いちごミルク
午前中の授業は難なくクリアした。
美袋はずっと下を向いたまま授業を受けていた。
時々外を見て、また下を見て。その繰り返し。俺はその様子が気になって美袋を見ていたら先生に怒られみんなに笑われた。
昼休み
昼飯を一緒に食べようかと誘ったが行くところがあるといってチャイムがなると同時に教室を出た。
「不思議ちゃんだな。結局何も起こんなかったし」
俺は生田と校内にある売店へと向かう。親が作った弁当だけではお腹は満たされない。
追加でパンかおにぎりを買いに行く。
「噂だからな。本当なら先生たちがほっとかないよ」
「だとしてももともと何かがないと噂がたたないっしょ」
火のないところに煙は立たない。まさにそういうことだ。
「俺達で推理してみない? なぜ美袋が災難少女と言われるようになったのか」
生田はニヤついた顔をしている。俺はそれを不謹慎だと思った。
「そんなことは別に気にならない。それより美袋がどうすれば普通の女の子として過ごせるかを考えないと…」
「なんだよ本当に美少女戦士なのか? てか、慎也さぁ…」
売店までたどり着いた時、入り口横の自販機でポツンと立っている女子がいた。
荒瀬だ。
「よぅ。どうした?」
荒瀬は振り向いて俺に気づき、泣きそうな顔になっている。
「たーけーちゃーん」
いつの間に俺はそんなあだ名をつけられたんだ?
「いつの間にそんなあだ名で呼ばれてんだ? てかこの子誰?」
生田。俺と同じこと思うな。気持ち悪いだろう。
「友人くんでもいいよ~百円貸してぇ~」
荒瀬は生田にせがむ。生田は満更でもない顔をして財布から百円を出す。
「ありがとう! いつか返すからね!」
荒瀬は自販機に百円を投入し、紙パック飲料を買った。
「で、この子はたけちゃんの何?」
おいおい、生田までその呼び方をするな気持ち悪さが増すだろ。
「この子は荒瀬。中学の時に塾が一緒だったんだ」
俺は生田に荒瀬を紹介する。
「いえーい荒瀬でーす! E組だよっ」
荒瀬は先程買った紙パック飲料にストローを指し、ニコリ笑い自己紹介をした。相変わらずダボタボのカーディガンをきて、化粧もバッチリだ。そして今日の髪型は頭のてっぺんにお団子を作っている。リボンの紐を緩めているところが俺的に許せない。
「俺は生田。慎也の中学からの相棒っす!」
「あーたしかにーたけちゃんが右京さんぽいよねー」
「サスペンダー似合いそう」
二人して笑っている。申し訳ない。笑えないんだが。
そして俺はサスペンダーは生まれてこのかたしたことがない。いや、覚えていない。
「ふたりとも何か買いに来たの? 早く行かないと売り切れちゃうよ?」
「おっと、んじゃ俺行ってくるわ! 慎也の分も買ってくるけど何かいるか?」
なんだよ気が利くじゃないか、相棒。
「アンパンで」
分かったといい生田はパンの販売場所へと向かった。
「ところでたけちゃん」
荒瀬は紙パック飲料を飲みながら俺を横見する。
その紙パックには『ビタミン不足のあなたに』とか書かれてあり、レモンのイラストが載っている。見ているだけで口の中に唾液があふれる。
「美少女戦士は見つかったの?」
そうだった。荒瀬にはアドバイスをもらっていたのを忘れていた。
「立花先生に聞いた。今日から教室で授業受けてる」
「ふーん…」
荒瀬は最後のレモン汁をストローで吸引する。紙パックがへちゃげるほどに。
「…連絡まってたんだけどな」
「ん? なんか言ったか?」
聞き取れなかったからなのか荒瀬はふてくされた顔で俺を見る。
「たけちゃん罪な男だわ」
荒瀬は俺の背中をポンと叩き飲み干した紙パック飲料を捨てに行くと言って別れた。
俺は何か罪を犯したのか? 心当たりがまったくないんだが。
そういえば、美袋は連絡手段の機器を所持しているのだろうか。
もしあれば何かあっても駆けつけられる。よし、午後の授業が終わったら聞こう。
俺は荒瀬が先程かった紙パック飲料の自販機に二百円を入れる。
「あいかわらず慎也はラブリーなもん買うね」
「仕方ないだろ美味しんだから。お前は牛乳で良かったんだっけ」
アンパンとメロンパンとカツサンドを抱えた生田が戻ってきた。
お前どんだけ炭水化物取るんだよ。太るぞ。
「さすが相棒! あと三センチ高くなりてんだよ~」
買いに行ってもらったアンパンを渡され、そして牛乳を渡す。
なんだろうこの物々交換は。
「さっきの子、荒瀬さんだっけ? めちゃくそかわいいな! お前今モテ期なん?」
「そんなわけないだろ。荒瀬はもともと知り合いだし。高校に入って知り合ったのは美袋と飯塚ぐらいだよ」
そんなもんだ。俺はあまり女子から声をかけられない。むしろ声をかけない。学校関連で声はかけられるがプライベート関連で声をかけられたことがない。きっと、いつもこいつがそばにいるからだろう。
生田が学年一のイケメンだったらきっと色んな意味で声をかけられる。間違いなく。
「そーいやー美袋さんは昼ごはんどこで食べてんだろうな?」
生田は牛乳にストローを指し、飲み始める。
「さぁな」
俺達は目的のものを購入し終えたので教室に戻っていたら生田のスマホから着信音がなった。
「はい。……わっかりました今からいきます」
「どうした?」
「今から部ミーティングするって部長から。週末に合同練習あるんだよ」
生田は男子バレー部に即入部した。いい先輩たちでいい顧問に恵まれているからという理由だそうだ。そういうところは真面目なんだよな。感心感心。
「てなわけだから俺行ってくる!」
片手にメロンパンとカツサンド、片手に牛乳パックをもって目的地へと走っていった。
「さて、俺はどうしようっか」
正直よくつるむヤツが生田だけなのだ。クラスの奴らとは仲はいいが深くまで仲良くはなっていない。
俺の性格上なのかもしれないが、友人関係は深く狭く。知識は浅く広く。
相棒と言われるのが嫌ではないのだが、取り残された俺は残りの昼休みをどうしようか考えていた。
「そうだ。美袋を探そう」
まるで京都にでも旅に行くように思った。きっとあいつも部活棟で一人ご飯を食べているのだろう。用事はなんだったのか分からないが、俺は部活棟へと向かうことにした。
部活棟でも教室が一階から三階まであり、それぞれ六室あるので全部で十八室あることになる。
その中のどの部屋にいるのか一室ずつ探していたら昼休みが終わってしまう。こういうときに連絡先を交換していればすぐに見つけられるのに。昔の人はどうやって人気のすくないところでの待ち合わせをしかも人にバレずにしたのだろう。文明の利器に頼りすぎている俺達現代人は人一人も見つけられないのだ。
便利なものが増えていく反面、脳はきっといつか考えることをやめそうだ。だから俺は自分の脳を衰えさせるわけにはいかなかったので考察した。
美袋が一人になれる場所。部室棟。
美袋が一番選びそうな教室。人が立ち寄らなさそうな教室。
美袋が一番好みそうな教室。
十八あった部屋を絞り込み、俺は当てはまる教室を覗く。鍵がかかっている教室もあれば蛻の殻になっている教室もあった。だけど美袋はいない。残す一つは俺すら知らなかった教室だ。それは三階の一番奥。
教室棟からここへくるには結構体力を要する。文化系の部活にとってはここは使わないだろう。
そしてだれもここには来ようとしないだろう。俺はその教室の扉を開ける。
「よくわかったな、竹上」
俺は非常に驚いている。そこには二つの机と二つの椅子があり、向かい合わせてに席をあわせている。
その片方に探していた美袋が。そしてその片方には俺たちの担任、立花先生がいる。
「なんで、先生が美袋と二人で…」
美袋が顔を真っ赤にして驚いている。まるでこの間の保健室に入ったときの心境に似ている。
「きなこが一人ご飯食べるわけには行かないだろ?」
「だからって担任と二人でって。これ見つかったら洒落にならないですよ?」
先生はキョトンとしたあと、大笑いした。俺は面白いこと一言も言ってないんだが。
「心配ご無用! まぁ立ち話もなんだから、竹上も座れよ」
先生は残っている椅子を二人が使っている机のところへもってきて俺の席を用意した。
「にしても竹上、意外と子供なんだな。いちごミルクとか」
探しながらもずつとアンパンと紙パックのいちごミルクを持っていたので俺はそれを机において用意された椅子に座った。
「すきなんですよ。それより、いつも二人でご飯たべてるんですか?」
俺は先生に聞きつつ美袋を見た。授業のときと同じ姿勢だ。
「竹上には話してもいいか。クラスの奴らにも世話係という認識は取れてるみたいだし」
「先生、説明はもっとこう上手くしてください。飯塚のフォローがなかったら今頃…」
「あはははすまんすまん。えーっと。美袋きなこは俺のいとこってのはこないだ話しただろ?」
「はい…」
美袋が急に顔を上げた。驚いた顔をしている。
「実はな、実の兄妹なんだよ。理由あって、きなこが親戚に養子として引き取られててな」
美袋は人差し指を立てて口元に当ててる。
「お、おにいちゃん! それいっちゃだめだよ!」
必死に先生に伝えている。おにいちゃん。なんか新鮮な響きだ。
「いいじゃん。その方がこちらとしても接しやすくなる」
「でも、これバレたらおにいちゃんも先生としてこの学校にいられなくなる」
「そんなことはないだろ。ばらしているのが竹上なんだ。安心だろ」
「………でも」
俺は目が点になった。俺はこんなにハキハキ話す美袋を知らない。
「そんなわけだから、このことは企業秘密でよろしく」
そんな秘密、俺に言うなよ。『いとこ』で通しておいてくれよ。
「よし、竹上が来たことだし、俺は任務に戻るわ」
先生は立ち上がり、俺の肩をポンを叩いてニヤリと笑った。
まるで嵐が去ったかのように教室が静まり返る。
「美袋はいつもここに潜んでいるのか?」
「……はい」
なんだろう。話題がない。いつもどうやって美袋と話してたか思い出せない。
「あの…。いちごミルク、すきなんですか?」
「あ、あー。んーまぁな」
ごもってしまった。この状況に俺が慣れていない。なんだこれ。
「頭を使いすぎたり、糖分が足りないなと思う時に推められてから飲むようになった…」
俺は何を言っているんだ。美袋はそこまで聞いてはいない。でも美袋はクスッと笑った。
「なんか、意外です。おかしな人とはおもってましたが」
「なんだそれ。俺は至ってまともで真面目だ」
「そんな人は私と関わろうとしませんよ」
クスクス笑う。美袋はこんなに笑う子だったのか。
怯えているように過ごしていた午前中の美袋が嘘のようだ。
「…あげるよ」
「へ?」
俺は好物のいちごミルクを美袋に差し出した。
「いいから受け取れ。今日教室にきて授業をきちんと受けたご褒美だ」
だいぶ時間が立ってしまったから紙パックに水滴が少しついている上に多分ぬるくなっている。
「え、でも」
「いーいーかーらー」
俺らしくない。こんなこと人生で初めてだ。なんだよこれ。
「あ、ありがとうございます」
美袋はいちごミルクを受け取り、更に頬を染めた。今度はイチゴのように。
俺の好物も役に立つことがあるんだと、その時思った。