる。
「わーかった、分かった。すまんすまん。東雲頼む」
「頼む? なに、その上からな感じ」
「……すまん、あのどでかい図体を連れてきてくれ」
「違う違う。美しい東雲桔梗さま、どうか道河原様をここに連れてきてもらえないでしょうか。はいっ、言ってみて」
「……くっ。しかも何で道河原まで様つけんだ、こら」
「いやいや、くっ、とか要らんし。はい、どうぞー」
「……う、美しい、東雲桔梗……さ……ま。どうか……道河原……さ、ま、をここに連れてきてもらえないでしょうか」
「はぁい、よくできまちたねー」
桔梗が副島の頭を撫でる。副島はプルプルとただ堪えていた。




