最初の約束「君が1人笑えないなら、僕が君を笑わせる」
なにかあれば受け付けます!
--戦え
降り注ぐ雨音以外聞こえない場所で、脳裏に聞こえてくる。
もう幾度繰り返しただろうか、それでも人は変われないのだと理解もした。
私は所詮、その程度のことしか出来ない。
必要もされず、私と戦った者は皆再び歩く事も無かった。
--お前は生きていても意味なんて無い
また呟やかれる。
10年以上言われ続けた言葉、最初から何も貰えなかった2人から言われた、ただ1つの教え。
冷たい。
長い髪濡れちゃった、体も冷えちゃった。
左手で体を抱いてみる。
今日も生きてる。
空を見上げてみよう。
あ、雲が引いていく。
見上げると青色の空を覆っていた、鼠色の雲はここから去っていく様に別れていった。
同時に雨も止み始めて、周りの景色まで見えるようになった。
私が1番好きな時間。
誰にも求められなくて、知られなくて、怒られない。
戻らなきゃ。
私はそう思って耳が破けそうな程うるさかった、私の居場所にさよならをした。
少し居すぎたかな、また怒られるのは嫌だな。
私は自分の家の扉に立つと、2回ノックをした。
返事があるまで待つ。
今日は留守かもしれない、もしかしたら死んだのかもと思われてるかもしれない。
また、外で待つ様かな。
遅くなった私が悪い、この時間が一番嫌い。
他の人から蔑まれる様な目で見られて、それでもこちらに寄ってこない。
長い時は何日も日をまたいでから、入れてもらえる時もある。
寒い。
日差しだけが暖かい。
扉前の石に座っていると、後ろからガチャと音が聞こえてくる。
「さっさと入れこのゴミ!ったく、一々ここに居座られるのが迷惑なんだよ!死んでくれれば良かったのによ!」
ほらまた、怒られた。
お父さんは何時もこうやって私を見ては吐き捨てる様に言う。
私は汚さない様に、汚い靴を脱いで私の寝床に戻る。
暗い青色は金属の音を鈍く立てて、開く。
私が入るとお父さんは扉を閉めて、頑丈な鍵穴が付いた物で施錠する。
寝よう。
私は何も考えずに眠る事にした。
次呼ばれるのは何時かな。
それだけ思い、深い眠りに付いた。
暗い夢、その中心に私は立っていた。
何人殺しただろうか。
何人の人の笑顔を奪っただろうか。
何度死ぬ人の涙を見ただろうか。
――これはお前の生きる意味だ
物心付いて、お父さんとお母さんによく言われた言葉。
戦場という場所に出たのも10を超えないくらいだと思う。
お父さんがそんな事を口に出していたから。
――両親はもっと優しいものだよ
数々の同じ土を踏む人はそう言った。
何度も繰り返す内に自分は異常な環境なんだと思った。
だけど、その時にはもうどうでもよかった。
その人達はもういない。
お父さんの教えで『一緒に共闘した人も殺せ』とあったから。
夢から覚めたのは突然だった。
「げほっ……げほっ」
痛みを感じ、恐らく起こしに来てくれたのだ。
痛みは腹部に蹴りを入れられたからだと思う。
「ほら、早く立て!面白い所から仕事が飛んで来たんだ」
今回のお父さんは上機嫌に見えた。
それは起こし方もだけれど、ひとりでに笑いながら語るのは珍しいから。
何時もは蹴りを入れて起きた所、私の髪を掴んでは水に押し付けるから。
今回は誰を殺すのかな
私は口に出さない、この先もずっとこのままだと思う。
色んな人に聞いて、学んだ。
それでも私には必要無い事だから。
「何をしている!さっさとその薄汚い姿を正せ!何も言わないと何も出来ないのか!」
上機嫌だったのに機嫌を損ねてしまった。
私は歩き出し、金属の扉を開いてはシャワーを浴びに行く。
お父さんは私の境遇を隠したいみたい。
村娘の様に一般の兵士だと思わせたいのかな。
『家を出る時は綺麗にして出ろ、そうすればお前は気づかれない』
戦場へ出る時も周りに合わせた様な服を着て、出る。
支給される防具も付ければ周りと同じ。
でも周りとは違う。
それでも私は……生きる意味がそれしかない。
支度をしてお父さんが待つ外へ向かうと、見慣れない大きな物が置いてあった。
見覚えがあるのは前にいる馬くらい。
「いや〜、この度は内の娘を護衛に雇ってくれるとはお目が高い!なんて言ったって、幾多の戦場も生き延びて居ますからな!」
高笑いするお父さんの目の前には、私と同じくらいの背の高さの男の人が立っていた。
その人はお父さんと同じ様に笑顔で、話をしていた。
私が見ていると気づいたのか、彼はこちらに微笑みを掛けてくる。
次はこの人かな。
そんな気がした。
私とは裏腹にお父さんは決まった一言を私にかける。
「何時もの頼むぞ」
笑顔で肩を叩いて、自慢の娘の様に振舞いつつ、私に『終わったら殺せ』と言ってくる。
そう私には結局何も決められないのだ。
お父さんの顔を見ると、背筋が寒くなる。
『失敗するな、バレるな、バラすな、そうすればどうしようもない屑のお前にここへいさせてやる』そう何度も繰り返し私にそう言った。
彼の事も忘れよう。
いつしか身に染みた言葉。
戦場で私自身以外に残る人はいない。
最初は喋る事もしていた。
だけど結局、話さなくなる。
なら、口なんていらない、呼吸だけでいい。
「こいつ、喋るのが苦手でしてね。全く口を開かないんですよ」
何も言わない私に補足する様に、お父さんは言う。
だけど、私の前にいるお父さんは私だけに聞こえるくらいに小さく、舌打ちが聞こえた。
少ししてお父さんは私が馬車と言っていた中へ入ると出発まで見送っていた。
それを遠ざかるお父さんを見ていると、私の隣に乗っている彼が声を掛けてきた。
「名前を聞いていなかったね、なんて言うのかな」
私に質問をしてくる。
私は答えない。
視線を彼に向けると、不思議そうに私を見た。
「あ、ごめんね。僕の名前はアルトネリア・クライン。クラインと呼んでくれると嬉しいな」
笑顔が綺麗。
珍しく私はそんな感想を抱いた。
いろんな人の顔を見たけど、ここまで感想は初めてかもしれない。
だけど。
そう。
それだけを心の中へ呟いて、気にもせず彼から正面へ視線を移した。
すると彼の方から唸るような声が小さく聞こえる。
その声が、頷く声に変わったとき。
彼が私に対して何かを呟いた。
「うん、僕の質問に対して何も返答が無い場合。僕は君を解雇しよう」
解雇……解雇!?
私は耳を疑った。
解雇ということは、失敗ということ。
その言葉に私は、周りなんて気にすることが出来ないくらい慌てふためいた。
どうしよう、どうしよう。声を出さなきゃ……名前? 名前……私の名前ってなんだろう。
慌ててながら色々考える。
だけど、自分の名前がなんなのか知らない。
お父さんは私の事、クズと言っていたからクズ? それともシネ? いらない?
「いきなりどうしたの?」
「わ……わた、しの……なまえしら、ない」
精一杯考えて声を出したときには、上手く言葉が出来なくて、質問に答えられなくて。
私は多分、解雇される。
そう思うと、頭が下がった。
今戻ればお父さんに怒られ、生きる意味の無い私は捨てられる。
私はここで終わるんだ。何度も生きる意味の無い私はもう。
すると何故か、手に温かい感触が触れた。
温かい……。
「それじゃ僕が君に名前を付けてあげる。僕が君の名前を、僕の家に付くまでに考えてあげる」
だから、君の事を教えて欲しい。
そう彼は言った。
話慣れてない私は、彼の言葉に耳を傾けた。
少しだけ、少しだけだけど……。
自分の、名前が欲しい、そんな事を思った。
恐らく道中、揺られてる間私は彼の話を聞いていた。
私自身、喋ることは少なかったけど……。
私に語りかけてくる彼の表情は楽しそうだった。
そんな彼に少し、胸の中に少しだけ熱くなるものがあった気がした。
馬車が止まる時には、空が夕日に変わっていて、私はそこで長く時間経ってのかと実感出来た。
私の家よりデカイ。
彼が言っていた家は、戦争をする所にある要塞みたいに大きかった。
横に座っていた彼は椅子から降りると、私の方へ手を差し伸べる。
取ろうか、迷っていると微笑んで私に優しく声をかけた。
「驚いた?堅苦しいけど、みんな優しい人達だから気にしないで」
それとね……。
私は手を取り、同じ様に降りると彼の方を見た。
彼は少し照れ臭そうに目を逸らしながら私に言う。
「君の名前はアイリス、なんてどうかな?」
名前……私の、名前……。
あの人達が言っていた、誰にも持ってる言葉。
目が熱い、何故?眠いわけでもないのに……。
彼はそんな私を余所に声をかける。
「どうしたの?少し震えてるけど、もしかして嫌だった?」
なんて返せば、いいのだろう?
分からない。
何故堪えなきゃいけない意味も分からないのに、嬉しいのに言葉に出せないのに、何故嬉しいかも分からないのに。
こういう時はなんと言えばいいのだろう。
私は、彼の質問が解雇と結び付いてる恐怖より……この気持ちをどう表現すれば良いのかを考えていた。
でも、何故か知ってる、気がする。
私のせいで、居なくなった人達が誰しも言っていた言葉が……。
「あ、あり……」
「おかえりなさいませ!アルトネリア様!」
言葉は遮られた。
彼の方へ視線を向けると先程の大きい声の方へ、笑顔を向けていた。
彼はこちらへ戻すと。
不思議そうに私を見たが、すぐに笑顔に戻して。
「ほら、行こう。君が知らない物、見せてあげる」
もう一度言おう、そう思った。
だけど、何故そんな言葉をかけようと思ったのかと考えると、どうでもよくなってしまった。
教えてくれても、結局は。
手を引かれ、小走りの彼に何とか合わせる様歩いていく。
言葉を交わしても、動かなくなってしまう。それなら、必要な事だけ、質問された事だけを喋ればいい。
彼は色々な物を教えてくれた。
知っている物から知らない物まで、様々な物がそこにはあった。
あまり表情に出ていないのか彼は私につまらないか、度々聞いてきた。
本当は……ほとんどは知らない物で驚く事が多かったのに。
会う人はみんな笑顔で彼に挨拶をしていた。
全員ではない、けど彼に難色を示す様な冷たい声を彼が居ない時の、小さい声も聞こえた。
彼は……彼の生きる意味はなんだろう。
そんな余計な事まで考える程、私は彼を見ていた。
最後だと言われ案内された場所は、綺麗だった。
青い空の下で緑の芝生は、色とりどりと言えばいいのか、少し浮つかせる雰囲気の物がそこにあった。
彼は楽しげに、早歩きで私の手を引く。
白い傘の様な建物、そこに誰かが座っていてこちらに手を振っていた。
「お母様、新しい従者を連れてきました!」
「そうなの?そう、貴女が……ごきげんよう」
大人びているとはこの事を言うのだろうか。
お母様と呼ばれた彼女は、静かに立ち上がり、私の方へ挨拶をした。
綺麗な人だけど、少し……辛そうに見える。
私は死をよく間近で見ているせいか、人の死という瞬間を見ていた。
この人は隠している様だけど青白い顔色や無理した笑顔は……もう少しで亡くなられるのが分かってしまった。
この人はそう長くはないかな
言葉は口に出さず、心の中で言った。
そんな私を余所に彼女は、彼と一緒に楽しそうに話をし始めた。
私はただその2人を眺めた。
お母さん、か……
無意識に私は、歯を噛みしめていた。
悔しいのか、羨ましいのか、疎外感を覚えたのか私は1人、この時間が早く終わって欲しい、そう思っていた。
胸が痛くて、何かが溢れそうですぐにでも何処かへ行きたかった。
2人は満足するまで話をしていた。
終わる頃には空が暗くなり、眠そうに目を擦っている人の姿もいた。
一通りの案内が終わって、私は自分の部屋だと言われ案内された。
使用人はあんな服を着るんだ
彼は用事があるという事で、使用人の人が案内してくれた。
周りを見渡すと、広い部屋で見た事も無い物が多くあった。
護身用の剣も置かれ、それを持って私は床に座り、目を閉じてただ時間が過ぎるのを待つ。
お父さんの実行しろは、私の様子を見た時に言い渡される。
来るまで私は、ただその時まで私には関係の無いその景色を眺めていればいい。
それが私が一番好きな時間だから
最初の頃、私は知りたがりの子供だった事を覚えてる。
戦場に繰り出す前、何人もの大きな人にいっぱい笑いながら囲まれて。
文字や話し方、優しさなど私は色々聞かされ、希望を抱いた。
だけど私にはそんな希望、必要が無いと思い知らされた。
お父さんの言いつけで、全員殺す事は誰にも言うな、というもの、一方のお母さんはとりあえず笑ってなさいと言われた。
殺すのはどうやるの?と聞くとお父さんは。
――胸に鋭い刃物を刺すんだよ、動かなくなれば完成だ。簡単だろう?
最初の私はそれが何なのか分からなかった。
あの時、私は知りたかった、知るべきだった。
殺すという事は死ぬ、死ぬという事は……もう二度とその人は動き出さないことに。
最初に行った戦場で、人の殺し方を学んだ。
同時に私がどうしようもない事になる事も。
最初から、最初から死ぬ時の人の声が止まない事があった。
夢にも出てくる、どうして、どうしてと。
殺す方法は覚えても殺したらどうなるか分からなかった。
でも、分かっても止める事が出来なかった。
これも言いつけ。
『お前は殺す事が生きる意味だ、殺す事をしなければお前に生きてる意味は無い』
何回目か分からない戦場で殺せなかった事があった、1人の少年だけ。
家に帰ったら、お父さんとお母さんに強い力で引っ張られた。
痛い痛いと言っても、私の事を怒鳴り散らすだけ。
その後……。
物音がした。
警戒しつつ小さく目を開く。
真っ暗な部屋。
私は剣の鞘に手を掛ける、足音が止まる。
片手を静かに床に置き、すぐ動ける様に体を少し音がした方へ向ける。
動作を確認した瞬間に、剣を引き抜き目標の首へ……。
「ご、ごめん……」
音の正体は彼だった。
咄嗟にブレーキを掛けるが、はね飛ばす勢いで抜かれた剣は止まる事を知らない。
間に合わない、そう思って反射的に目を閉じてしまう。
「驚かせちゃったかな。その剣を降ろしてくれると嬉しいんだけど……」
彼の言葉が聞こえ、恐る恐る目を開ける。
私の手を掴み、彼の首元ギリギリの位置で刃が止まっていた。
よく見ると冷や汗はかいているものの、笑顔が引きつっているだけだった。
私はそれを見て驚きを隠せなかった。
彼だった時に何故止めようとしたのか、彼が私の腕を何のことも無いように受け止めた事。
「危なかった、君が途中で止めようとしてくれなければ死んでたよ。何時もは戦いの中だからしょうがないけど、ここではゆっくりしてほしいな」
それと、と呟いて彼は私の手を離しつつ真剣な面持ちで。
「君はどうして、泣いているの?」
彼の手は私の頬に触れた。
それを気にする事よりも、夢でもあった1人の少年に重なって見えた。
たった1人、周りにいくつもの人が倒れてるその側で、物陰の小さな瓦礫に泣声と共に。
私が唯一話をした、たった1人の少年。
何故あの時あそこに居たのか。
私は殺さずに、あの場を立ち去ったのか。
どんな会話をしたのか1つも今はもう分からない。
でも、あの時居た少年は……大きくなっていたなって、そう思えた。
「よく覚えて、いない。けど、君と会った事がある気がする。君に似た、表情が無くて喋りが下手で……それでも僕を強く喋りかけてくれたあの人に」
泣き虫で、言うことも全て自分を責めて、自分で自分を傷つけようとしていた。
あの時の私は誰も信用しなくて、それでも生きなきゃいけなかった。
1度も自分が死のうと思っていなかった。
何度いらないと言われても、生きる意味がそこにはあったから。
『いきる、いみ……なくなる、まで。しんじゃ、だめ』
何故彼だったのか、何故そこにいた私が言ったのか。
「僕が依頼する時、君との記憶を探って探したんだ。無表情で、ほとんど喋らない少女の事」
片方の手も私の手に触れて、彼は私に言った。
「君を笑わせる。いいや、きっと笑わせてみる。君が1人笑えないのなら、僕が君を笑わせる」
笑う。
意味は知ってるし、人の顔を見たこともある。
鏡、それを見たときの自分はどんな表情をしていただろうか。
何も感じないそんな顔を見ていた気がする。
笑うって、笑顔ってなんだろうか。
彼の生きる意味よりも、それが1番、今は知りたかった。
彼が落ち着く頃、気を抜いたように声を出した。
「君が入浴、してないから呼びに来たんだ。使用人の方々にも呼んでもらってお願いしようと思ったけど、僕が来て正解だったかな」
彼が扉の奥を指すと、そこには小さく空いてガクガク震えている2人程、使用人の服を来た人が覗いていた。
「本当は助けるつもり、だったんだろうけどね。僕らが喋っている間はずっと腰抜かしてたんじゃないかな。人の対応は出来ても、戦闘訓練を受けた訳じゃないから」
ほら、怖がってるから謝って。
そう彼は私に言った。
「ごめん、なさい……」
私はそう言って頭を下げた。
お父さんは私を叱る時、怒鳴りながらそうやるように言っていた。
そして、罰があるまでそこでずっとそうしていろ、と。
頭を上げずに、そのまま何かあるまでジッとしていると2人は動転した声で私に話かけた。
「い、いえいえ! こちらもすみませんでした!!」
「ここは謝っちゃダメじゃない! でもすみませんでした!!」
それでも罰は飛んでこなかった。
自分は悪い事をした。
なら素直に謝らないといけない、それもお父さんの言葉だった。
生きる意味の無い存在なんだから、そこにいるだけで邪魔なんだからと何度も殴られて、蹴られて覚える事ができた。
「ばつ、は、なん……ですか」
「は、はい! え? 罰ですか?」
「そうですね! え? 罰ですか?」
私は顔を上げずにそのまま待つ。
蹴られたり殴られたり、そんな事であれば慣れている。
だけどそんな私の予想は外れていた。
「ば、罰なんてそんな!」
「覗き見してた私達の方がよっぽど!」
「罰、か……それなら君の名前を教えてあげた方がいいんじゃないかな?」
2人から返って来たのは否定だった。
そして私の横で聞こえて来たのは彼の声で。
私は戸惑い、落ち着かなくて、どこかドキドキする様な緊張感で。
名前……私の、名前。
「アイ、リス……かれ、から、もらった」
纏まらない考えの中、出た言葉はそれだった。
「話込んじゃったけど、アイリスさんの事お願いするよ」
「分かりました!それではご案内しますのでついて来てください!」
「どうぞ、警戒しなくてもいいですよ〜」
更に戸惑う。
1人困惑してると、2人は私の背中を押しながら部屋から連れ出す。
入浴とは何か分からなかった。
ただ何時もの様に、服を脱いでいると2人は私の方を見て少し心配そうな顔をしていた。
身体を洗う時、何故か手伝うといって2人に囲まれ洗われた。
この2人は他の人とは違う気がする。
「今日のアルトネリア様、かっこよかったですよね。アイリスさんに告白してたと思われてもおかしくないですよ」
「うん、かっこよかった! 普段は明るい方ですけど、あんなに真剣な表情見たこと無いです」
洗われる私を置いてキャッキャと彼に付いて2人で話始める。
嫌では無かった。
彼の名前をもう1度、聞くことが出来たのだから。
私はかなり前から物覚えが悪いらしい、その度に怒りが何度も向けられた事もある。
今、この時間だけでも覚えていたい。そんなこと1度も思ったことは無かった、けど……例え殺してしまっても、彼との事は覚えていたい
2度と動かなくなっても、彼のかけてくれた言葉は凄く暖かくて、胸が熱くなって、目の奥からこんなにも溢れそうで
知りたい、彼のことを。
何時まで続くだろうか、何時までこの時間が続いてくれるのだろうか。
瞬き程の時間で私は、その小さな気持ちを抱いた。
何回も日が昇り、日が落ちた。
彼の隣で話を聞いて、ほんの僅かな会話もして、私の知っている世界とは違くて。
幸せだと言えた。
言葉だけ知っていた自分だけど、何度も話をした時にこれが幸せなんだと感じることができた。
その終わりは必ずやってきて、どんなに私が願おうとしてもやってきた。
お父さんがやってきた。
それは実行の合図で、私がどんなに言っても変えられない。
それが私の生きる意味で、どんなに……どんなに幸せだろうと。
分かった理由は周りの使用人が騒いでいたからだ。
「早くしろ! このゴミ! 失敗するなよ、お前みたいな邪魔者。さっさとやれ! 動けこのノロマ! 王子を見てから、帰るからな」
床に座っていた私を蹴り飛ばして、誰にも居ない時を狙って怒鳴り声。
蹴り飛ばされた私は横に倒れ込み、それをお父さんは私の顔へ足で踏みつけた。
次に腹部を蹴り、立てと命令する。
やらない、と。
「見せしめに、本物の剣での実践練習をさせてくれと言っておいた。ほら、さっさと動け!」
少し痛いくらいで、別に構わない。
私は立ち上がって剣を持つ。
断って欲しかった。
彼……アルトネリアには、少しでも生きて欲しかった。
私は怒られてもいい、死んでしまってもいい、目の前にいる彼には。
笑う、泣く、怒る、楽しむ。
それを教えてくれた人だから。
「お手柔らかに頼むよ。上手い方では無いんだけどね」
今でも笑ってる。
「2人共、準備はいいですか?」
「はい」
「……はい」
私と彼の合意を受け、中央に立った男性は開始の1言。
「始め!」
最初に動いたのは彼だ。
走ってくる彼に私は真正面から受ける。
剣と剣のぶつかり合う音。
ここは戦場、それでも私は……彼を殺したくない。
押し負けるわけ無いのに、すぐに殺す事だって出来るのに。
「……大丈夫だよ、アイリス」
「……え?」
「僕を殺さなくてもいいんだよ」
迷いで見えなかった彼の顔は、凄く笑っていて。
飛び退き、彼から距離を取る。
彼には分からない、これは私の生きる意味で、どんな事でも覆ることが出来ない。
戦わなきゃいけない、殺さなきゃいけない、ただ許された事なのだから。
「わた、しは……いきないと、いけない!」
次は私が進む。
普段は違うのに、何時もはもっと小さな動作で動くのに、体は大振りになる。
彼は剣で外へ受け払い、私に向けて斬りつけてくる。
払われた手を無理やり戻して、剣で受け止める。
彼はその状態で私に話しかける。
「この数日、君を自由にするために動いていたんだ。体中が傷だらけだったこと確証は無かったけど、君のお父さんのことに付いて調べさせてもらった」
「そ、れが……どうし、て」
彼は後方へ飛び退くと、大声で周りに視線を向けながら喋る。
「カルデナイト卿、この場で問いたい。彼女を使った大量虐殺、及び上級階級へ護衛見せかけた暗殺、それに付いて説明してもらいたい!」
そして私を見て。
「実践訓練と称しての、私の殺人計画。これをどう説明付けるつもりですか? 彼女との会話、僕が聞いていないと思ってましたか」
実践訓練の場に多くの人が集まっていた人がお父さんに集中する。
お父さんは慌てた様に立ち上がり、手振りを添えて反論。
「デタラメだ! 私は何もしていない、そんな事実があったとしても、やったのはこの小娘だ! 私は無実だ! 捕まえるなら、このゴミを!」
「実の娘をゴミ呼ばわり、あの2人に調べさせたかいがあったかな」
彼は真剣な表情から、私へ微笑みかけた。
私はどうしていいか分からなくて、状況も分からなくて。
「ねぇアイリス。あの時言ってたよね、気づいてない呟きだったと思うけど、僕の生きる意味を知りたいって」
大きく息を吸って。
「もう1度君に出会って、何時も無表情で泣きそうな君を笑わせる事、今はそれが僕の生きる意味だ」
周りは騒ぎ、お父さんは拘束されても言い訳を繰り返していた。
でも今はそんな事どうでもよかった。
やっぱりあの時に出会った、彼だった事。
同時に、彼は私に殺さなくていいと言ったこと。
目が熱くて、こんな事今まで無かったのに、何かが溢れて。
本当の事なのかも分からないけど、それでも信じたくて、もう彼を傷つけたくなくて。
こういう時なんて言うんだっけ……そうだ、あの時言えなかったあの言葉を。
「あり、が、とう……」
目から冷たい何かが伝うけど、何故か嬉しい……そうこれが嬉しいのかな。
初めて、初めて顔で表情を作れた、気がした。
あれから様々なことがあった。
お父さんは処刑の刑で居なくなってしまったり、私はどんな処置があるのかと言われていた。
「よかったじゃないか、アイリス。また僕の隣で話を聞く事が出来るんだから」
「う、ん……うれ、しい」
まだ喋る事も上手くいかない。
処置は、彼が進言して護衛することになったと言っていた。
表情もまだ作るのは出来ないかもしれない。
それでも今、私の生きる意味は。
彼の側でいろんな事を、喋ったり、笑ってみたいな。
お読み頂いてありがとうございました~