家庭教師の生活1
俺がいた世界とは違ってこの世界で言語や算術を学ぶことが出来るのは貴族や王族といった身分がある者だけで、平民は学ぶことが出来ず、独学で身に付けるか商人や学者といった文字のわかる人を探して教わるしかない為に平民の殆どは文字は読めても書くことはできない。算術も同様に。
日本にいた頃では考えられない話だ。これが格差社会というやつか………………。
俺は翻訳スキルがあるから文字に関しては何も問題もなく、算術に関しても転生前の記憶があるから何も問題はない。俺が学ぶべきことがあるといえば歴史や経済といった方面だけだ。
まぁ、何が言いたいのかと言うと……………………。
「あああああああああああああああああああっっ!! もういやっ!! 数字なんて見たくない!!」
「…………………………………んっ、見たくない」
勉強ができるということは凄く恵まれているということだ。
日本の学生諸君。学校に通わせてくれているご両親に感謝してしっかりと勉学に励みなさい。間違っても開始5分で奇声を上げるこの双子のお嬢様方のようにはなってはいけません。
「あんたの教え方が悪いのよ!!」
「………………………悪い」
ビシッ! と俺に向けて指を指すお嬢様方に俺は深い溜息を吐いた。
「お嬢様方。投げ出すのはよくありません。それにこの問題は基礎中の基礎でまずはこれが出来るようにならないと次に進むことが出来ませんよ?」
「別に算術ができなくても生きていけるわよ!」
「………………………問題ない」
我儘を申すお嬢様方だが、その気持ちは俺もよくわかる。
日本の授業で古典とか何の役に立つんだよってよく愚痴っていたからな。
それでも算術はできるようにならないといずれは恥をかいてしまう。そうなればますます算術嫌いになってしまうのは避けた方がいいか……………………。
「お嬢様方は確か冒険に憧れておりましたよね?」
「それがなによ?」
「………………………?」
「それでしたら文字の読み書きも算術もできるようになった方がいいですよ? そうでないと恥をかいたりしますよ?」
「どういう意味よ?」
「………………………説明」
「冒険者はクエストを受けて冒険をします。その際にクエストの内容がわからないと困るでしょう? それともクエストを受けるたびに他の誰かに頭を下げてなんて書いてあるんですか? って尋ねますか?」
「そんなのするわけないじゃない!」
「……………………いや」
「それなら文字の読み書きは必要になりますね?」
「………………………うっ」
「………………………むぅ」
まぁ、本来ならギルドの受付の人に声をかければ教えてくれるし、手頃のクエストも紹介してくれるのだけど、そこは黙っておこう。
「算術もクエストの報酬がどれだけあるのか、倒したモンスターの数は何体なのか、算術を学んでいればすぐにわかりますよね?」
「………………………うぅぅぅ」
「………………………むぅぅぅぅ」
理解はできるけど納得はできない。そんなふくれっ面だな。
「生きていくだけなら確かに読み書きも算術も必要ありません。ですが、生きる術を身に付けておいた方が今後の自分の為にもなりますよ」
「………………………フン、わかったわよ」
「………………………んっ」
嫌々といった感じで再び問題と向き合う。
暴力的で我儘でプライドは高いけど約束はきちんと守るし、こうして嫌々ながらも自分の嫌いなことにも取り組む姿勢は幼くも貴族様ということか。
でも嫌なことをずっとさせておくとストレスも溜まるだろうし、次は身体を動かすついでに二人には組手でもしてもらおうか。
せっかくの素質をそのままにしておくのはもったいない。そちらの方面も鍛えてみるとしよう。
健全なる肉体は健全なる魂に宿るという諺もあるしね。
「ねぇ、ここがわからないんだけど」
「………………………ここ」
「はい。どこですか?」
勉強から一休憩して双子には中庭で組手をして貰っている。
「やっ!」
「………………ん」
やっぱりこの双子のお嬢様方には勉強よりも身体を動かす方が好きみたいだな。活き活きしているのがよくわかるし、楽しそうだ。
だけど、シャリアお嬢様は精神的に少し拙いな………………。
ルージュお嬢様はまだ年相応の反応だ。後はそのまま鍛えていけば何も問題はないが、シャリアお嬢様は精神的に幼い上に戦いに悦を感じている。このまま伸ばしていけば完全なるバーサーカーの完成だ。
幸い、姉であるルージュお嬢様にはよく懐いているし、こちらの言うことも渋々ではあるが聞いてくれる。
後はそこからどう矯正するかが悩みどころだな。
「やぁ、娘達の調子はどうかな?」
「これは旦那様。御機嫌よう。ご覧の通りでございます」
娘達の様子を見に来た旦那様は組手をしている二人を見て微笑ましく笑みを見せる。
「リブロ君。君は凄いね。これまで多くの家庭教師を雇ったけど全て娘達に追い払われてしまったのに。流石はアリアの婚約者だね」
「いえ、子供というのは元々素直なものです。後はこちらの言うことを聞くように上手く誘導すればいいだけです。頭ごなしに言っても子供は言うことを聞いてはくれませんから」
「ハハハ、あの子達がお転婆にしてしまった責任がある僕には耳が痛い話だよ」
ならしっかり娘達の手綱を握っておいてくださいよ……………。
「それよりシャリアお嬢様のついてなのですが………………このままでは危険です。今はまだいいですが万が一に戦闘になれば最悪死ぬ可能性も出てくるでしょう。それも自身が滅びるその時まで」
「………………………そうか」
「何か心当たりがあるのでしたら教えては頂けないでしょうか? 二人の今後の教育の為にもできる限りの事はしておきたいので」
「……………………リブロ君。君は魔血症という病名を知っているかな?」
「はい」
魔血症は全身に巡る魔力が何かしらの原因で結晶化してしまう恐ろしい病だ。最初は手足が痺れる程度に始まってそこから徐々に手足から結晶化が進み、いずれは全身に結晶化が進行してその間、激しい激痛に苛まれて心臓にまで到達する前に亡くなった事例もある。
「僕の妻、娘達の母親はその病で亡くなっているんだ。それからだよ、あの子達が暴力的になったのは。特にシャリアは妻にべったりだったからよほどショックだったのだろうね」
語る旦那様。
母親の死が原因で精神的に弊害が生じてしまったのか。そして今度はルージュお嬢様に甘えている。そしてルージュお嬢様もまた妹のシャリアお嬢様を大切にしているというところか。
「そういうことでしたか………………」
「まだ子供である君にこんなことを話すのもどうかとが思うけど、僕は娘達にどう接してやればいいのかわからないんだ。だからせめて…………………」
せめて、それから先は言わなかったが察しはつく。
家庭教師を雇ってせめて一端の淑女にはしてみせようとこの人はこの人なりに娘達のことを大切に思って考えている。
これは一筋縄ではいかない問題になってしまったな。




