にんきもの
中学一年のとき、ある授業で「この絵は何に見えるか?」という問題があった。
俺はうさぎだと思ったが、誰かはあひると答えた。
その絵は1つのものを指していなかった。見る角度で2つの物にみえる。
だからうさぎという答えもあひるという答えも正解だと先生はいった。
「誰しも同じようには見えない。だから違うように見えてもそれは間違いではない」
俺はそれを聞いたとき世界が広がった気がした。
自分の見ている世界全ては他の人には違う世界に見ているんだと思うと少しワクワクした。
俺の都市伝説好きはきっとここが始点だと今になって思う。
「おい、慎也。どういうことなんだ?」
一時間目か終わり、休み時間に俺達は教室に戻った。
美袋は行きたくないと言っていたが、俺がいるから大丈夫だと説得したら
ためらいながらも行くことを決めた。
教室までの間、美袋は俺の後ろに隠れ、みんなにばれないように歩く。
だがみんな気づいてた。コソコソ話している。
俺は気にせず教室に向かう。だって、美袋だってお前らと同じ女子高生だ。
何か違うところがあるなら教えてほしい。
教室の扉を開けるとみんなが一斉に俺らをみる。
そうだった。俺の席が移動されているんだっけ。
一番後ろの窓際に美袋の席が。その右隣が俺になっていた。
きっと朝のホームルームで立花先生が説明したんだろう。いいように言ってくれたんだと信じたい。
でも、相棒はそうではなかった。
「どうって。そういうことだよ」
俺はずれたメガネをあげる。美袋は俺の服をぎゅっと掴んで後ろに隠れている。
「まさか、お前ら、付き合ってんのか?」
生田は血の気の引いた顔になっている。どこをどう見てそう思うんだよ
「なんでだよ」
「だって、タッチーが言ってたぞ! 慎也がこの子の世話係になったって!」
あぁ、もう、俺は何も信じない。
「てか、その子誰?」
生田は俺の後ろに隠れている美袋に近づく。
美袋も近づいてくるのを感じ、更に俺の後ろに隠れる。
「おい生田―。そいつに近づくと怪我するぞー」
クラスの男子が騒ぎ立てる。その発言にあわせてクスクスと笑い声も聞こえる。
「は? なんでだよ」
「お前しらねーの? その子に近づくと災難にあうんだって」
その言葉を聞いた途端、クラスのみんながヒソヒソと話している。
「この子が噂のツイッターの子だ」と。
美袋、いつもこんな気持ちでみんなの目線を受けているのか。俺の後ろに美袋が隠れているからみんなの目線がまるで俺を見ているかのようだった。
「あーはいはいーみんな静かにー!」
俺は手をたたき、ヒソヒソ話を一旦中断させた。
「えーと。朝のホームルームで先生から聞いてると思うけど、こいつ美袋は今日からここで授業をうける」
その言葉にみんなの敬遠する声が聞こえる。
「竹上くんしってるのー? この子と話しただけで怪我した子がいたんだよ」
「ツイッターのリプでも散々なこと書かれたよね?」
ああ、知っているさ。胸糞悪いリプライの数々はもう読んでいる。
それでも俺は美袋にここにいてほしいと思った。
「俺、今日5時間ぐらい美袋といるけど何も起きてないぞ」
みんなが驚いている。生田は何がなんだか分からない状況に置いてけぼりになっている。
「どうやら俺は被害に合わないらしい。だから、俺が美袋の世話係になった」
みんなは動揺している。こんだけいっても納得してはくれない。
「だから安心してくれ。な?」
それでもみんな困惑した顔をしている。俺の思いが伝わらない。
「ちょっとみんな騒ぎすぎ! 美袋さんは私達のクラスメイトなんだから!」
一人の女子の一言で空気が一気に変わった。
「何かあれば私と竹上くんが責任取ります! それで文句ないよね?」
彼女は自信満々なキリッとした顔でみんなの注目を自分のものにした。
ちょ、待ってくれ。勝手に俺まで巻き込むな!
「それならいいけど」
「委員長がそこまでいうなら」
だんだん納得する人が増えた。さっきの困惑した空気がなくなっていた。
空気を変えた張本人が俺達に近づく。
「さすが委員長。でも俺を巻き込まないでくれよ」
「いいじゃない? 原因は貴方なんだから」
ニコリと笑うその子は俺のクラスの委員長、飯塚愛鈴だ。
黒髪を耳下で2つにくくっている。まさに委員長らしい委員長だ。
飯塚は更に俺の後ろに隠れている美袋をじっとみる。
「美袋さん初めましてっ! 飯塚愛鈴です!」
ニコリと笑って握手を求めた。
にしても委員長のコミュ力は相当なものだ。入学式当日のホームルームでも委員長を立候補し、クラスのみんなを圧倒させた。みんなに有無を言わせない力がある。まさに委員長にふさわしい委員長なのだ。
美袋は握っていた俺の服から手を離し、飯塚と恐る恐る握手をした。
「何か困ったことがあったらまず私に相談してね?」
「はい」
そういった後、委員長は俺と目があった。目を少し細めて横目で俺をみる。背筋がゾワッとした。
そして何事もなく笑顔になった。
「竹上くん。よくやった! さすがだわ!」
俺の肩をポンっと叩く。
そして授業が始まるチャイムがなる。
俺達は新たな席に座り、肩を並べる。美袋はまだ怯えているように見える。仕方ない。これから何かが起こるんじゃないかときっと気が気じゃないんだ。たとえば窓からボールが飛んできてガラスが割れたり、突然地震が起きたり、突然誰かが貧血で倒れたり、そういうことを考えているように見えた。
美袋は座った途端に下を向き、スカートの裾をギュッと握り震えていた。
ここへ連れてきたのは間違いだったのか。美袋にとってはまだそういう心の準備ができていなかったのか。俺は間違えてたのか。美袋は本当は……。
そう思った。なぜなら美袋は今すぐにでもここから出ていきたいと言わんばかり震えていたからだ。
苦しくなった。まるで水の中にいるみたい。朝の川の中にいる時みたい。いますぐ水面にでて空気を吸いたい。そんな気分になった。授業が終わったら美袋を連れてどこかへいこう。そう思った。
二時間目が終わった。これといって何も起こらなかった。でもクラスのみんなは美袋に話しかけようとしない。唯一話しかけてくるのは生田と飯塚だけだ。
「なるほど~。この子が例の災難女子だったんだ。あ、もしかして慎也がいってたツインテールの桜の妖精って美袋さんのことだったの?」
「桜のようせい?」
美袋が教室で一番はじめに発した言葉がそれだった。
「ばっ、なんでもないから! なんでもないからな美袋!」
「違うんか? でも確かに美少女戦士的な女子だな」
ふむふむと生田は舐めるように見る。
美袋は顔を赤くして下を向く。やめたまえ、生田くん。犯罪者の友人は欲しくない。
「あ、俺、生田忠成っていいます! 慎也の相棒な」
生田は腕を俺の方にまわした。すこしうっとおしい。
「俺はいつお前とタッグを組んだんだ?」
「は? 忘れたんか? アレは中学一年の冬だった……」
やばい、その時の俺の話は色んな意味でタブーだ。
「はいはいはいはい! そうだなタッグ組んでたわ忘れてたわ!」
話を遮るような生田に賛同した。生田はニヤリと笑った。
ふふっ
微かに笑い声が聞こえた。
俺の隣で笑い声が聞こえた。
「あれ? 美袋いま笑った?」
美袋は首を大きく横に振る。いや、間違いなく笑った。
「笑うわけ無いだろ~慎也のことが面白い奴だと思ったら世界の終わりだ」
「それ、そのまま返すわ。お前こそ面白い奴だったら世界の終わりだ。あぁ世界は闇に包まれる」
また微かに笑い声が聞こえる。俺と生田は美袋をみる。確実に美袋が笑っている。それを見た俺達は顔をあわせて笑う。
「どしたのー? あ! あんたたち美袋さん泣かせたのー? ひどーい!」
「「なんでそうなる」」
その中に飯塚が入ってきた。なんだ、良かったんだ。
美袋を教室に連れてきて良かったんだ。
その時はそう思っていた。
あんなことになるとは思わずに。