師弟
アリアと正式にお付き合いすることになって早くも一ヶ月が経過した。
あれからアリアのパーティー〈高潔の薔薇〉は解散。アリア達は冒険者稼業を引退して今は貴族令嬢としてやるべきことをしてユミィさんとレノアさんはその補佐に当たっている。
共に冒険をしたあの二人がいるのならアリアも大丈夫だろう。
そして俺は師匠として弟子であるセシルを鍛える日々を送っている。
「師匠! 無理です! 助けて下さい!」
「頑張れ」
コボルトの群れに囲まれて涙目で助けを求めるセシルを木の上から応援しながら俺はセシルの成長を見守っている。
『オラッ! 人間の小娘風情が!』
『俺達の縄張りに入って無事に済むと思うなよ!!』
『八つ裂きにしてやらぁ!!』
翻訳スキルでコボルト達がどれだけ怒っているのかわかってしまうのが嫌なところだ。なんにでも言葉が通じるというのも考えものだな。
そう思っているとコボルトが一斉にセシルに襲いかかる。
軽く20体はいるコボルトの数だけど、まぁ、今のセシルなら問題はないか。
「ひぃ!」
『グゲッ!』
「てや!」
『フゲ!』
「セイ!」
『ふごっ!』
剣で斬って、足で蹴り飛ばして、拳で殴り飛ばす。流れるような一連の動作でセシルは襲いかかってくるコボルトを一体ずつ確実に倒していく。
セシルがこの一ヶ月で倒してきたモンスターはスライム、角が生えた兎、ホーンラビット、ゴブリンの三種だけだけど、その分の成果はしっかりと出ている。
スライムを倒す為には核を狙う必要がある。そこで鍛えられるのは一点に狙いを定める集中力。
動きが素早いホーンラビットでは自身が素早く動けるようになること。それと動きの速い相手の動きを観察してそれを予測して動く先読み。
後は群れで集団戦法を取ってくるゴブリン相手と戦わせて視野を広く持たせて一撃で相手を倒す一撃必殺の技量を身に付けさせる。
駆け出しの冒険者が戦うモンスターは強くなる要素が詰まっている。後はそこに死なないように回復魔法と治癒魔法をかけて戦わせて、反省させて、戦わせて、反省させて、戦わせて、また反省させる。それを繰り返していけばどう戦えばいいのか自分で学び、工夫して、知識と経験を獲得することができるだけじゃない。レベルもステータスも上がる。基礎とレベル上げが同時に行える。まさに一石二鳥。
この一ヶ月で大分強くなったものだ。
「痛ッ!」
「《ヒール》」
死角からの攻撃を受けて傷を負ったセシルにすぐに治癒魔法をかけてあげる。うん、俺はなんて優しい師匠なのだろうか。
「師匠の鬼畜!」
なんか弟子から罵声が飛んでくるから倒れているコボルトにも治癒魔法を施してあげよう。
「うわわ! ごめんなさい! 許してください!」
「頑張れ」
「やっぱり師匠は鬼畜です!!」
やれやれ、こんなにも逞しくなって。師匠として嬉しくもあり寂しくもあるものだ。
こういうのを成長した、と言うのかな……………?
感慨深くそう思いながら傍観する。
「《フラッシュ》!」
光魔法のスキルレベル2で覚えられる閃光でコボルトの視覚を奪ってその隙に剣で攻撃するその戦い方を見てどうやらセシルは剣をメインにサブに魔法を使う戦闘スタイルを身に付けたようだな。
魔法剣士。近距離でも遠距離でも対応できるからバランスのいい戦闘スタイルなのかもな。
冒険者に成り立ての頃はただがむしゃらに剣を振っていた時に比べれば形にはなっている。レベルももう二桁は行っているだろう。ステータスだってだいぶ上がったはずだ。
「そろそろいいかな……………?」
成長したセシルを見守りながら俺はそう呟いた。
「ええっ!? ど、どういうことですか!? 師匠!!」
「言葉通りの意味だ」
コボルト討伐のクエストを達成してアリアの屋敷に帰ってきた俺は弟子であるセシルにもう一度告げる。
「この一ヶ月でお前は強くなった。もう俺が面倒をみる必要もないぐらいに。だから弟子卒業だ」
「そ、そんな……………だ、だって今日だってコボルトから攻撃を受けたし、私にはまだ師匠が必要です」
そう言ってくれるのは正直嬉しい。だけど、そういうわけにもいかない。
「セシル。弟子というのはいずれ師匠の元から離れていくものだ。もうお前は一人でも十分にやっていける」
それが確信できたから俺はそう言っている。だけどセシルは納得いかないようだった。
「わ、私が邪魔ですか………………?」
「そうじゃない。お前のこれからの成長に俺は必要ないだけって話だ」
そう言うとセシルはテーブルをバンッ! と叩いた。
「必要です! 私にとって師匠はまだまだ傍にいて欲しい人です! だからこれからももっと鍛えてください! どんな訓練でも泣き言なんて言いませんから!!」
バン! バン! と子供のように……………子供だった。セシルは駄々をこねるように頑なに卒業を認めない。
普通は喜ぶべきところだと思うけど、それだけ師匠として慕ってくれているとは思わなかった。
それでも、そういうわけにはいかない。
「セシル、ひとまず落ち着いて――」
「お邪魔するわね」
興奮しているセシルを落ち着かせようと宥めようとするとアリアが入ってきた。
「お取込み中だったかしら?」
「ああ、いやそんなことは――」
「アリアさん! 聞いてください! 師匠が私を散々痛めつけた癖に私を捨てちゃうんですよ!!」
「言い方!?」
嘘ではないけど、そんな俺がとんでもない外道みたいに言わないでくれ!!
「それは酷いわね。リブロ、どういうことか詳しく聞かせてちょうだい」
まるで俺が悪いかのように責めるような目を俺に向けてくるアリア。その背後でセシルがほくそ笑んでいる。
こ、こいつ、わざとか!? 本当に逞しくなりやがって!
レベルやステータスだけでなく精神面もしっかりと成長した弟子に思わず恨めしい視線を送るも、それ以上にアリアの非難するような眼差しが俺に向けられて思わず萎縮してしまう。
するとアリアは俺と対面するようにソファに座る。
「そういえばまだ私は貴方のことをよく知らなかったわね。せっかくだからどうしてセシルの師匠を辞めるのかその理由も含めて聞かせて貰いましょうか」
あ、これは根掘り葉掘り言わされるパターンだ。
「将来の花嫁に嘘は言わないわよね?」
どう誤魔化そうと一考すらさせて貰えず、アリアに先手を取られた俺は観念するように深い溜息を吐いた。
「はぁ~わかった。いずれはアリアには話さないといけないとは思っていたんだ」
俺は二人にこれまでのことを話した。
親に捨てられて孤児院に育てられ、そこの院長に奴隷として売られたこと。奴隷にされて他の奴隷達と共に行商しながら同じ奴隷の人に鍛えて貰った事。そして同じ奴隷仲間が何者かの手によって殺された。
俺はその仇を取る為と同じ孤児院で育ったシャーレを探していることも全て話した。
「シャーレの件はともかく、ウールさん、同じ奴隷仲間だった皆の仇を取るのはあくまで俺の個人的な我儘だ。それに元がつくとはいえ、Bランクのウールさんや他の皆を一撃で倒す相手だ。そんな相手に命の保証はできないし、俺の我儘にアリアやセシルを巻き込みたくはない。………………それに、また仲間が死ぬところなんて見たくないんだ」
俺は精霊達のおかげでチートになれた。だけど、いくらチートでも守れないこともある。この手から零れ落ちてしまう命をあることを俺は知った。
今でも思う。あの時俺があの場にいれば何か変われたかもしれないと。だけど過去をどう思おうが過去は変えられない。ただ後悔するしかないんだ。
「………………なるほどね。だから貴方はセシルを遠ざけようとしているのね。自分の我儘に弟子を巻き込まない為に」
「ああ……………」
アリアの言葉を肯定するように頷く
「……………………」
するとセシルは顔を俯かせたまま黙って部屋から出て行った。
セシルはいい子だ。きっと自分では俺の力になれないことを責めているのかもしれない。
ごめん、セシル……………。
そんな師匠想いの弟子に内心謝るとアリアが隣に座って俺を抱き寄せる。
「アリア……………?」
「今は少しの間だけでいいからこうさせてちょうだい」
俺を抱きしめて何度も頭を撫でて、アリアの温もりが伝わってくる。
「ありがとう。話してくれて。そしてごめんなさい。貴方がそんな重荷を背負っていたことに気づいてあげられなくて。だけどこれからはその重荷を私にも背負わせてちょうだい。それぐらい器量は持ち合わせているわ」
まるで母が子をあやすように、恋人を甘やかすように慰め、癒してくれるアリアの言葉に俺は肩の荷が下りたかのように気持ちが楽になった。
本当にいい女だな、と俺はアリアに感謝しながらその好意に甘えていると。
「お嬢様! リブロさん! 大変です!」
メイド服姿のユミィさんが勢いよく扉を開けて入ってきた。
「どうかしたの?」
アリアの問いにユミィさんは顔を真っ青にして言う。
「セシルさんが秘宝を手に入れてくると置手紙だけ残して屋敷を飛び出して行きました……………」
「!?」
それを聞いた俺はすぐに部屋から飛び出した。
きっと力を手に入れようと秘宝に目を付けたのだろう。他の誰でもない俺の為に力を手にしようとしている。
Sランク以外立ち入りを禁止された領域。そこに入れば何が起きるかわからない。
「あの馬鹿弟子!」
俺は急いでセシルがいる場所に駆け出す。




