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甲子園球場は徐々に一般客が埋まり始め、内野席に空席を見つけるのが難しいくらいまでになっていた。
バックスクリーン上のフラッグはいまだ左右どちらかに傾き揺れ、定まらない動きをしている。
白烏は集中力を切らすと四死球を与えるものの、何とか凌ぐ。特に決まった時のストレートは絶品で、スカウトたちも各々メモを走らせている。
対して、鉢谷は揺れるナックルで甲賀打線を手玉に取る。他に球種がないものの、一球一球が違う軌道であるこのボールは確かに防御率0.00を誰もが認めるものであった。
両軍ともに決め手を欠いたまま、回は四回表を迎えていた。
甲賀は二番の桐葉から。この試合で唯一ヒットを打っている蛇沼へ回る。
左打席に静寂が立つ。
甲賀打線のキーマン桐葉刀貴は初物に弱いが、桐葉独特の間を会得すれば度々長打を放ちチームを救ってきた。
但し、今回の鉢谷は今まで対戦した投手とは違う。一球ごとに空気の流れで軌道が違うナックル、幻蝶。
突破口を開き蛇沼へ繋ぐか、桐葉。
野球の常識を覆し邁進するか、鉢谷。
太陽が上がり甲子園が熱せられる。鉢谷は額から落ちる三滴の汗が黒土に染み込むさまを不思議に眺めていた。
サードから山﨑が寄ってきて声をかける。
「鉢谷、この回は注意せんと」
「うん、分かってる。こんなに僕が汗を掻く世界にいるなんて……分からないものだ。たった数ヶ月前まで本を読みながら過ごしてた僕が。でも、あの目と佇まいを見せられると血が騒ぐね」
18.44m先に剣士がいる。その向こうにくノ一の風情ある怪しき者、ベンチ最前列に先ほど蛇のように変化した怪しき者がこちらを見ている。
山﨑もその鋭い視線を鉢谷とともに受けとめた。
「ああ。お前の言ってることはいつも分からんけど、まぁ、こんな熱いのも良いもんばい」
「ふふ、そうだね。たぶんこの回で流れが決まる。風がこちらに吹くように頑張るよ」
山﨑はぽーんと鉢谷の腰を叩き、守備位置へと戻った。




