ファースト・ミッション
俺は桜の妖精の正体を知りたくて職員室に向かう。
本当は部活の見学、特に針金研究部が凄く気になっていた。針金を研究するって何をするのだろう。めちゃ気になるんだが。
でも俺はそれよりも桜の妖精が本当に存在するのか(いやしないが)確認したかった。
彼女の姿が俺の脳裏に焼き付いてはなれないからだ。
「失礼します」
職員室の扉を開けると先生はまばらに座っていた。
部活の顧問になっている先生はそれぞれの部活の指導にいっているのだろう。
他の先生は明日の授業の準備やらでデスクワークをしている。
先生という職業はきっと終わりの見えない一日なんだなと悟った。
職員室を人通り見渡したが担任はいなかった。
「部活にでもいってんのかな?」
メガネをくいっと上げてボソリとつぶやいたのが聞こえたのか、近くにいた先生が俺の方を振り向いた。
「何か用?」
とても若くて可愛らしい先生だ。先生というか非常勤講師だ。まず貫禄がない。
首をかしげてその非常勤講師は俺に聞く。
「立花先生はいますか?」
「えーっと、確か保健室じゃあないかしら?」
「保健室?」
「多分だからわからないけど、もしかしたらいると思うわ」
俺は軽く会釈して職員室を出た。
保健室という応えに疑問を持つ。担任は調子の悪いようには見えなかったからだ。
時々ダルそうにするが、それはそういう性格なんだと思っていた。
熱血教師というか脱力系教師。もしかしたら本当に調子を悪くしたのだろうか。
俺は保健室に向かう。
ガラ
「失礼します」
保健室の扉を開けると腕を組んで立っている担任の立花先生と椅子に座っている保健医の里山先生がこちらを向いた。
「なんだ? どうした? 竹上」
「いや、その、なんかすみません」
もしかしたら立ち会わせてはいけないところに居合わせたのかと思い配慮した。
「なぜ謝る? 用があるんだろ?」
「あ、はい。立花先生、俺のクラスにいる美袋さんなんですが」
彼女の名前を出した途端二人の顔色が変わった。
「美袋がどうした? また何かしたか?」
立花先生は少し動揺している。いつもの脱力感が微塵もない。
「立花先生、落ち着いて、彼は何も怪我をしていないわよ」
「それならいいんだが、で、美袋がどうしたんだ?」
「いや、いつも教室にいないからどうしたのかな、と」
二人はホッとした顔をする。何かあるのか?
「あいつの噂をきいたことあるか?」
立花先生は安堵したのかそばにあった椅子に座り大きく息をはいた。
俺は先生たちのそばまで行き、里山先生に椅子を用意され、そこに座った。
「ツイッターで拡散されているってさっき聞きました」
「なるほど。それは本当のことなんだよ」
「本当のことって?」
「美袋は災難体質で、美袋と一緒にいるとその人たちが被害に遭う。もうすでに彼女と話しただけの生徒が階段から足を踏み外して転んで入院している」
そんな大げさな。たまたまだろう。
「偶然だと思うだろ? でも美袋は今まであった災難や被害にあったところを俺は知っている」
そういって先程二人が俺を心配していた会話の内容を理解した。
俺が美袋と接点をもち、その後何かしらの災難にあい保健室に来たと思ったのだろう。
「でもそれって本当なんですか?」
「ああ。本人がそういっているし、本人自体も被害が起こらないようになるべく人と接点を持たないように逃げ回っているようだ」
先生の話でだいぶ点と点がつながった。
「教室にきていないのもそれが原因なんですか?」
「ああ、それに関してはご家族からの要望でもあるんでな」
家族にまで言われているとなると相当なんだな。
そりゃあツイッターで拡散希望なんてタグついて流れてくるわけだ。
「で、なんで竹上が美袋のことを気にしているんだ?」
「いや、その、入学式前に桜並木で妖精になっていたので」
「は?」
いや、俺も意味わからない事を言っているのは承知だ。立花先生の反応は正しい。
でも里山先生、笑いすぎです。
「桜の木の上から降りられなくなって、そのあと足を滑らせて俺の上に落ちてきました」
あの日のことを思い出しながら先生に話していてふと思い出した。
「骨とか折れてなかったり・・・」
美袋はあの時そういった。そうか、そういうことだったのか。
「でも無傷でしたし、その後何も起きませんでした」
もしあの日、俺の肋骨が折れていたらもしかしたら荒瀬の見せてくれたツイートを完璧に信じたとおもう。
でも俺は尻がいたかっただけで骨には異常はないしどこも痛くない。
かすり傷すらなかった。
「竹上くんはもしかしたら強運の持ち主なのかもね」
里上先生は笑い終えて俺にいう。強運を持っていると自覚したことはない。
「そうだ、そうしよう!」
立花先生は何か思いついたのか両手を合わせ俺を見た。嫌な予感がする。
「竹上! 美袋のこと気になるんだろ? 教室にいないのが気になるんだろ?」
「は、はぁ」
「そしてお前のそばにいれば被害は遭わないんだよな?」
「は?」
「明日から美袋と竹上の席を隣同士にする! あと、美袋は当然友達がいない! 話せる相手なんてもってのほかだ!」
あれ? 脱力系の先生はどこへいった? あれ?
俺は立花先生の話す言葉といつもと違うテンションで動揺した。
立花先生はその勢いで俺の両肩に手をおいた。
「竹上にお願いだ。美袋きなこの面倒をみてくれ」
そばにいるだけでその人が被害にあうような災難体質の彼女がこれからも教室で授業を受けられない環境は担任の先生でも頭を抱えるのだろう。
どうにかして教室でみんなと授業を受けてほしいという思いがあったんだ。
友達はそれからでもいい。でも美袋は違う。友達をつくる前の話だ。
ここで俺が承諾すれば一年間は美袋と隣の席で美袋とともに生活をしなければならない。
でもここで拒否をすれは美袋はどうなる?
一生教室に来ず、誰とも会話することもなく高校生活を終えることになる。
俺は里山先生の方をちらりとみた。里山先生はウインクと親指を立ててグッドサインをした。
もう逃げられないじゃないか。
『後悔のない高校生活、送りたかったよ』
ふと俺の脳内で声がした。
か細くて弱々しい女の声。
ああ、もうこんなこと二度とないようにしないと。
「わ、わかりました。面倒を見ます」
「本当か?! よかった! きなこも喜ぶ!」
立花先生は俺の両肩を前後に揺らす。脳みそが揺れ動く。
「先生も大変ですもんね、自分のクラスの子が問題ありだと」
「まぁな。でもあいつは特別。美袋きなこは俺のいとこだから」
「え?」
「ちなみにタッチーと私はここの卒業生で同級生なのよ」
突然里山先生は立花先生のあだ名でカミングアウトした。
「ここの学校に俺がいるからな、きなこにはここを受験するようにいったんだ。でもやっばり前には進まないな。あいつがそういう体質な限り」
先程のタッチー呼びには触れないあたり相当里山先生とは仲がいいのだろう。
「ま、何かあれば保健室にきなさい。私はすべて把握しているから」
「サトが保健医で助かったよ」
おやおや、お互いそういう風に呼び合ってるんですか? 俺ここにいますけど。
「まずは美袋さんに教室で授業を受けてもらうように説得するところからですか?」
何をすればいいのか具体的に言われなかったので俺から提案した。
「そうだな。あいつ次第なんだけど、やってくれるか?」
できるかできないかは実際美袋次第だ。相当力がいると思う。
「わかりました」
とりあえず美袋を説得しなければならない。
教室に来て、授業を受ける。
ファースト・ミッションだ。
美袋にも絶対後悔してほしくないから。