奴隷
「……………………うぅ」
「おや、目を覚ましたようだね」
「ここは…………」
意識が元に戻って気がつくと俺は薄汚い牢屋のなかで目を覚ました。そして牢屋の外では院長がいつもの好々爺のような愉快気な笑みを浮かべている。
そして俺は襤褸に着替えさせられて手足には枷、首には首輪が嵌められていた。
俺はなぜ奴隷になっているんだ? そんな疑念を抱くも俺はすぐに気付いてしまった。
その様子に気づいた院長が口を開いた。
「気付いたようだね。君の想像通り、君はこれからの人生を奴隷として過ごすことになるんだよ」
「なんで…………」
「君のような子供は金になるからね。それに孤児なら足も付かないから便利なんだよ」
俺は院長の言っていることを理解したくなかった。
五年間とはいえずっと同じ孤児院で生活している人がそんな酷いことをする人だとは信じたくなかったからだ。けど、現実は違う。
院長は奴隷商に俺を売った。そして恐らくは俺以外の孤児も俺のように奴隷として売っているのが院長の本当の顔なのだろう。
孤児院に入った時点で俺達は奴隷売買のリストに入っていたんだ。
「この、クズ野郎…………ッ! 命をなんだと思っていやがる!!」
「クズとは心外だね。私は奴隷商に君を売ったお金で孤児院を支えているのだよ。孤児院の運営も大変だからね。まぁ、殆どは私の娯楽として使わせて貰っているが」
「てめぇ…………ッ!」
「安心したまえ。君の買い手は既に決まっている。商会の者が君を欲しがっていてね。高値で売れたよ。いやぁ、君に翻訳スキルがあってよかったね。運が悪ければ変態貴族の玩具にされていただろうからそれに比べれば君はまだ運がいい方だよ。まぁ、奴隷であることには変わりないがね」
ペラペラと話す院長を殴ろうと動くも枷のせいで動けない。ただ睨み付けることにかできなかった。
恐らくはシスター達も同類だろう。金をちらつかせて従えさせている可能性が高い。
クソッ! 少しは疑っていればこうなる前に逃げ出す方法ぐらい考えていたのに…………ッ! ここは異世界、弱肉強食の世界だということを俺はどうして忘れていた!
院長と院長の悪事に気づきもしなかった自分に憤る俺はシャーレが脳裏に過る。
このままじゃシャーレまで奴隷に。
そう思った俺の思考を読んだかのように院長が言った。
「安心しなさい。君が可愛がっていたシャーレちゃんは奴隷になどにしたりはしない」
「え?」
その言葉に俺は俯かせた顔を上げて見てしまった。
欲に塗れた人間の醜悪な笑みを。
「シャーレちゃんは不老長寿であるエルフの子供だ。それにあの容姿。確かに奴隷として売れば大層な価値にはなるだろう。だが、それでは勿体ない。後十年もすれば素晴らしい子に育つはずだ。その時にでも美味しくいただくとしよう」
「この色欲狂いの変態野郎が!!」
許さない許さない許さない許さない!! そんなこと絶対に許さない!
殺してやる! 絶対に殺してやる!
院長を殺してやろうと暴れるも子供である俺では枷も首輪も壊せるはずもなく、そんな俺を院長は嘲笑うように見ていた。
「君には感謝しているよ。シャーレちゃんに言葉を教えてくれたことに。きっとあの子も今以上に勉強に励んでくれるだろう。他ならない君とまた会う為に」
「この!」
「それではリブロくん。良い人生を送り給え」
「待て! 待ちやがれ!」
踵を返して牢屋から離れていく院長の背に向けて叫ぶも院長の足は止まらない。
「シャーレに手を出してみろ!! いつか必ずお前を殺してやる!!」
そんな俺の叫びは虚しく終わり、院長はこの場から離れて行った。
次第に静寂に支配される空間のなかで俺は自分の無知と無力さに涙を流した。
「ちくしょう…………ッ」
チート能力があれば、強ければ…………いや、外れスキルだからと諦めずに強くなろうと努力していればまだなんとかなったかもしれない。
俺は今更になって後悔に苛まれる。
強くなりたいと思っても俺は既に自由を奪われた奴隷にされた。
そして俺は院長の言っていた通り、とある商会の男性に買われて奴隷としての生活を強いられた。
奴隷として買われて数日が経過した。
俺を買った男は商会、主に行商を担当している男で俺を他種族との通訳として買ったようだ。
通訳以外でも肉体奴隷として商品である積荷を馬車に載せる仕事をしている。
通訳はともかく、五歳児である俺には積荷運びはもはや拷問のようにきつい。けど、休ませてくれる暇もなく少しでもサボるようなことをすれば鞭に打たれてしまう。
それでもまだ俺は他の奴隷に比べて融通してくれるのがせめてもの救いだ。
通訳するという利用価値がある以上は必要以上に痛めつけられることはない。下手にボロボロの奴隷を前に出して相手に不快な思いをさせるわけにはいかないらしく、子供ということもあって鞭で打たれることは滅多にない。
それでも奴隷であることには変わりない。
俺はこのまま奴隷として終わるわけにはいかないんだ。早く奴隷から解放されてあのクズ野郎からシャーレを助けに行かないといけない。
例えチート能力が無くてもシャーレを助けに行けるぐらい強くならないといけない。
けどそんな暇も武器もない。魔法を覚えようにもスキルポイントもない。レベルを上げようにもモンスターを倒しに行くことさえできない。
奴隷の首輪には隷従魔法が付与されていて、主人の命令には逆らうことが出来ない。そして無理に首輪を外そうとすれば爆発する仕組みになっている。
外す方法は主人が持っている鍵を使って錠を開けることだ。だが、盗もうとしてもそれを警戒しない主人などいない。現に俺を買った男も厳重に鍵を管理している。
行商用の馬車に揺られながらどうするか思考を働かせる。すると。
「ゴブリンだ!!」
誰かがそう叫んで俺は外を見るとゲームで有名なあのゴブリンが馬車を襲いにかかってきた。
あれぐらいなら…………。
俺は馬車から跳び下りてゴブリンが使っていたナイフを拾うと背を向けているゴブリンの背中にそのナイフを突き刺す。
「ギッ!?」
やった。そう思って油断している俺にゴブリンは棍棒を振るって暴れ出す。
「なっ!?」
確かにナイフを突き刺した筈なのにゴブリンはピンピンしている。多分、筋力が足りずに致命傷までに至らなかったのが原因だ。
「っ!」
暴れるゴブリンの棍棒をギリギリで躱すも、態勢を崩して尻餅をついてしまう俺にゴブリンは見下す様に笑みを浮かばせて棍棒を振り上げる。
―――死。
死ぬ。そう思ったけどゴブリンが棍棒を振り下ろすより前にゴブリンの首が宙を飛んだ。
「馬鹿野郎! ガキがでしゃばるな! 馬車の中に戻ってろ!」
剣を持った大柄の男性。同じ奴隷のウールさんに怒鳴れてしまうも、そんなこと俺にはどうでもいいとさえ思った。今の俺ではゴブリン一匹も倒すことが出来ないことにショックだった。
ちくしょう…………。
項垂れている間にゴブリンは全滅して、俺は自分の弱さにただ歯を噛み締める。




