家庭教師
アリアの屋敷は広い。
それはもういったいどこの高級ホテルだよ、と言いたいぐらいに広くてそれに合わせて沢山の執事やメイドがいる。そして使用人の人達はみんな俺の事を若様と呼んでくる。
前世でもごく普通の一般家庭。この世界でも平民である俺にとってはここに住み始めてある程度経つけどいまだにその呼び方にはなれない。
そしていずれは俺はアリアと正式に婚約して俺が爵位を得られるほどの実績を手に入れたらアリアと結婚して俺は公爵家の当主となる。
今はその為に勉強、礼儀作法、マナー、ダンスなど貴族としての恥ずかしくない程度にそれらを学んでいる。
アリアもアリアで一見冷たい印象を持っていたけどそうではない。
ユミィさんからこっそりと教えて貰ったけど、アリアは基本的に忙しい。
公爵家の人間として毎日やるべき業務が多く、一日に取れる自分の為の時間は少ない。それでも時間を作って俺に会いに来てくれるだけではない。俺の為にシャーレの行方を捜索してくれたり、俺が爵位を得てからの事も考えてアレコレとしている。
俺の前ではそんなこと一言も話さなかったのに、それでも俺との仲を深める為に色々と話を持ってきてくれる。
アリアのような女性をいい女というのだろう。
そのアリアの屋敷にある訓練場で秘宝を手に入れたセシルとリヴァイアサンことリヴァイが模擬戦を繰り広げていたのだが……………………。
「うぬぬ………………。ま、まさか妾が二度も人間に敗北するとは…………………っ!」
「私の、勝ちです…………………」
接戦だったけど最終的にはセシルが辛勝。割といい勝負だった。
「本来の姿であれば、貴様のような小娘などに…………」
「勝ちは勝ちです………………」
地面に横たわるリヴァイは負け犬の遠吠えならぬ負け龍の遠吠えをするもセシルは自分の勝利に勝ち誇るが、リヴァイの言う通り、本来の姿であればセシルは勝っていたかどうかはわからない。けれど、セシルもセシルで限界突破のスキルを使っていなかったからどっこいどっこいだな。
リヴァイはセシルにとっていい模擬戦の相手になるだろう。俺とだったらレベル差があり過ぎてこうはいかないし……………………。
「セシル。秘宝はどうだ? 上手く使いこなせそうか?」
「………………………師匠。えっとまだよくわからないんです。何がいけないのでしょうか?」
まだ無理、か…………。
リヴァイと戦えば何かあると思っていたんだけどな。
「リブロ。少しいいかしら?」
秘宝の事について考えているとアリアが訓練場までやってきた。
「アリア。どうした?」
「ええ、少し貴方にお願いしたいことがあるのよ」
「お願い?」
クエストではなくアリアからのお願いに俺は首を傾げる。
「家庭教師?」
腰を据えて話をする為に居間でアリアからそのお願いの内容を聞いて怪訝する。
「私の親戚に今年で8歳になる子供がいるのだけど、なんていうのかじゃじゃ馬でね。言うことを聞いてくれないそうなのよ」
困ったように溜息を漏らすアリアだけど。
「それなら俺じゃなくても適任者がいるだろ? そもそもなんで俺なんだ?」
「理由の一つは冒険好きで冒険者の真似事ばかりしているのよ。そのせいで勉強からは逃げるわ、家庭教師に暴行したり、数え上げればきりがないわ」
それはもうじゃじゃ馬で済んでいい問題ではないのでは?
「下手に家庭教師を雇ってもすぐに辞めてしまうし、だからいって学のない冒険者を雇うわけにもいかないけど、世の中には例外があるでしょう?」
「その例外が俺ってわけね」
「ええ。冒険者でも貴方は学があるし、礼儀作法もそれなりに身に付けているわ。ダンスはまぁ……………置いておくとして信頼できる人材なのは間違いないわ」
そりゃまぁ奴隷の時にアレコレと色々教わったし、礼儀作法についても元主であるあの商人に叩き込まれたからな。奴隷のせいで恥をかきたくないとかなんとかで。それがまさかこんな形で役に立つとはおもわなかったけど、ダンスの件で途中ではぐらかしたのはアリアの優しさと思っておくよ。
ダンスだけは下手でごめん。いつかは上達してみせるから。
「だからその子供を立派な淑女とはまではいかなくても、多少は矯正することはできないかしら? 貴方、そういうの得意でしょ?」
「得意かどうかはわからんけど、子供の面倒をみるのは慣れているぞ」
前世の時も孤児院にいた時も年下の子供の面倒をみていたからな。
「まぁ、アリアの頼みを断るのも気が引けるし、うん、わかった。引き受ける」
「ありがとう。話は私からしておくから早速明日からお願いできないかしら?」
「急だな、まぁいいけど」
セシルの特訓相手にはリヴァイを使うとしよう。いい訓練相手にもなるから問題もないだろう。
そうして俺はアリアの親戚であるその子供の家庭教師を引き受けることになった。
翌日。俺はアリアの屋敷から馬車に乗って家庭教師をするその親戚の家までやってきたのだが、その家もまたアリアの屋敷に負け劣らず大きい。
屋敷の門が開くと一人の老執事が会釈する。
「お待ちしておりました。私はこの屋敷で執事をしているモーゼルと申します。以後お見知りおきを」
「初めまして。本日より家庭教師を務めさせていただくリブロと申します」
「はい。ではこちらへ。旦那様がお待ちです」
老執事モーゼルさんの案内で俺は屋敷内に入ると、ここも凄い。豪華な絵画や壺ならが置かれている。
アリアの屋敷にも色々と芸術品が多かったけどここも相当だな。
「旦那様。家庭教師の方をお連れしました」
『ああ、入ってくれ』
「失礼いたします」
モーゼルさんが扉を開けて中に入るとそこには一人の男性がいた。
「おや? アリアから大体の話は聞いていたけど本当に子供だったとは驚いたね」
とても驚いているようには思えない爽やかな笑みでそんな第一声を投げてくる。
「本日よりお子様の家庭教師を務めさせて頂くリブロ・リーベラと申します。まだ若輩の身ではありますが、誠心誠意をもって役目を務める次第です」
「うん、なるほど。アリアの言う通り本当に子供とは思えない落ち着きようだ。アリアの婚約者なのも頷ける。君なら是非にも娘達を任せられるだろう」
「ありがとうございます」
「なら早速であるけど、娘達に会って貰うとしよう」
「はい。……………………ん? 娘達ですか?」
「あれ? アリアから聞いていないのかい? 僕には双子の娘がいてね。どちらもとてもお転婆で困っているんだよ。だからアリアから紹介してくれた君には期待しているよ」
ちょっと待って二人とは聞いていない。
いやまぁ、一人も二人も同じようなものだけどまずはその娘さん達に会ってみるとしよう。
そう思って旦那様と共に娘さん達の部屋に赴こうと扉を開けた瞬間、旦那様が飛んだ。
「おぐっ!?」
「旦那様!?」
そして旦那様が飛ばされてモーゼルさんは驚きの声を上げる。そして何が起きたのかわからない俺は困惑するも二つの拳が俺に向かってきたことに気づいた。
「おっと」
「え!?」
「…………むぅ」
それを躱してその拳の正体が誰なのか見てみるとそこには可憐な少女達がいた。
「なに避けているのよ!?」
「…………………んっ、強い」
俺に指を指して自分の拳を避けたことに対して文句を言う強気な赤髪の女の子とピンク色の髪をして眠たそうに瞼を擦る女の子。だが、その瞳は獲物を見つけた獣の目で俺から目を離さない。
双子とは聞いたが、これはまた随分と似ていない双子だな。いや、左右から同時に俺を殴ってきたあのタイミングは完璧と言っていいぐらいに合っていたけど。
「ああ、ルージュそれにシャリア。来ていたのか…………」
旦那様は何事もなかったかのように立ち上がって娘達に声をかける。
いや、殴ったことはいいのですか? それとも殴られるのは日常的なことなんですか?
「お父様! こいつだれ!?」
「……………知らない人」
「彼は今日から君達の家庭教師になってくれる人だよ。リブロ君。こちらが僕の娘のルージュとシャリアだ。とてもお転婆だけどよろしく頼むね?」
赤髪の女の子をルージュ。ピンク色の髪の女の子をシャリアと紹介してくれる旦那様だが、殴られた頬が痛々しく赤くなっているにも関わらず変わらずの笑みを見せる。
……………どうやら俺はとんでもない子供の家庭教師になったみたいだ。




