25
確かにふらりとひらりとボールが舞っている。副島は両目を見開き、ギリギリまでボールを見極めた。
っし、当たる。あとは一塁手、三塁手に捕られないように、投手前にしっかり転がす。
と、確実にとらえたはずのボールが最後に回転するようにストンと落ちた。
ストライィィク。
何だ、今のは。
副島はホームベース上を見つめた。甲子園の黒土が細かく円を描いている。その後ろでキャッチャーが、しっかりとバウンドしたボールを腹にあてて前にこぼしていた。
「卍巴飛翔という蝶の舞の一種だそうだ。俺も知らんが、鉢谷は操れる。あいつの球は簡単にバントなんてできんばい」
キャッチャーは副島に落ち着いた様子で言った。
これは伊香保のデータにもなかった。……どういうことだ? 副島は予期しなかったボールに戸惑い、ベンチを見た。
ベンチの伊香保も戸惑っていたが、バックスクリーンに目を向けて、ひとつの仮説を瞬時に立てていた。
この甲子園球場は、俗に言う浜風という海からの風と、六甲山から降りてくる山風という二方向からの風の影響を受ける。千葉のZOZOマリンスタジアムほどではないが、風向きがころころ変わるのが特徴だ。
風向きが変わると、球場の中では海からの風と六甲山からの風が交じり合う。その対峙する風の衝突は小さなつむじ風を巻き起こす。
この鉢谷はそれを感じとり、風向きが変わるのを待って投げたのではないか? その瞬時の対応力に舌を巻く。相手は頭がかなりキレる。相手は風の原理を知り、こちらは迎え撃つしかなければ、やはり不利だ。
「副島くんっ!」
伊香保が臨時で副島にサインを送った。追い込まれるまでバント、追い込まれたらヒッティング。常套手段の策を確認し、副島は頷いた。
だが……やはり迷いが生じると勝負事は難しい。
落ちるのか、ただ揺れるのか……。それを迷いながら迎えた二球目。
見極めた上に手を出した副島のバントは、結局落ちなかったボールの下を叩いてしまい、キャッチャーへの小フライとなった。
悔しがりながらベンチへ戻って給水した副島の背後で、道河原のスイングが空しく3回響き渡った。
蛇沼のツーベースから迎えた二回表のチャンス。結局、甲賀は活かせずにイニングを終えた。
なかなかどうして。球速表示すら出ないボールではあるが、あまりにも変幻自在。そんな鉢谷の投球を前に、甲賀は沈んだ。甲賀にとっては、蛇沼という光明だけを覗かせた序盤となった。




