15
残された甲賀ナインは、自然と腰を低くした。何も言わずに副島の号令を待った。
副島が右手で拳を作り、左手の平に思いきりぶつける。
「おいっ、お前ら。胸に刻め。Cランクだってよ。悔しくねえか? 俺は悔しい。再開だっ。こっから死に物狂いでいく! いいな!」
おおおおぉ!
パァン! パァン!
グローブを拳で殴る音がグラウンドに響く。
白烏の速球が滝音のミットを高らかに弾く。藤田の変化球が冴える。
桐葉の打球が鋭いライナーで外野を襲う。それを犬走が追う。桔梗がカバーする。
蛇沼のバントを道河原が身を屈めて処理する。素早く一塁へ、基本に徹して月掛が捕球する。
この日、陽が暮れても野球部の掛け声が止むことはなかった。
校舎の屋上に、サッカー部やラグビー部などのキャプテンたちが集っていた。フェンスに手をかけ、すっかり暗くなったグラウンドを見下ろしている。
「やっと副島らしくなってきたな」
「ああ、あいつらがTV出てヒーローになるなんて似合わねえわ」
「こうじゃねえと、応援しがいがねえよな」
「明日の朝、副島が俺らに言うこと、予想しよか?」
各運動部のキャプテンが互いに目を合わせて笑う。
せーの!
「すまねえ、明日からグラウンドずっと使わせてくんねえか」
各運動部のキャプテンは一斉に声を揃えた。声を出して笑った。
「あいつ、ずっと1人でやってきたんだ。やっとがむしゃらが戻ってきたなら、俺らも応援してやろうぜ」
「せやな。俺らは河川敷でやる。使わせてやろう」
「俺らも、ボールなんてどこでも蹴れるしな」
翌日、各運動部キャプテンたちの予想通り、副島が両手を合わせて頭を下げに来た。
「すまねえ、明日からグラウンドずっと使わせてくんねえか」
各運動部のキャプテンたちは、くすりと笑い、同じ返答をした。
「当たり前だ。存分にやれよ。ただ……ひとつ約束だ。甲子園で暴れてこい」
「ああ、合点承知だぜ!」
グラウンドには既に素振りに励む甲賀ナインがいた。副島が姿を現しても気にもせず、黙々と汗を流している。副島は笑った。頼もしい奴らだ。まだ、俺らは間に合う。覆すぜ、前評判てやつを。なあ、みんな。
副島は外野で丁寧にストレッチに励む犬走の姿を目にした。そういえば、犬走は資定から最後に何かを囁かれていた。あれは、何だったのか。
「犬走」
あり得ないほどの開脚をして、地面にぺたりと上半身をくっつけている。
「何だ?」
「あの時、大伴になに言われてたんや?」
犬走は少し逡巡して、自分の足を見つめた。
このチームにとって欠かせない犬走の両足。滋賀県大会の時も、甲賀高校はこの両足に幾度となく助けられてきた。犬走は滋賀県大会の1回戦で無理をしてアキレス腱を断裂している。東雲による縫合手術で準決勝に間に合い、また犬走の足は甲賀を助けた。
「犬走、足、再発したんか?」
誰もそんなことは感じていなかったが、犬走は滋賀県大会で自分が抜けた分、皆に迷惑をかけたと感じていた。心優しい犬走だからこその感情であった。
犬走は唇の端を噛んだ。
「……副島……。副島にだけ話しておくことがある」




