家庭教師の生活3
屋敷の外に出ることに抵抗が会ったお嬢様方を励ましてからここ数日間、お嬢様方が妙にしおらしい。
いつものような我儘も暴力もしてこず、それどころか俺を見るなり難しい顔をする。
朝のゲームだっていつもは負けてたまるかっ! みたいな雰囲気を醸し出していたのに今はその片鱗すらない。
それほどまでに屋敷の外で嫌なことがあったのだろう。だから旦那様もお嬢様方の外出許可を出すのに渋ったのかもしれない。
しおらしいお嬢様方を見るとやっぱりもう少し後にするか、と思う気持ちがあるがそんなことをしたら問題を後送りしてしまう。ここは心を鬼にしてお嬢様方には外に出て貰わなければ。
一応、助っ人も呼んだし……………………。
「お待たせ、リブロ」
「ああ、忙しいのに悪い」
馬車から降りてきたのは婚約者であるアリア。
公爵令嬢であり、元はAランク冒険者であるアリアなら何も問題はないし、どういうわけかあの双子のお嬢様方もアリアには懐いているんだよな。
「アリアお姉様!」
「…………………アリアお姉ちゃん」
噂をすれば、お嬢様方はアリアを見た瞬間、飼い主が帰っていた愛犬のようにアリアに駆け寄る。
おい、俺とは全然反応が違うのではありませんか? お嬢様方。俺にはそんな反応一欠けらも見せなかったですよね? どうしてそんなにアリアに懐いているのですか?
気のせいか、お嬢様方の頭と尻に犬耳と尻尾があるように見えてしまう。
アリアは自分を好いてくれるお嬢様方の頭を微笑みながら撫でる。
「今日は私も一緒に行くつもりだからよろしくね? でも、私達は基本的に後ろで見守るだけだから自分達の力でやるのよ?」
「はい!」
「………………んっ」
元気よく頷くお嬢様方。
今回は俺とアリアは基本的にはお嬢様方の後ろで行動を見守るだけ。何をどうするのかは全てお嬢様方が決めて最低でも一回は何かを買う。そんな感じだ。
親に見守られながら買い物をするようなものだ。本当は俺とアリアは二人から見えない位置で見守りながらお嬢様方がおつかいができるかどうか練習するつもりだったけど、いきなりは不安だろうからお嬢様方の傍で見守ることになった。
ファーストステップは屋敷から出る。まずはそれからだ。
「さ、行きなさい」
アリアに背中を軽く押されるお嬢様方。その顔は不安と緊張が見てわかり、それでも進もうとしているのか苦悩の表情を見せる。
俺とアリアは何も言わず、急かさずにお嬢様方が自分達の意思で一歩を踏み出せるのを待っている。
数秒、数十秒、数分が経過してもまだその一歩が踏み出せず、時間が経つにつれてむしろ俺の方が不安になってきた。
もしここで余計に屋敷の外に出たくなくなったらどうしようと、不安を募らせていると。
「………………………シャリア」
「………………………ん」
お嬢様方は互いに手を握り合い、大きく息を吸ってその一歩を踏み出した。
一歩、また一歩と足を動かして遂には……………………。
城門の外、屋敷から出ることに成功した。
「よし」
お嬢様方の様子に小さくガッツポーズ。そんな俺を見たアリアはくすくすと笑う。
「もう、どうして貴方の方があの子達より喜んでいるのよ?」
「いやぁまぁ、嬉しいじゃん? 成長したって思えて………………」
頑張って恐怖から乗り越えようと勇気を振り絞ったその後姿に俺は嬉しく思う。
するとアリアは自分のお腹を撫でる。
「貴方は子供が出来たら子煩悩になりそうね」
それは冗談なのか、それとも将来の事を見据えてなのか、それを聞くことは出来なかった。
「ほら、行くわよ」
「了解」
アリアに腕を組まれて俺達はお嬢様方のついていく。
人通りが多く賑わう街中で双子のお嬢様方は最初は何度も俺達がいないかどうか後ろに振り返っていたが、今では既に賑わう街中の影響を受けてはしゃいでいる。
「おじさん、これちょうだい」
「………………………ください」
「あいよ!」
旦那様から渡されたお小遣いで屋台の食べ物を買って食べるお嬢様方を見て俺は思った。
立ち直り早くね?
屋敷の外に出るのがあんなに嫌がっていたのに外に出て一時間も経たずに教えたことを当然のように使いこなして買い食いしている。
立ち直るよりも開き直った方が適切かもしれない。
まぁ、どちらにしても外に出ても何も問題がないのならそれに越したことはないが。
「アリア。どうしてお嬢様達は屋敷の外に出ようとしなかったんだ?」
もうどうでもいいことかもしれないけど、一応のつもりでその原因をアリアに尋ねるもアリアは首を横に振った。
「ごめんなさい、わからないわ。私も自分のことで精一杯だったから………………」
申し訳なさそうに謝るにアリアにそうだったと思い出す。
アリアは己にかけられた呪いを解く為に冒険者となって強くなり、Sランクを目指していた。
今ではその呪いは俺がどうにかしたから何も問題はないけど、それまでのアリアは他の人に構ってやる余裕はなかったはずだから知らないのも無理はない。
「あの子達がまだ幼い頃に冒険の話はしたことがあるから冒険好きはそこからなのでしょうけど………………やっぱりお母様がお亡くなりになったのが原因ではないかしら?」
やっぱり母親が原因なのか………………?
帰ったら旦那様に詳しく訊いてみるとしようか。
原因を探ろうと思案していると、不意にお嬢様方の足が止まった。それに怪訝してお嬢様方の視線の先に目を向けると三人の男性がいた。
一人は小太りしていて、一人は背が細長い凸凹の男性の背後にはボディーガードのように筋骨隆々した体格いている金髪の男性。
腕や指、手首には見せびらかすかのように宝石を飾り、いかにも成金と宣伝しているように見える。
そんな彼等を見てルージュお嬢様はシャリアお嬢様を庇う様に立ち、三人の男性はお嬢様方の存在に気付くと気味の悪い笑みを浮かべて近づいてくる。
「………………………何の用よ?」
そんな彼等にルージュお嬢様は警戒心全開で尋ねた。
「いやなに、顔見知りがいたから声をかけにきただけだ。屋敷から出てこれたのだな」
「私達がどこで何をしようが私達の勝手でしょ? 悪い?」
ルージュお嬢様はまるで親の仇でも見るように目の前の男性を睨み付けるも彼等はそれを無視しても気味の悪い笑みを浮かべている。
「アリア。あいつらは?」
「ディクレイ家の兄弟よ。後ろにいるのはディクレイ家に仕える使用人ね。色々と黒い噂が多い一家だわ」
小太りしている方が兄で背が細長い方が弟だと教えてくれる。
なるほど。あまり関わりたくない類の人達か。しかし、それがどうしてお嬢様方と?
そんな疑問を抱いていると兄の方がルージュお嬢様の後ろに隠れているシャリアお嬢様に目を向ける。
「フン、呪い子が。私にあまり近づくな。私まで貴様の母親のように残酷な最後を迎えるではないか」
「!?」
その言葉に震え出すシャリアお嬢様にルージュお嬢様は今にも飛び出しそうになるも妹の身を守ろうと必死に耐えている。
呪い子? シャリアお嬢様が?
「双子の癖に顔の造形はおろか髪も瞳も違う妹などさっさと捨てればよいものを。そうすれば母親も助かったのではないか? まったく呪い子とは存在するだけでおぞましいものよ」
はぁ? 何言ってんだ?
俺はその兄の言っていることが一瞬理解できなかった。
そうか、そういえばここは剣と魔法の異世界。怪我や病気は魔法でどうにかできるし、化学の代わりに魔法が発達している世界だから科学、医学共に現代日本と比べるとかなり遅れている。だからそういう認識に抱えて何の根拠もなく呪い子なんて迷信を信じてしまうんだな。
まったく……………………。
「失礼」
俺はお嬢様達の前に立って彼等と向かい合う。
「なんだ貴様は? 我々の会話に割って入ってくるなど非常識ではないか?」
「それは大変申し訳ございません。しかしながらあまりにも不愉快な会話だったものでつい割って入らせて頂きました」
「なんだと!? 貴様! 私が誰だか知らないのか!? 私はなディクレイ家の長男にしてディクレイ家の次期当主であるブータヤキであるぞ!」
知るかよそんなの。まぁ、そっちがそういうのならこっちもそう言ったやろう。
「申し遅れました。私の名前はリブロ・リーベラ。こちらにおられるアリア様の婚約者でございます」
まだ正式ではないが……………………。
するとブータヤキはアリアの存在にようやく気付いた。
「なっ!? こ、これはアリア殿! このようなところでお会いするとは!」
「ええ、御機嫌よう」
アリアの前で突然態度を変えたブータヤキは俺に指を向ける。
「先程この平民が貴女様の婚約者だとお聞きしたのですが…………………」
「ええ事実よ。まだ正式ではないけど間違いなくここにいるリブロ・リーベラは私の婚約者よ。それで先程からの不快な会話についてはどういうことなのかしら?」
「わ、私は事実を述べたまで! 現にこやつらの母親は残酷な最期を遂げたではありませんか!?」
「それとシャリアお嬢様はまったく関係のないことです。そもそも貴方はどうして双子が誕生するのかご存じなのですか?」
「い、いや…………………」
「双子には一卵性と二卵性というものがあり、似た容姿を持って産まれてくることを一卵性。そうでないのを二卵性と言います。二卵性の場合は普通の兄弟姉妹と同じくらいの差異が出ますが、稀に双子の片方だけが隔世遺伝によって髪も瞳も別々になるのです。珍しくはありますが何もおかしいことなどはありません。ましてや何の根拠もなく呪い子などと決めつける方がおかしいのでは?」
「だ、黙れ! さっきからなんなんだ、貴様は!? パウダ! この無礼者を黙らせろ!」
「御意」
パウダと呼ばれた使用人は短く返答して俺を殴り飛ばそうと拳を振るってくるが、その拳が俺に当たるより早くデコピンで強制的に夢の世界に行って貰った。
「ふぇ?」
自慢の使用人があっさりと倒されてしまったことに呆気を取られる兄弟にアリアが言う。
「ブータヤキ様。彼をただの子供ではありませんわ。こう見えて彼はAランクの冒険者。ドラゴンさえも容易く倒せる実力者なのよ?」
「あ、ありえん…………………」
信じられないものを見るかのような目で俺を見てくる。
「先程の会話は聞かなかったことにしてあげるわ。その代わりに次にこの子達にちょっかいをかけるのであれば覚悟してちょうだい。私はともかく彼を敵に回したら一生後悔することになるわよ?」
「何があろうとも俺はこの二人の味方だ。二度と呪い子なんてくだらないことをほざくな」
「「ひぃ!?」」
俺達の脅しに兄弟は涙目で怯えて逃げるようにこの場から去っていった。気絶している使用人を置いて。
「ど、どうして…………………?」
じっと見つめてくるお嬢様方の頭を撫でながら俺は言う。
「言ったろ? 俺は二人の味方だって。だからもう怖がる必要も負い目を感じる必要もない。子供らしくもっと自由に生きていいんだ」
この二人、いや、シャリアお嬢様はずっと自分の存在に負い目を感じていたのだろう。そこに母親が魔血症の病気で亡くなって精神の弊害が生じてしまった。そんなシャリアお嬢様をルージュお嬢様は守ってきたんだ。だから今度は俺がこの二人を守ろう。ずっと笑顔でいて貰う為に。
子供は笑顔が一番だから。




