別れは突然に
異世界に転生した俺は孤児院で生活をしている。院長やシスターに見守られながら俺達孤児は遊んだり、本を読んだりとのびのび自由に生活している。
だが、ただ遊んでいるだけは許されない。自分より年下の子供の面倒をみたり、食事の用意や洗濯など孤児院でやるべき仕事は多い。
五歳児である俺も自分より小さい子供の面倒をみたり、シスターと一緒に洗濯物を干したりなど色々している。幸いにも俺は前世でも家事はよく手伝っていたし、弟や妹もいたから年下の面倒をみるのも慣れている。
そして俺は空いた時間を使ってシャーレに言葉の勉強を教えている。
「むぅ~~~~」
「むくれてもだめだぞ?」
嫌な勉強が始まりむくれるシャーレを宥めて早速勉強にとりかかる。
翻訳スキルを持つ俺が唯一シャーレに言葉を教えてやることが出来る為に院長から言葉を教えてやってくれと頼まれた。いつまでも人間の言葉がわからないままじゃ不便だろうと院長も心配してんだろ。
「いいか? これが『おはよう』。こっちが『おやすみ』」
「おはよう、おやすみ………」
「そうそう、よく使う言葉だからしっかり覚えるんだぞ」
嫌々ながらもしっかりと勉強するシャーレは少しずつではあるもしっかりと人間の言葉を覚えてはきている。
今はまだ片言だけど後一、二年もすればある程度は話せるようにはなるだろう。
「やぁ、頑張っているね」
「あ、院長!」
「院長。こんにちは」
勉強していると初老の男性である院長がやってきた。
「はいこんにちは。シャーレちゃんの様子はどうかな?」
「今はまだ片言で精一杯ですね」
「すまないね。本来なら大人である私達が言葉を教えなければいけないのに」
申し訳なさそうに俺に謝ってくるも俺は首を横に振る。
「いいですよ。俺も楽しいですし」
「ありがとう。君がいてくれて本当に助かっているよ」
「いえいえ」
俺の頭を撫でてくる院長。見た目は五歳児だけど中身は立派な高校生だから素直に撫でられるのは少しむず痒い気持ちになる。
「さて、そろそろ行かないとね。シャーレちゃん、勉強頑張るんだよ」
「はーい!」
シャーレの返事に院長は嬉しそうに頷いて部屋から出て行く。忙しいのにわざわざこうして顔を見せに来ることもないのに。まぁ、そういうところが院長のいいところなんだろう。
「……………………」
「どうした? シャーレ」
院長が出て行ったドアを見つめるシャーレ。その表情はどこか寂しそうだった。
「どうしてお父さんとお母さんは私は捨てたんだろうなって思っちゃって」
ああ、そういうことか。確かにそういう反応が子供としては普通だよな。
「理由は色々あるとは思うけど、俺達はまだ院長に拾われただけ運がいい方だ」
そうでなければきっと野垂れ死んでいただろう。
ここは異世界。子供なんてすぐに死んでしまう。だからここで生活できるだけ俺達はまだマシだ。
「リブロくんは悲しくないの?」
「院長やシスター、それに皆やシャーレがいるからね」
そもそも俺を捨てた両親に関して俺は何の情も抱いていない。あちらもそうだろうからお互い様だ。
それ以前にここで生活しているから寂しいと思う暇もないのも事実だな。
「それでもどうしても気になるのなら大きくなって両親を探す旅に出るのもいいかもな」
シャーレは種族がエルフということもあって五歳でありながらも既に魔法が使えて、魔力のステータスも平均を上回る20の数値が表示されていた。更にスキル欄に魔力強化もあったから成長してレベルを上げれば最強の魔法使いになるのも夢ではないかもしれない。
数十年後には天才美少女魔法使い爆誕。そうなったら俺は付き人か村人A的存在になってしまうな。
そしてシャーレはいずれ勇者か英雄と呼ばれる男の伴侶に…………。
「リブロくん、顔が怖いよ? お腹でも痛いの?」
「おっと、ごめんごめん」
心配そうにしてくれるシャーレに笑って誤魔化す。
危ない危ない。変な未来を想像してしまった。でもまぁ、もしも、万が一にそうなったらその男がシャーレに相応しい男かどうか見極めてやるとしよう。
可愛い妹分であるシャーレを見ず知らずの男にやれるか。
シャーレは俺が育てているんだから。
いずれ来る未来に備えて思考に耽っていると不意にシャーレが俺の頭を撫でてきた。
「よしよし。大丈夫、私はリブロくんと一緒にいるから」
「シャーレ…………」
なんて健気で可愛い子なんだ…………。
うぅ、俺がチート持ちだったらそこらの男に奪われる前にシャーレを彼女にするのに。本当になんで俺のチート能力が〝翻訳〟なんだよ。
「…………そうだな、大きくなっても一緒にいような」
「うん! 約束!」
「ああ、約束だ」
俺とシャーレは指切りをして約束した。
約束といっても子供同士の約束だ。成長すればこんなことも忘れて俺達はそれぞれ違う道を歩む。シャーレがどういう道に進むかはわからないけどシャーレならきっと何においても成就するだろう。
俺はチート持ちでもないから普通に働いて生活するか、翻訳スキルを活用する為に商会に入って行商人になるのもいいかもしれない。
まぁ、まだ先の話だ。今は自分のできることだけしておこう。
いずれ別れが来る。けれどこの時の俺はまだわからなかった。
彼女との別れがすぐそこまで来ていたということに。
「え? 俺を養子に、ですか?」
シャーレと約束してから数日後の朝。院長が俺の元にやってきて養子の話を持ち掛けてきた。
「ああ、私の知り合いに商会に関わる仕事をしている人がいてね。君のことを話したら是非とも養子にしたいと言っていてね」
「はぁ、何でまた俺を?」
「君は年齢の割に凄く落ち着いているし、頭もいい。それに翻訳のスキルが後押しになったのだろう」
まぁ、そう言われれば納得はできるな。
転生者であることは伏せているから子供らしくないと思われるのも無理はない。それに前世の記憶や知識もあるから他の子供に比べれば勉強だってできる方だし、そう考えれば俺を養子にして引き取りたいという人がいても不思議ではないか。
それにしても商会か。なろうと思っていた職業の一つとは考えていたけどまさか向こうから誘いがくるとは思わなかった。
院長と養子の件について話をしているとシャーレが割って入ってきた。
「……………リブロくん、どこかに行っちゃうの?」
「そうだね。ここから卒業するんだよ」
「いや!!」
院長の言葉にシャーレは俺に抱き着いてくる。
「シャーレ…………」
「一緒にいるって約束したもん! 約束したんだから!!」
涙目で必死になって抱き着いて離れないようにするシャーレに俺は嬉しくもあり、寂しくもあった。
けど、そういうわけにもいかない。
俺はシャーレの頭を優しく撫でる。
「シャーレ。卒業と言ってももう二度と会えなくなるわけじゃない。ここを卒業してもちゃんと会いにくる」
「でも…………」
「それに商会の息子になればシャーレの両親がどこにいるかわかるかもしれない。お父さんやお母さんに会いたいだろ?」
「……………………うん」
「お別れは寂しいかもしれない。けど、シャーレはもう一人じゃない。院長やシスター、他の皆だっている。だから泣かない笑顔で送って欲しいな。俺はシャーレの笑顔が大好きなんだから」
「……………………うん、わかった」
俺から離れて涙を拭うシャーレは込み上げてくる涙を必死に抑えて笑顔を見せる。
「いってらっしゃい。またね」
「ああ、必ず会いに来る。またな」
シャーレと別れを告げて、世話になったシスターや同じ境遇の孤児達とも別れを告げて俺は院長と共に孤児院を出て行った。
見送ってくれる皆。シャーレが俺の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
俺も泣きそうになったが、シャーレにあんなことを言った手前で泣くわけにはいかない。それに商会の子供になれば得るモノも多い。しっかりと商売について勉強して一日でも早く一人前になろう。
そして一人前の商人になったらまたここに帰ってシャーレを迎えに来よう。
どれだけ時間がかかるかはわからないけど、せっかくのこのチャンスを手放すわけにはいかない。
意気込みを上げる俺は院長と共に俺を引き取ってくれる人の元に向かう。
その道中でピタリと院長は歩くのをやめた。
「院長?」
どうしたものかと思って声をかける。すると院長は俺の頭に手を置いた。
「《パラライズ》」
「!?」
その言葉を耳にした途端、全身に電撃が走る同時に俺は地面に倒れた。
「……………ぁ、ぅ…………」
全身が痺れて身体が動かない。声も出せない。
何が起きたのかわからないまま院長は倒れた俺を抱えて再び歩き出すと、俺の視界は暗転した。




