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「鉢谷……やっけ?」
山﨑は図書室の奥まで行き、鉢谷に声をかけた。鉢谷は返事をせずに、ゆっくり顔を上げた。
「さっき、お前、笑った?」
鉢谷は何も答えない。ただ、静かに山﨑を見ている。何の攻撃性もない静かで植物のような目が、垂れた前髪から覗いている。
「鉢谷、口、無いとや?」
指先にとまっていた蝶が2匹、鉢谷から離れた。ひら、ひらり。図書室を舞い、どうやって分かったのか、開いた窓から外へと逃げていった。
「……空気の、流れが起きてしまったね」
ぽつりと鉢谷が言う。
「……は?」
「君の苛立ちでこの辺りの空気がうねった。それだけだよ」
それだけ言って、また鉢谷は本に向かった。
「……」
だいぶ変わったやつだな。山﨑は、まあいいや、と踵を返す。
「……笑ってすまなかったね」
背中に小さな声が届いた。マイペースなやつだ。山﨑は振り向き、再び鉢谷を見た。
「別に良いけど、何で笑ったとや?」
鉢谷はまた、くすり、とだけ笑った。
「野球、ここから見えてるよ。野球を知らない僕の方が野球をやっている君より、野球をできるかもしれない。そう思うと、笑えたんだ」
悪気はないのだろうが、山﨑は奥歯を噛んだ。嫌な言い草だ。山﨑は少し語気を強めた。
「何を言いたいとや、お前。さっきから」




