ロイドとジルク
「さあ、いよいよ本日のメインイベントが始まるぞおおーっ! ベテラン冒険者のロイドと、魔獣サーベルタイガーの戦いだっ!! 」
闘技場の司会者の言葉に観客もヒートアップし、会場は大騒ぎになった。
「と、父さんっ!!……ジルクっ!!」
レイは、闘技場で戦おうとしている父親のロイドとジルクを見て、膝を落としてしまった。
やがて闘技場の中央では、帝国兵士のピケルがロイドに対し口を開く。
「貴様ロイドと言ったな、その魔物は強い幻覚剤でお前を憎い敵だと思っておる。全力で殺しにいかないとお前が噛み殺されるぞ? いいな、全力で殺しに行け!」
「…………。」
「貴様、聞こえなかったのかっ!?」
「……わ、分かった。」
「もしお前が手を抜いたら、息子はこの場ですぐに処刑になる事も忘れるなよ!」
ロイドは苦渋の決断を迫られ、目の前のジルクを見つめてから天を仰いだ。
「ぶはははははーっ! こいつは素晴らしいっ! あの若造の父親と大事に飼っていた魔物が殺し合うのだっ! これ以上の舞台は無いかもしれんぞっ!」
観客席の最前列にいた領主のタナトスが、豪華な椅子にふんぞり返って果実酒を浴びるように飲んでいる。
やがてタナトスのグラスが空になると、すぐに新たな果実樹を注がれた。
タナトスは果実酒を注ぐ手を見て、側近の兵士の手ではない事に気が付く。
「ん!? おお、これはこれは! 宮廷魔術師ヴァルサーク殿の従者様ですな。よくぞ参られた、歓迎致しますぞ。(くそ、不気味な奴め、どこから現れおったのだ!)」
タナトスに果実酒を注いだ男は、赤みを帯びた黒色のローブをまとい、深々と被ったフードの隙間からは褐色の肌が見え隠れし、手に持った魔術師の杖には古代語が刻まれている。
「……随分と面白い余興をやっておるな、タナトス卿。」
「え、ええ。民衆にこういった楽しみを与えるのも、領主の仕事ですからな。(フン、薄汚いダークエルフの一味が、貴族に向かって随分偉そうに口を利くものだ!)」
「……ほう、なるほど。」
「それで? ヴァルサーク殿の従者様が一体なぜ、こんな辺境の街まで?」
「まあ良いではないか。私も余興を楽しませてもらうぞ。」
そういうとダークエルフの魔術師は、タナトスの隣に席を作らせてそこに腰をかけた。
◆◇◆
「くそおおおっ! 離せええーっ!!」
その頃セシルは、アイラとリアーナの手を払い除け、観客席から闘技場へ飛び降りようとした所を帝国兵士達に取り押さえられていた。
闘技場の中央では、ロイドとジルクが殺し合いを始め、どちらも深い傷を負ってしまっている。
「どうした、どうしたーっ!! もっと全力を出さないと貴様の息子の命は無いぞっ!!」
ピケルは肩で息をしているロイドの背中に、激しく鞭を打ち付けた。
「ぐあああっ!」
ロイドは、ピケルの鞭で前方に倒れそうになるが、手に持った長剣でそれをどうにか防いだ。
がしかし、彼の目の前にはサーベルタイガーのジルクが迫っていた。
ロイドは襲いかかって来たジルクの顔を見つめる。
「すまないなジルク。あの時俺がお前を楽に死なせてやれば、こんな可哀想な事にはならなかったのだ。……お前もまた私の息子、殺せる訳がない。さらばだジルク、そしてレイよ!!」
ロイドは剣を捨て、両手を左右に大きく広げた。
誰もがサーベルタイガーのジルクが、無防備になったロイドにその大きく獰猛な牙で噛み付くかと思った。
しかし、突然ジルクは動きを止めてロイドの前に立ち止まってしまったのだった。
「ジ、ジルク……!?」
「…………。」
「まさか、私が分かるのか!?」
するとジルクは、ロイドの顔をペロペロと舐め始めたのだ。
「……ははは。そうか私が分かるのか、そうだロイドだ。お前をレイと一緒に育てたロイドだぞ。」
ロイドは目に涙を浮かべ、ジルクの首を抱きしめた。
闘技場の観衆はその光景を見てざわめき立っている。
やがて、それを見ていた観客席のタナトスは激高する。
「おのれええっ!!そんな陳腐な舞台など見てたまるか! 殺せええいっ!父親も魔物も今すぐ殺せええっ!!」
領主タナトスの合図で、観客席からロイドとジルクを取り囲むように配備していた帝国兵士達が、一斉に弓矢を放つのであった。




