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鉢谷は首を捻った。
男……?
妙な色気と、空気の狭間を抜けて届く椿の香が鉢谷の鼻をくすぐる。
桔梗は特に何も考えていなかった。ただただ大観衆に見つめられる視線に身体が疼く。その間に、カウントは3ボール1ストライクとなっている。
「……際どいボールをきっちりと見極められてる。何故だか集中力を削がれる。身体は華奢に見えるが、この三番、要注意だ」
鉢谷は初めて唇をきつく結び、キャッチャーミットを睨んだ。
対して桔梗は、音と戦っていた。ボールとカウントされる度に、スタンドからメガホンを叩く大きな音が響く。初めて体感する音の渦に、身体が反応する。全身を産毛ギリギリで撫でられているような感覚。力は一気に抜けていた。
3ボールでありながら、鉢谷はこの不気味でかつ力の抜けた三番打者に嫌な感覚を感じ、フォアボール覚悟で外へと外れるナックルを投じた。
ゆらりゆらりと揺れるボールに、桔梗のバットが反応する。
なにっ! 何故ついていける!
鉢谷は桔梗の身体能力に驚きを隠せない。桔梗は大観衆の快感に酔いしれ、ただ来たボールをおよよと追いかけているだけだ。
キィン!
自分の頭を越える打球に驚いて、鉢谷が後ろを振り返る。
ボールはふらふらと上がっただけで、ショートが難なく抑えた。ただ、鉢谷が自分より後ろにボールを運ばれたのは、これがたったの五回目のこと。ゆっくりとベンチへ戻る桔梗に鉢谷はただならぬ警戒心を抱いた。
「桔梗、当てたな。どうやって捉えられたんだ?」
レガースをつけながら、滝音が訊ねる。
「んー、分かんない。なんかさ、あたし、アイドルになってライブやってる感じになってさ、テンション上がっちゃって。いつの間にかふらふらバットが出て……なんていうか、そんでね、当たった感じぃ」
1ミリもヒントにならないアドバイスを残して桔梗はライトの守備位置へと駆けていった。
「…………。まぁ、切り替えよう。あとは結人のピッチングだ。この試合、ロースコアになる」
マウンドに白烏が登っている。ボールを宙へと二回放り、滝音が座るのを待ちくたびれているようだ。
「結人、調子良さげだな」
マスクをはめた滝音が嬉しそうに、ホームベースへ急ぐ。洞察力に優れる滝音は、この時、白烏の表情をよく見ていなかった。




