王女の決意
「ふ~~ん、吸血鬼族の王女様がねぇ………………」
「そう、俺に助けを求めに来たんだけど状況が状況だからな」
吸血鬼族の王女、リスティア様を屋敷で匿うようになったその当日、王女様は倒れるように眠りについたらしい。それはそうだ。これまで王女として生活していた人が急に偽物扱いを受け、慣れない環境と生活でストレスが溜まり、憔悴しきっているはずだ。その上で自分を支えてくれる家臣達もいなくなってたった1人でここまで辿り着いたんだ。心身共に疲労が溜まっているに決まっている。
数日してから王女様の様子が気になって世話係に任命されているユミィさんに様子を尋ねてみたが、体調の方がよくなっているみたいだけど、あまり食欲がなく酷く落ち込んでいるようだ。
無理もない。やっと思いで聖人と言われている俺に会いに来たのにその結果がどうすることもできないともなれば落ち込むのも当然だ。
戦争が起きるかもしれない今の状況で他国を助ける余裕がない。王女様もアリアの言い分が正しいと分かっていたから何も言わなかったのだろう。
「それで? リブロ自身はどう思っているの?」
「助けてやりたいが本心だけどな」
これは正直な理由だ。けれどアリアの言う通り、今はそれが許されない現状だから何もすることができない。
今できることはいざという時に備えて身体を鍛えておくことぐらいだ。
「セイ!」
「と」
放たれる鋭い一突きを剣で辛うじて受け流して斬りかかるも、イサベルはそれを防ぐ。流石は槍術スキルが最大値なだけあってレベル差があっても魔法や精霊の力抜きの剣術だけでの勝負は分が悪い。
「まぁ、戦争が近いなら下手に国から出られないだろうし、しょうがないと思うよ?」
「…………………それはそうだろうけど、そういうイサベルは故郷が心配じゃないのか?」
「あーまぁ、大丈夫でしょ。むしろ戦争歓迎みたいな? うちは喜んで戦場に駆け出すと思う」
若干遠い眼差しをしながらそう答えるイサベルに俺は少し引いた。
さ、流石は戦闘種族なだけはあるな………………。
剣と槍を交え、話しながら訓練する俺達。その近くで順番待ちしているセシルは俺達の戦いを眺めている。
「それよりも問題は魔族の目的でしょ? どうしていきなり他国を侵略しようとしたのか」
「確かに……………」
これまでの歴史のなかでそんなことはなかった。
他種族同士でちょっとした小競り合い程度ならあったようだけど、こんな明らかな侵略行為はなかったはずだ。それなのに魔族はまるで戦争でもしたいのかと思えるほどの侵略を行っている。
いったい魔族で何があった……………?
「隙あり」
「と」
考えすぎて隙を衝かれて態勢を崩され、尻餅つく俺の槍の矛先を向けてどや顔する親友に俺は苦笑しながら両手を上げて降参する。
「訓練中とはいえ、考えすぎ。実戦なら死んでいるよ?」
「…………………悪い」
「まぁ、吸血鬼族の王女様のことも気にして訓練に身が入っていないようだけど」
「うっ」
ジト目で見てくる親友に俺は何も言い返せなかった。
流石は親友。俺の考えなど転生前からお見通しか……………………。
「そんなに気になるのなら様子でも見てきたら? セシルが私が面倒見ておくから」
「…………………ああ、悪いが頼む。セシルもごめんな、最近師匠らしいことができなくて」
「いえ、師匠が忙しいのはわかっていますし、イサベルさんとの訓練も楽しいですから。私の事は気にせず、行ってあげてください」
師匠らしく弟子を鍛えてあげることもできていないのにセシルは不満一つ言わずにそう言ってくれる。
本当にいい親友と弟子に恵まれたものだ。
イサベルにセシルを任せて俺は王女様がいる寝室に向かう。
「リスティア様。今よろしいでしょうか?」
『………………どうぞ』
「失礼します」
扉を開けて中に入ると王女様は痛々しい笑みを俺に向けてきた。目元には涙を流した後がはっきりと残っている。
「聖人様。どのようなご用件でしょうか?」
「特に用事はございません。ただ様子を窺いに参りました」
「そうですか…………………」
部屋に入ってソファに座る王女様の隣に腰を落ち着かせるも王女様はただ無言。何も言葉を発してくれない。それが数分続いて王女様は突然口を開いた。
「…………………私は、どうしたらいいのでしょうか? 聖人様に会えば全て解決してくださるとそう信じてここまで参りましたのに」
信じていても現実は王女様の気持ちを踏み滲むかのようにどうすることもできなかった。
「今の私にはもう聖人様に頼るしかないのに………………」
すると王女様は突然、俺の方を向いて両手を伸ばして俺を押し倒して俺に覆いかぶさる態勢になる。
そして王女様は身に纏う衣装に手をかけて肌を露出する。
「お願いします、聖人様……………………。身勝手な望みだということは重々承知しております。どうか、どうかこの国を捨て、我が国をお救いください。望まれるのであればこの身を貴方様に捧げます。ですから………………」
国の為に自分の持てるモノ全てを使ってでも俺を動かそうとする王女様。それこそ女という自分の長所を使ってでもなりふり構わずに俺にこの国を捨てさせようとする王女様は俺の返答を待たず、服を脱ごうとするも俺はそれを止める。
「リスティア様。それはできません。貴女が国を大切に想うように俺も自分の国が故郷が大切なんです。それを裏切る真似もましてや捨てる決断なんてできません」
だからこそ俺は正直に自分の気持ちを伝えると、王女様の瞳から涙が零れ落ちる。
「それでしたらもう、私にはなにもありません……………………。どうすることもできない無力な私はいったいどうすればよろしいのですか?」
涙ながら己の無力さを恥じる王女様の気持ちは俺もよくわかる。
俺も自分が無力だと思い知らされて強くなろうと努力した。今の王女様はかつて無力だったあの頃と俺と同じだ。
なら、俺にできることは一つだけだ。
「リスティア様。まだ諦める時ではありません」
「え?」
「アリアが申していたではありませんか。貴女様が生きている限りは希望は潰えないと。その希望である貴女様が諦めてどうするのですか?」
「………………ですが、私には何も」
「無ければ手に入れるのです。自分の力で、自分の手で、奪われたものを取り返す為の力を手に入れればいいのです。少なくとも元奴隷であった私はそうしてきました」
「………………元、奴隷? 聖人様が?」
「はい。私は元々孤児院で生活していた孤児で幼少の頃にその孤児院の院長に騙されて奴隷として売られました。数ヶ月前までは奴隷でしたよ」
「それでしたらどうして…………………どうしてそこまでお強くなられたのですか? 諦めようと思わなかったのですか?」
「助けたい家族がいる。護りたい人がいる。その一心で俺は強くなろうと努力した結果、今の強さを手に入れることができたんです。最初はゴブリン1体も倒せれなかったんですよ? それでも諦めずに頑張ったおかげで俺は力を手に入れることができました」
シャーレの為に俺は強くなった。大切な家族と約束を護る為に。
「ですからリスティア様もどうか諦めないでください。協力できることであれば喜んで協力します。私が言えるのはそれだけです。後はリスティア様がどうなされたいのかをご自身で考え、お決めになってください。私はリスティア様の意思を尊重します」
「………………………聖人様は、どうしてそこまで私のことを?」
その問いに俺は苦笑交じりで答える。
「深い理由はありません。ただの性分です」
その答えに王女様は可笑しそうに吹いた。
「ふふ、聖人様はやっぱり聖人様なのですね」
その言葉の意味がわからず、首を傾げていると王女様は深呼吸して赤い瞳を真っ直ぐ俺に向けて言う。
「聖人様。どうか私にそのお力をお貸しください。魔族の手によって奪われた我が国を取り戻すために、私は強くなります」
「はい。喜んで協力させて頂きます」
こうして王女様は決意を胸に強くなることを決断した。




