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針金研究部

本日の午後の授業も難なくクリアした。

特にこれと言って事件事故は起こらず、噂は本当に噂だったのかと思うぐらい平和だった。

まるで一年B組は何かのオーラで守られているような気分だった。

午後は午前と違い、美袋はきちんと黒板を見ながら先生たちの講義を聞いていた。

きっと何かが窓から飛んでこないか構えていたんだろう。

何も起こらないことを確信したみたいだ。


放課後はどうしようかと俺は帰りのホームルームで考えていた。

「ところで竹上くん。君はもう部活はいったのかい?」

ホームルームが終わりみんなが席を離れ部活に行く中、俺に声をかけてきたのは委員長の飯塚だった。

「いや、まだだけど」

「そうかーそうかーうんうん。だろうと思ったんだよね」

だろうと思ったというのは委員長、まさか読心術でも得ているのか?

「美袋さんも部活はいってないだろうし、二人でどこかの部に入部しちゃいなよ」

ニヒヒと言いながら右手の親指を立てて委員長は勧誘する。

「美袋は何か入りたい部があるのか?」

「と、特に。中学も部活やっていなかったので…」

その理由がなんとなくわかった。だから高校でも入らない気なのだ。

「うーん」

「どうした?」

「ねぇふたりとも。秋高ってなんで部活が多い学校なんだと思う?」

「そりゃーそれが売りなんだろ?」

「ブブー! 違うよ! 入部届の説明欄ちゃんと読んだ?」

俺と美袋は目をあわせて首をかしげた。

その姿をみて委員長は「はあ~」と息をはき呆れている。

「秋風高校は部活入部必須な学校なの! だから誰ひとりとして帰宅部には入部できませんのことです!」

ビシッと人差し指を俺達に向ける。なんということだ。俺は基本汗をかきたくない。汗の出る場面に遭遇したならば近くにシャワー室がないと困る。ベタベタ肌は苦手なんだ。それを踏まえるとシャワー室なんて水泳部の使うプール用のシャワーしかない。なので運動部は却下。では文化部はどうだ? あぁ俺は国語が苦手だ。絵なんてもってのほか。楽器も楽譜が読めない。唯一できるのは人の話を聞いてあげることぐらいだ。あ、針金研究部は果たして運動系なのか? 文化系なのか?

「わたし、その…」

美袋が何か言いかけたところに俺は閃いた。そうか今から部活見学に行けばいい。

「委員長。俺達これから部活見学行ってくる。今週中には入部届けを出す」

「おっ! 目標があることはいいことだ。いきたまえいきたまえ~」

「ちなみに委員長は何部なんだ?」

「え、私? 私は新聞部! ゴシップや特ダネとかあったらぜひこの飯塚愛鈴に!」

飯塚はポケットから名刺入れをだし、その中にある自分の名刺を俺達に配った。

なんという可愛らしいデコレーションなんだ。名刺サイズの白い用紙に部活名と学年組み、自分の名前と連絡先、メールアドレスまで載っている。その枠組に女性らしい花やハートなどの装飾がされている。こういうのもらうのは初めてで少し感動した。

「では、私は部活にいってきますっ! もし入る部活なかったら私のところに来ていいよ」

飯塚はカバンを持ち、大きく手を振って教室を出た。


「さて、部活見学いくか?」

「…うん」

少し乗り気ではなさそうだったが、入部必須ならば仕方ないと思う。俺はカバンから入部届の用紙を出し、気になる部活を見ることにした。

「ちなみに美袋は気になる部活あるのか?」

「えーっと…はり、がね?」

なんということだろう。美袋もその部活が気になっているのか!

「だよな。これ一番気になるよな? よし、見に行ってみよう!」

俺達は一応カバンを持ち、部活棟へと向かった。


向かう途中、いろんな生徒たちがヒソヒソと美袋をみて話していた。

教室内のみんなには理解を得たが、全生徒の理解はまだまだのようだ。

一年だけならまだしも、きっと二年や三年もこの噂を知っているだろう。

SNSの怖さたるや。美袋はもういい慣れているのかすれ違う人みんなに対し、何も思っていないように前だけを見ていた。少し下をみて歩いてはいたが、朝のように俺の後ろにくっついて歩くことはなかった。この一日での進歩は凄いと思う。あとは美袋が笑って過ごせたらいいのに。

部活棟の入り口に付き、俺達は入部届の部活欄をみる。そこには部活名と活動内容と主な活動場所が記載されている。文化系は部活棟の教室を使うのが主だ。そういえば、昼休みに美袋たちがいた教室はどの部活が使っているのだろう。

「針金研究部は一階の奥ですね」

「よし、いってみるか」


部活棟の一階奥までいく途中に五室あり、そこでもいろんな部が活動していた。入り口のところに部活名の書かれた看板もあればポスターもあった。ドアに「使用中」とかかれた札のかかったドアもあれば「オープン」と書かれた札のかかったドアもある。まるで占いの館にやってきた気分だ。


「ここか」

「そう、みたいですね」

俺達は入り口の前までやってきた。針金をつかって「はりけんへようこそ」と縦に書かれてある看板が入り口にあった。なるほど、道具すべてに針金を使う、針金愛好者の集まりなのか。俺はその扉をノックする。

「失礼します…」

ガラと開けるとそこには男子生徒が二人いた。一人は教科書と同じ大きさの本を読み、一人は針金を折り曲げながら何かを作っていた。

「お、一年? なに、入部希望者?」

先程本を読んでいた人が本を閉じ、席を立ち俺達の方へよってきた。

「見学にきました」

美袋は俺の後ろに相手から見えないように隠れている。

「ははーん。俺達のはりがねの美学に心惹かれたんだね。いいよ入って」

そういうわけではないんだが、とりあえず入ることにした。

「え? 女子もいるじゃん? アベック?」

「あ、あべ?」

「しかもこの子、みたことあるぞ俺! なぁナベ!」

ナベと呼ばれたその人は針金を折り曲げていた手をとめて俺達をみた。

「…しらん」

そしてまた折り曲げ始めた。不思議な人だ。

「にしても写真よりかわいいじゃん! 俺吉井です二年な!」

吉井先輩は美袋に自己紹介をした。いや、俺は?

「あの、あの人は何をつくっているんですか?」

「よくぞ聞いてくれた! こいつは渡辺。通称ナベ! ナベが今作ってるのは針金アートっていうやつだ」

ここからみている限り、ただ針金を折り曲げているだけにしか見えない。

「ほら、窓際の棚においてあるやつ、アレ全部針金で作ったイラストなんだぜ」

ナベ先輩から窓際に目を向けた。そこにはまるでスケッチブックに書いたイラストのようなものが並べてある。それが全て針金で作られていた。

「すごい…」

美袋は目を輝かせて驚いている。少し興味を持ったようだ。

「こんなのコツをつかめばちょちょいのちょいやで」

どこぞの洗剤キャラの決めゼリフを吉井先輩は言い放ち自慢した。

「一言とっておくがそれ全て俺ともうひとりの部員の作品だから」

ナベ先輩は手を動かしながら顔も向けずぼそっと言った。

「たはーネタバレはやいよーナベー。そんなわけで俺達針金研究部は研究自体はしてないけど、こうやって針金アートというものを作っている部だ」

吉井先輩から説明を受け、針金研究部の実態がしれたので俺は今日ぐっすり眠れそうだ。俺達は針金アートの作品を間近でみて、どうやってつくるのか疑問に思った。イラストは下絵をしてそこから本線でなぞるけど、針金はそうはいかない。

「ナベは頭に構図がもうできてるんだってよ。そこからどう曲げて何センチ先を右に左にってやっていくんだってさ」

吉井先輩は他人事のように話している。ナベ先輩は黙々と作成している。

美袋は窓際に並べられた作品をまじまじとみている。

「こーんな可愛い子だったらいつでも歓迎するよ」

「その時は俺も着いてきますが」

「…いいよ」

「いまの間はなんですか先輩?」


一通りの説明と作品を見終えたところで「考えておきます」と一言伝え、部室を出ていった。今度作品を見るときはきっと文化祭の展示会のときだろう。ナベ先輩がどんなアートを作り出すのか少し楽しみである。

「すごかったですね。色んな意味ですごい先輩もいましたけど」

「そうだな。あんまり美袋に対して恐怖も感じてなかった」

二年生にとってはそんなに重いものに捉えられていないのだろうか。そもそも噂すら信じないのだろうか。まぁ俺も目に見たものや辻褄のあるものしか信じないけど。そういう人間もいるんだと、美袋にはわかってほしいから針金研究部を訪ねたのは正解だったのかもしれない。

「他に気になる部活あるか?」

美袋は入部届をみながら考えている。なんだ、結構積極的じゃないか。本当のところ「行きません」とか「帰ります」とかいうかと思ったんだが。やっぱり普通に高校生活を楽しみたいよな。生きてんだから。

「あ、あの。竹上くんに話があるんです」

突然思いがけないことを言われた。え、話しがあるってこのタイミングで?

「なに?」


「私、実は、もう部活に入っているんです」


俺は頭が真っ白になった。



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