聖人様を求めて
エルフの街から戻ってきた俺は溜まっていた指名依頼をこなしつつ適度に休日を挟みながらイサベルと共にセシルを鍛えたり、失敗ばかりの駄龍メイドを説教し、時折アリアの仕事を手伝って貴族としての礼儀作法やダンスなどの勉強する日々を送っている。
「お、いたいた」
だけどたまには自由気ままに動いてもいいよな?
街の外にある森で俺はアルナラビットという耳が異様に長い兎を発見した。
この兎は非常に憶病でめったに人前には姿を現さないことで有名な兎だが、その肉は非常に美味で誰もが一度は食べてみたい幻の兎肉と言われている。
焼いてよし煮てもよし蒸してもいい。どう食べても絶品の兎を食べてみたくて俺は1人で森に入って索敵スキルを駆使して気配を絶ってその兎を捕獲しようと身を潜めている。
ふふふ、唐揚げにしようか。いや、シチューも捨てがたいな。それともここはシンプルに串焼きというのもいいな……………………。胸と腹が躍るぜ。
獲物を狩る獅子の気分を味わいながらゆっくりと距離を詰めてアルナラビットに近づいていく。
精霊の力を用いれば捕獲も容易だけどそれでは意味がない。狩る時は自分の力でなくてはならない。
獅子は兎を狩る時も全力。その言葉の意味がなんとなくではあるが理解できた気がした。
気配を絶ち、足音を立てないように細心の注意を払いながら焦る気持ちを押えながらじっくりと狙いを定める。
そして、捕獲しようとした瞬間、アルナラビットが何かに反応したかのように顔を上げた。
「!?」
もしかして気付かれた? そう思ったけどそういうわけでもなさそうだった。
逃げるわけでもない。ただ遠くから聞こえた音に思わず反応してしまったかのような素振りだった為に俺は近くに冒険者でもいるのかなと思って索敵スキルを使う。
すると誰かがこちらに近づいてきている。
アルナラビットもそれに気付いたのか、脱兎の如く反対方向に駆け出した。…………あ、しまった。
こちらに近づいてくる人達に気を取られて思わずアルナラビットを逃がしてしまった俺は慌てて追いかけようとするも……………………。
「きゃぁあああああああああ!!」
女性の悲鳴が聞こえてその足は止まった。
ああ、これは諦めるしかないか……………………。
流石に悲鳴が聞こえてそれを無視するほど落ちぶれてはいない。アルナラビットを諦めてその女性の救助に向かうべく悲鳴が聞こえた方に駆ける。
するとそこには数名の騎士と思われる甲冑姿の男性が3人と豪華なドレスを身に纏った金髪縦ロールのお姫様がいた。
「大人しくしろ! この偽物め!」
「いや! 離して! 離してください!!」
騎士の1人がお姫様の腕を乱暴に掴むもお姫様はそれから逃れようと必死に抵抗しているが、レベル差があり過ぎる。騎士達のレベルはだいたい30に対してお姫様の方はたったの2。どう足掻いても逃げられない。
それにしても偽物ってどういう意味だ…………………?
怪訝しながらその成り行きを見守っていると、騎士の1人が剣を抜剣した。
「姫殿下の姿を装い、国を陥れようとした偽物め。従ぬというのならこの場でその命を奪い、死体を公の場で辱めてくれる!」
「ひっ!」
おいおい、流石にそれはまずいでしょ?
「あ~ちょっといいですか?」
場を鎮めようと俺は茂みから姿を現す。すると突然姿を現した俺を訝しげな眼で見てくる。
「なんだ、貴様は………………? 恰好からして冒険者か?」
お、思っていたより冷静に声をかけてきたな。いきなり斬りかかってくると思っていたのに。
「はい。たまたまこの場に居合わせただけでそちらの事情はわかりませんが、流石に見て見ぬ振りはできない状況でしたので割り込ませていただきました」
取り敢えず騎士達を刺激しないように言葉を紡ぐと、お姫様が騎士の手を振り払って俺の後ろに隠れた。って、え………………?
「お願いします! 助けて下さい! 私はここで捕まるわけにはいかないんです!!」
俺に縋りつくように助けを求めるお姫様に騎士達が激昂した。
「貴様! さてはその女の仲間だな! 無関係の者なら巻き込むわけにはいかないが、その女の仲間であるのなら話は違う! この場で亡き者にしてくれる!!」
「ええっ!?」
なんでそうなるの!? 本当にたまたま近くにいただけなのに!?
俺はただ幻の兎肉と言われたアルナラビットを捕獲しようと来ただけなのにどうしてこうなった!?
あれか!? アリア達に内緒で俺1人だけでこっそりと美味しいものを食べようとした罰が当たったのか!?
だけど向かって来るのなら仕方がない!
「《ピット》」
「「「うおっ!?」」」
取り敢えず騎士達は落とし穴に落ちて貰うことにしよう。レベル30ならそうそう死ぬことはないだろうし、運が良ければ通りすがりの冒険者が助けてくれるだろう。
それよりも今は……………………。
「さて、それでは貴女の事情をお聞かせください」
このお姫様の対処が先だ。
アルナラビットの肉を諦めて俺はどこかの国のお姫様と思われる人を連れてひとまずあの場から離れた場所で事情を聞くことにした。すると。
「私はリスティア・クーファ・ヴァンピール。吸血鬼族が治めるヴァンピール王国第一王女です」
「吸血鬼族の王女様………………?」
とんでもないことを知ってしまった。
吸血鬼。それはファンタジー世界でも有名なあの吸血鬼。人の生き血を啜り、太陽を嫌う闇の住人。蝙蝠に化けたり、身体を霧に変えたり、人々から恐れられる存在だと俺は思っていたのだが、この世界の吸血鬼は少し違う。まず太陽の光を浴びても灰にはならないらしく、ただ少し苦手な程度。そして蝙蝠に変身することも身体を霧に変えることもできない。
吸血はするも別段血であるのならなんでもいい。人の生き血に拘ることはないらしい。
そしてヴァンピールはここから北にある地帯にある王国の名称で俺の目の前にいるお姫様と思っていたお方は紛れもない吸血鬼族の王女様であった。
しかし。
「そんな王女様がどうしてここに………………?」
ヴァンピール王国からここまでかなりの距離がある。少なくとも王女様が単身で来れるような距離ではないはずだ。それに騎士達が話していた偽物という言葉も妙に引っかかる。
そんな俺の疑問に答えるように王女様は言った。
「私は我が国を救う為に‶聖人〟様に会いに来たのです」
「聖人様………………?」
首を傾げるも王女様はこれまでの経緯について話してくれた。
まず、ヴァンピール王国の王様が魔族に操られていることから始まった。
その目的はヴァンピール王国を支配すること。それを偶然にも知ってしまった王女様だが、魔族に操られている王様は偽物の王女様を用意して本物の王女様を偽物だと臣下や家臣達、騎士達に告げた。
勿論本物の王女様は異を唱えたが、誰も王女様の言葉は信じてもらえずに城を抜け出すしかなかった。
「それでも私を信じてくれる家臣達もいました………………ですが、道中で私を逃がす為に騎士達に捕まり……………」
ここまで辿り着いた頃には1人になってしまった、と。
食事は非常食や僅かな金銭、そして小動物の血などで補ってここまでやってきたらしいが、騎士達に見つかって捕まりそうになったところを俺と遭遇したわけか。
だけど、どうしてここに…………………?
「私は国を救う為、そしてお父様を助け出す為にこの先に住んでいる‶聖人〟様に助けを求めに来たのです」
「へぇ~そんな人がいるんだな」
その街に住んでいる俺でも初耳だぞ? 聖人だから教会にでも住んでいるのかな?
「私も噂ででしか聞いたことがありませんが、なんでも高いスキルレベルを誇る回復魔法と治癒魔法を使って多くの人を救い」
ほう? 俺以外にも回復魔法と治癒魔法のスキルレベルを上げている人がいたんだな。
「どんなに貧しい人でも決して見捨てず、慈悲と慈愛を持って接して人々の傷を癒し」
それはまさに聖人だな。
「高レベルでありながらもその力を誰かの為にお使いになられ」
まぁ、スキルレベルが高い回復魔法と治癒魔法を持っているのなら本人のレベルは高いな。
「貴族の方と共にそのお力で魚人族の人々を癒し、国までお救いになられて」
ん? 俺達以外にもそんな奴がいたか? いや、アリアのことだから人手不足のことも考えて人材を用意しておいても不思議ではないか。それにもしかしたら俺達以外にもいてただ俺が気付いていないだけかもしれないし。
「風の噂ではここ最近、モンスターの軍勢からエルフの街もお救いになられたとか」
あれ? それってもしかして……………………。
「その方ならきっと私達の国をお救いくださると信じてここまでやってきました。私の為に犠牲となってくれた家臣達の為にも私はなにがなんでも聖人のお力が必要なのです」
決意と覚悟をした目で手を強く握りしめる王女様。どれだけの覚悟で遠路はるばる遠く離れたこの地までやってきたのか俺には想像もできない。
「たとえこの身を捧げることになっても私は必ず………………ッ!」
我が身を犠牲にしてでも国を父親を助けようとする王女様に俺は一応、確認の意味も込めて尋ねた。
「ところでその聖人様のお名前は?」
「確か、リブロというお名前だったかと」
はい俺でした。
俺は自分の知らない所で聖人呼ばわりされていました。




