慈悲深い領主
「ククク。このミスリル製の剣をさっそく試させてもらうぞ、醜い魔物よ!」
闘技場で剣を構えたピケルは、サーベルタイガーのジルクに襲いかかった。
間一髪でピケルの剣を交わすジルクだったが、完全には避けきれず体に深い傷が付いてしまった。
良く見るとジルクの体には数本の矢が刺さっており、すでに傷だらけの状態だったのだ。
「ジ、ジルクーっ!! や、やめてくれえええっ!ジルクを殺さないでくれええーっ!!」
泣き叫ぶレイ。
闘技場には、それをじっくり楽しむように見ていた1人の人物がいた。
その人物が近くに控えている側近の兵士に口を開く。
「ふむ、何という悲劇!現実とは、かく残酷な物よのう。ん?お前もそうは思わんか?」
「はっ!タナトス様のおっしゃる通りかと。」
ベルグラードの領主であるタナトスであった。
「自分の飼っていた魔物が、自分の作ったミスリルの剣で殺されるとはな。······まさに悲劇!これこそがリアルな舞台! 演劇などではこうは楽しめんぞっ!素晴らしい、実に素晴らしいっ!!」
タナトスは自分のでっぷりとした下腹を撫でると、手に持った果実酒を飲み干した。
「ゲップっ!闘技場でリアルな舞台を見ながらやる酒はまた格別よのう。」
――――ガルルルっ!!
目の前の敵に唸りを上げたジルクだったが、すでに負っているいくつもの大きな傷が、その唸り声を小さくしていた。
「さて、そろそろ本気で行くぞ醜い魔物よ! 飼い主の作った剣で八つ裂きになるが良い!ククク、 フハハハハハーっ!」
そう言ってピケルは前方に大きく踏み込むと、ミスリルの剣をジルクの身体に突き刺した。
ジルクはそこから大量の鮮血を吹き出し、やがて地面に倒れたのだった。
「ジ、ジルクーっ!! う、うわああああああーっ!し、 死ぬな、死なないでくれジルクーっ!!」
闘技場の観客席から飛び降りようとしたレイだったが、すぐに警備の帝国兵士に取り押さえられる。
「ふん、あの魔物は鉱石を探す事を拒否する様になり、全く使い物にならなくなったが、最後に面白いショーは観せてくれたな。」
側近の兵士によって、新たに注がれた果実酒を飲み干すタナトス。
「タナトス様! まだ魔物にかすかに息がありますが、どうなされますか?」
ジルクに剣を突き立てたピケルが、タナトスに尋ねる。
「ジ、ジルクーっ! ……りょ、領主様ああっ!お、お願いします、ジルクを、ジルクをどうか殺さないで下さいいいいっ! あ、あいつは人間を襲ったりする奴じゃないんですっ! 大人しくていい奴なんですっ!! 」
頭を地面に付けて懇願するレイ。
「んん? そんなに殺さないで欲しいのか? ……ふむ、良かろう。私も無慈悲な領主ではないからな。……そうだな、お前達?」
「「はっ!タナトス様は慈悲深い領主様ですっ!!」」
側近の兵士達が口を揃えると、タナトスは再び口を開く。
「ふむ、あの魔物は檻に入れてから治療してやれ。(……また面白い悲劇が観られるかもしれんしなあ。)」
「……タ、タナトス様、あの武器屋の店主はどうなされますか!?」
恐る恐る尋ねた兵士にタナトスが命令する。
「・・・・・・家に帰してやれ。」
「は!?」
「その若者を、家に帰してやれと言っておるのだ!」
まったく想像していなかったタナトスの言葉に、帝国兵士達は唖然としていたのだった。




