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福岡高校ベンチは静まりかえっていた。完璧な準備をし、6回裏の攻撃を捨ててまで臨んだ7回の攻撃。ノーアウト満塁までいって無得点という結果は、さすがにベンチの雰囲気を重くした。
「……しょうがなか。切り替えるぞ。鉢谷、あと2イニング頼む。俺らはあと2回、必ず追いつく。さっきのは忘れろ」
山﨑がベンチ前でそう檄を飛ばした。円陣を組むナインも静かに頷いた。
「いや、それはダメなんじゃないか」
肩を慣らしていた鉢谷がぽつりと円陣に呟いた。皆が鉢谷の方を向く。
「忘れちゃ駄目だ。しっかりと認識しないといけない。おそらく、戦略を握っているのは相手のキャッチャーだ。僕たちより頭が切れる。それにまんまとやられた。僕があと2イニング抑える。僕らは相手の頭脳に敬意を払いつつ、それを越える頭脳を駆使してあと2イニングの攻撃に繋げる。それしかないと思う」
悔しいが、その通りだ。山﨑は思った。
「……確かに。よし、まずは守備たい。甲賀には鉢谷を打てる打者がおる。それを俺らは守備で支えるぞ。監督、マネージャー、ベンチのみんな、あの甲賀の二番手ピッチャーや俺ら自身の打撃データをもう一回見直してくれ。おそらく、あっちのキャッチャーには俺らのデータが頭に入っとる。残り2イニング、それの裏をかくぞ。大変やけど、そればやるしかなか!」
8回、福岡高校は打席にこの日いずれもヒットを放っている桐葉、東雲、蛇沼を迎えた。
驚異の集中力で今までより大きくボールを動かす鉢谷の幻蝶を、桐葉がまた弾き返す。
キイィィィン!
「抜かせるかっ」
三塁線を襲った打球に山﨑が飛びつく。グローブの先に打球を収め、そのままくるりと回転した。ボールは落としていない。
スタンドからこの試合一番の歓声が上がった。気持ちが入ったダイビングが観客に伝わったのだ。
それでも、甲賀もまた集中力を切らさない。続く三番の桔梗は意にも介さず、鉢谷の初球を叩いた。
「甘い球、ありがと!」
この日、完全に鉢谷の神経を乗っ取った桔梗がまたクリーンヒットを放つ。甲賀者と鉢谷にしか分からないが、桔梗には真ん中高めの甘い球しか投げられない。
「鉢谷、しっかりしろ!」
山﨑が唇を噛み締めるのを見て、鉢谷は珍しく怒りの表情を浮かべた。……あの三番打者に隙を見せた僕の責任だ。自分への怒りだった。




