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バントか、ヒッティングか。福岡高校の四番打者、古賀はバットを長くもなく短くもない位置で握り、甲賀バッテリーを混乱させた。
どちらとも感じ取らせない構えに、滝音は慎重になった。
様子を見るようにボールから入り、白烏へ細かなコントロールを要求した。だが、敢えて高め、低めと要求することにより、白烏のコントロールが歪んでいく。まだ、白烏にはそこまでの制球力がない。結果……。
ボーーール! ボールフォア!
古賀がしてやったりの顔で一塁へ歩くのを見て、滝音は唇を噛んだ。
ノーアウト一、二塁。
4回表に甲賀が2点を先制した場面と同じ状況を福岡高校が作ってきた。序盤には多くこの状況があった。だが、白烏のコントロールが定まらなかった序盤と、この七回裏とでは明らかに違う。福岡高校は狙ってこの形を作ってきたのだ。
実は、福岡高校は五回裏を終えた時点で、三つの検証を挙げていた。
白烏のストレートが決まり始めた。だが、同時にそれは踏み出す足の位置を全く同じに統一したからできることだ。よって、全てストレートは真ん中低めにいく。しかも球速はほぼ一定。バットをちゃんと計算して出せば、必ず当たる。角度を間違えなければ、反発で内野を越える。そのリズムを身体に覚えさせながら打席に立つ。
これは山﨑の打ったヒットそのものだ。
二つ目は、内角へ投じるスライダーで2つデッドボールを出していること。スライダーはほぼ外角一辺倒となると睨んだ。これも、滝音の気にしていた通りだ。
三つ目は、滝音の警戒心。今までの滝音のリードから、福岡高校は滝音というキャッチャーを典型的な理系の人間だと判断した。
理詰めでのリードでは打たれる確率の最も低いリードをしてくる。判断が難しい場合はセーフティを選択する。
福岡高校四番の古賀が選んだフォアボールはこの二つ目と三つ目に起因した。
「……なるほど。なるほどな。面白い」
滝音は不敵に笑った。
知力の勝負で負けるわけにはいかない。が、確かに今日の結人ではコースをつく制球は難しい。故に、今、目の前に張られた福岡高校の知の罠から抜け出す術は見当たらない。
滝音はグラウンドを見渡した。ベンチから藤田と伊香保が声をあげ、懸命に手を叩いている。
滝音は目を瞑った。
すうっと力を抜く。
ただ、立つだけ。それにより脳に酸素を送る。滝音の脳が心臓のように鼓動する。
滝音の周りの空気がすうっと滝音に引き寄せられていく。
『甲賀流滝音家 戦盤之儀楽』
滝音は本塁上で立ったまま。皆が何事かとざわつき始める。
「……君、大丈夫か?」
球審が声をかけるも、返事はない。
滝音の脳は今、高速で時を駆け巡っている。
今までに目にしたもの、耳にしたもの、全てを盤に乗せ、幾多の模擬戦を行っていく。将棋やチェスの比ではない。滝音の脳は、その競技とおよそかけ離れたピースも組み合わせて盤面を作るのだ。
「……鏡水のやつ。最初に会った時みてえだ」
白烏がじっと立ち尽くす滝音へ苦笑いを浮かべていた。




