羊飼いヴォルカス
翌日、ノーヴィスの村で太陽が天頂を通過した頃、村の入口付近の野道を歩く1人の男がいた。
男は背に大きな荷物を持ち、腰には歩行の邪魔にならないような小剣を帯刀している。
「クク、それにしても高値で売れたなあ。今夜は久しぶりの果実酒と肉で宴会といくか!」
羊飼いのヴォルカスは、市場でアルパカの毛が高値で売れた為、冬を越す為の食料や生活用品をしこたま買い込んで、ノーヴィスの村に帰って来た所だった。
そんなヴォルカスであったが、村の古びた家屋や大きな木々の陰に隠れて彼の様子を伺っている影がいくつもあった。
「んん?7、いや8人か。ほんの僅かに金属の擦れる音が聞こえるな。······おい!俺に何か用があるなら出て来たらどうだっ!?」
ヴォルカスの声に反応した人影は、腰に突けていた剣を抜いて歩み寄り、やがて先頭の男が口を開いた。
「貴様は羊飼いセシルの父親、ヴォルカスであろう!?」
「ああん?······おお、これはこれは、帝国兵士殿が一体何の用ですかな?」
ヴォルカスが村に入るのを待ち伏せしていたのは、ピケル率いる帝国兵士達であった。
ピケルはさらに話を続ける。
「貴様の息子は国家反逆罪で逃亡しておるぞ!」
「んあ!?セシルが国家反逆罪!?」
「黒エルフやオーガを匿り、平民の分際で帝国兵士に剣を向けたのだっ!」
「······!」
しばらく呆気に取られていたヴォルカスであったが、何かを悟ったように豪快に笑い出した。
「ガハハハハハハーっ!」
「き、貴様~!何が可笑しいのだっ!貴様も息子同様、死罪は免れんぞっ!!」
「いやいや、あの小便臭いバカ息子が立派になったと思ってな!こりゃ笑いが止まらんわ!ガハハハハハハーっ!!」
「お、おのれ~っ!平民の卑しい身分の者が何という態度だっ! ······おい!お前ら、この卑しい羊飼いを捕らえて拷問するのだ!息子の居場所を聞き出せいっ!!」
ピケルが怒りで顔を紅潮させながら、7名の部下に命令を下す。
すると7名の部下は一斉にヴォルカスを取り囲み、どんどん詰め寄っていく。
「拷問とは物騒ですなあ。では捕まる訳にはいきますまい。今は大事な酒と肉も持っているしな。」
そう言うとヴォルカスは腰に帯刀していた小剣を引き抜いた。
「うーん、やっぱり本物の剣は軽いな。こりゃ実戦は久しぶり過ぎて、加減が出来んかもしれんぞ。」
「な、何をブツブツ言っておるのだ!行くぞーっ!!」
帝国兵士の2名が同時にヴォルカスに襲いかかった。
「おいおい、『行くぞ』なんて言ったら、相手に備えてくださいって言ってるようなもんだぞ。」
ヴォルカスは1人の剣を軽くかわすと、もう1人の剣を大雑把になぎ払った。
「ええいっ! 何をやっておるのだ貴様らは! 相手は大荷物を背負っておるだぞ! とっとと捕縛せぬかっ!!」
「「はっ!!」」
今度は帝国兵士7人が全員でヴォルカスに襲いかかる。
しかし、全ての兵士達はヴォルカスの凄まじい斬撃で、次々と後方に吹っ飛ばされてしまい、あっという間に戦意を失ってしまったのだった。
「お、おのれええええーっ!!」
たった1人残ったピケルもヴォルカスに突っ込んでいくが、軽くかわされ、目の前に小剣を突き付けれれてしまう。
「おいおい、お前ら息子のセシルにも勝てなかったんだろ? 俺はあいつの10倍、いや20倍は強えぞ。勝てるわけがねーだろうが。ガハハハハハハハーっ!」
「い、一体お前ら親子は、な、何者なのだっ!?」
小剣を目の前に突き付けられたピケルが顔面蒼白にしてヴォルカスに尋ねる。
「ただの卑しい羊飼いさ。······でも今度お前らが俺の前に姿を現したら殺すぞ。」
ヴォルカスの凄まじい殺気に、ピケルは腰が抜けて地面に膝を落としてしまった。
「じゃあな!帝国の青瓢箪ども!」
ヴォルカスは何事も無かった様に、村には入らずどこかに歩いて行ってしまったのだった。




