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桐葉へ白球が届く。まだ、揺れている。落ちながら揺れている。
少しだけ桐葉のバットがボールを追いかけた。獲物の背後を静かに狙う肉食獣のように。
ボールとバットが出会う。これでは当たっても、ただキャッチャー前に落ちるだけだ。そう誰もが思った瞬間にエンジンを噴かせたような音が一瞬響いた。
ボールに当たると同時に、桐葉は一気に肘をたたみ、グリップを強く握った。バットが瞬時に加えられた回転力で揺れる。目に見えないほどの回転に加え、桐葉は同時にバットを前へ押し出した。
『甲賀流桐葉家 旋始』
剣道の試合を見たことがあれば、試合開始後に間合いの詰め合いを目にしたことがあるだろう。竹刀の剣先を激しくぶつけ合ったり払いあったりするあの場面だ。
桐葉の旋始はその場面で使う技である。刀と刀を合わせた瞬間に、刀を回転させて相手の刀を払う。強い回転であれば、刀を落とすこともでき、相手を難なく斬れる。
ほとんど振ることすらしないこの打球がピッチャー鉢谷の足元を襲った。守備に不慣れな鉢谷の反応が遅れる。
鉢谷のグローブが足元をカバーしたが、それよりも僅かに桐葉の打球が速い。打球は鉢谷のすねに当たり、正面に跳ねた。キャッチャーと鉢谷が捕りに行くも間に合わずに内野安打となる。
一塁を駆け抜けた桐葉が腰に手を当てて無念そうな表情をしている。理想はもっと鋭い打球で内野の頭の上を越える予定だったのだろうか。それでも、先頭打者を出せたのは大きい。甲賀ベンチもアルプスの応援団も、この先頭打者出塁にボルテージを上げていた。
一方の福岡高校ベンチと応援団はざわざわと対称的な声を上げていた。ピッチャーの鉢谷がマウンド前で蹲っているからだ。すねを痛そうに押さえている。
その様子を見て、次打者の桔梗はピンと耳を立て、ベンチ前へ走った。
「コールドスプレーちょうだい! 早く!」




