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 ──兵庫県西宮市 阪神甲子園球場

 空は高く、白い雲が元気に水色をしたキャンバスに浮かんでいた。


『さあ、まもなく全国高等学校野球選手権大会、開会式が始まろうとしています。ご覧の通り、甲子園の空は雲ひとつない快晴となりました。今年はどんなドラマが生まれるのでしょうか。いよいよ選手入場です』


 黒く顔を焦がした十人が漆黒のユニフォームを身に纏い、静かに門が開くのを待っていた。そこに、甲子園出場を決めて浮かれていた姿は、もうない。

 鋭い眼光、血管の浮き出る腕、立ち上る闘気。甲賀ナインはこの間、死に物狂いの練習を積み重ねてきた。

 この開会式さえも時間が惜しい。俺らはまだまだ足りない。Cランクを覆すには練習しかない。それが充分に染み渡っていた。


「ふっ、どうやらかなり鍛えてきたようだな」


 甲賀の列の2列後ろ、理弁和歌山高校の列からそんな声が聞こえた。


「へっ、まだまだすよ、あいつらなんか。相手も初出場とはいえ、福岡県の代表すよね? 福岡県はどこが出ても強え。あいつら初戦で負けんじゃねえすか?」


 伊賀崎が資定に言うと、資定は小さく頷き、伊賀崎の肩に手をかけた。


「ここからは積み重ねた努力がものを言う。あとは神のみぞ知る世界だ。我々は3日後の初戦に全力を尽くす。伊賀崎、お前の力が必要だ」


「っす」


 滝音は目を瞑り、耳を研ぎ澄ませていた。人並み外れた視覚、聴覚を有する滝音は離れた大伴資定と伊賀崎道永の会話を拾っていた。

 彼らがうちの高校に来てくれていなかったら、本当に初戦で負けていただろう。俺らは甲賀者の覚悟が足りていなかった。まだ、足りない。

 初戦まであと6日。そして、君たち理弁和歌山とあたるまで、俺らは必死に追い込み続けるよ。



『選手、入場!』


 副島がくるりと後ろを向いた。皆、引き締まった顔だ。ふてぶてしいほどのその表情はキャプテンには心強いものだった。この開会式にも一縷も浮かれた様子はない。


「行くぞ、お前ら」


 おぅ!


 観客の声援や拍手がスタンドから届く。甲賀ナインは手をしっかりと振り、足を大きく上げて黒土を踏み締めた。

 全国から集まった手練れたちの気迫が甲子園球場に渦巻く。甲賀ナインもそのひとつだ。毎年、初々しくも見えるこの入場行進が、今年はピアノ線を張ったような緊張感に覆われている。


「こらぁ、どえらい大会になりよんど」


 朝からビール片手に行進を見下ろす高校野球ファンが呟いた。


「ほんまやな。なんや今までにない緊張感や。こらぁ、今年は大甲子園やで」


 隣に座る高校野球ファンも三本目のビールを飲みながら言った。


「あ、あれ、黒いユニフォームてかっこええな」


 三本空けた方が震える指で甲賀高校を指差す。


「ありゃ、滋賀の甲賀や。おもろい野球しよんで。……って、あっ。あんさん、わしに、ビールおごらなあかんど。甲賀が甲子園行ったらわしにビールおごる約束や」


「はて、そうやったかいの? ほな、これ飲んどけ」


 三本空けた方が飲みかけのビールを渡した。それに文句を言いつつもどちらの酔っぱらいも楽しそうだ。

 この高校野球ファンはここから20日間、ビールを飲む暇すらない熱闘を目にすることになる。



♪雲は湧き 光あふれて

天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ

若人よ いざ

まなじりは 歓呼に答え

いさぎよし 微笑む希望

ああ 栄冠は 君に輝く♪


 49代表が颯爽と大会歌に乗せて行進し、ズラリと横一列に揃った。

 伯山高校の主将が高らかに右手を挙げる。


「宣誓っ! 我々選手一同は、今、日本中、世界中が暗く落ち込むこの世の中で、人間の持つ勇ましさや逞しさ、明るさを取り戻すべく、この甲子園球場にて全身全霊でプレーし、日本中、世界中に勇気を届けることを誓います!」


 初出場校のキャプテンとは思えない素晴らしい選手宣誓とともに、大会が始まりを迎える。


 夏の全国高等学校野球選手権大会、いざ開幕。

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