発掘部
「私、実は、もう部活に入っているんです」
確かに美袋はそういった。部活に入っていると。美袋の声で。
「…え? どういうこと?」
「すみません。言おうとしたんですが竹上くんが誘ってくれたので」
あ、あの時いいかけてたのはそれだったのか。
「そうなんだ。何部なの?」
「……発掘部です」
なんということだろうか。多彩な部活シリーズの中で一番気になっていた部ではないか。
美袋よ、何故それに入部したんだ?
「おにい…立花先生が顧問で、その、居場所提供を」
なるほど。なんだよ、俺じゃなくても先生が世話をしてくれているんじゃないか。
俺は大きなため息を着いた。理由は分からないがショックだった。
「すみませんすみません! 竹上くん、私のために一緒に回ってくれているのに」
美袋は獅子舞のごとくお辞儀をしながら謝罪する。ちょっとしたホラーだ。
「いや、いいんだ。早とちりしていた俺が悪いし。でさぁ発掘部って本当に遺跡でも見つけてるのか?」
美袋はキョトンとして首をかしげた。
「えと、発掘するんですよ」
「うーん。そうなんだけど、その裏山で土掘って何か見つけてるんじゃないの?」
今度は反対側に首をかしげた。
「あ、入学前はたけのこ掘りをしましたよ」
なんだろう。会話が噛み合わない。俺は一呼吸おいてキチンと聞くことにした。
「発掘部ってどんな活動しているんだ?」
「そうですね~。なんだろう」
わかんないのかっ! 針金研究部の方がもっと活動内容が明確だったぞ?
「そうです竹上くん」
美袋は手を叩き、ひらめき顔を俺に見せた。
「竹上くんはまだ部活はいってませんでしたよね? どうですか? 発掘部!」
それはいい提案だ…となるわけ無いだろ! 得体のしれない部活なんだぞ?
俺が困惑していると、美袋はあわせていた手を口元に持っていった。
「…はいってくれると嬉しいんですけど」
ちらりと美袋が俺をみる。なんだよ、くそ、可愛いじゃないか。
不覚にもそう思ってしまい俺はずれたメガネを正しい位置に戻す。
「仕方ない。仮入部ってことでいいか?」
ぱぁっと美袋の表情が変わる。まるで花が開いたかのように。
「ありがとうございます! おにいちゃんも喜びます!」
一番喜んでいるのは美袋の方なのでは…。にしても…
「なぁ、お前って本当はそれが本当の美袋なのか?」
「はい?」
「第一印象とだいぶ変わって見えるんだけど。もっとか弱い子かと思って」
「…だめ、ですか?」
いや、ダメじゃない。俺がちゃんと美袋を知らないだけだ。そうだ、俺の知る女子高生は
こういうものだ。美袋だけ特殊だと思い込んでいた。
災難女子、それを信じ切っていたのは俺だったのかもしれない。
「ううん。いいと思う。だから敬語もなしにしよう。俺達タメなんだから」
「そうですね…あ」
美袋は片手で口元を抑えて自分の言葉を遮った。敬語を使うことがクセなのだろうか。
口元を抑えながら俺と目が合う。そしてお互い少し笑った。
早速その発掘部の部室へと美袋に案内された。部活棟の三階まできて俺は分かった。なぜあの教室に二人でいたのか。
「お前らの部室だったのか…」
昼休みに俺が美袋の居場所を引き当てた教室が発掘部の部室として使われていた教室だったのだ。
「そう。ここなら私とおにいちゃんしかこないから」
「なるほどね。居場所というなの部室というわけか」
俺達は机にカバンをおいて椅子に座る。運動部の声が遠くから聞こえてくる。吹奏楽の楽器のいびつな音色も遠くから聞こえてくる。
「いつもはおにいちゃんとただ話をするだけで終わるんだけど」
美袋は窓を明けて空気に入れ替えをする。少し肌寒いが、その冷たさが気持ちいい。
「竹上くんがいると、少し新鮮」
ご自慢であろう長髪のツインテールが風でなびいている。
「俺はこうやって美袋と話せるのが新鮮だよ」
「そう、だね。…なんか照れます」
なんだかんだで敬語になっている。すぐには治りそうにはない。
「で、発掘部ってなにしてるんだ? ここで先生としゃべって終わり?」
「えーと」
美袋は昼休みに自分が使っていた机の棚からA4のクリアファイルを出した。
机の上で開きはじめ、俺はそれを見る。いままでの活動内容とその時の写真を貼っている。いわば発掘部メモリアルという名のアルバムだ。
「奉仕活動。生徒会の雑用。校内活性運動。…これって」
俺はペラペラめくりながら発掘部の活動内容を理解し始めた。
「発掘っそういう意味なのか」
普通『発掘』といえば地中に埋もれているものを掘り出したり、遺跡を掘り出したりする作業のことをいう。あとは優れた人やものを見つけ出すことをいう。だから俺は裏山で遺跡を掘り出すのかと思っていたが間違いだ。奉仕活動や生徒会の雑用、これらは先生や生徒会から言われたのではない。部の活動内容を自ら見つけて行動を起こすことをここでは『発掘』するというんだ。
「だとしたら美袋には難しいんじゃないのか?」
自ら仕事をとりに行くということは生徒に接触しないといけない。美袋にはそれが今の所できないはずだ。
「修行だと思えっておにいちゃんが」
立花先生、やはり貴方は鬼でした。全然優しくない。
自分から災難を呼びかけているようなものじゃないのか?
「でも、でも竹上くんと一緒だったら大丈夫かと」
おいおい、美袋もいうようになったじゃないか。こんなこと言えるの生田以来だ。
「たしかにな。俺意外と顔広いし、仕事依頼は難しくないが」
発掘部メモリアルの最後のページで俺は手を止める。
「これ立花先生じゃないか?」
俺はとある写真に指を指し美袋が覗き込むようにみる。俺のおでこと美袋のおでこが後数センチで当たる距離だ。
「ほんとだっおにいちゃんだ!」
バッと驚いた顔を美袋が上げた。俺の顔との距離は数センチだ。
一瞬時間が止まったのかと思った。俺と美袋は目が合ったまま動かない。
え、なに、なにこの空気。
「ごっごめんなさい!!」
美袋は我に帰り、驚いて後ろに下がる。椅子がガタンと音を立てて倒れた。
動揺しすぎだろう。俺もそれに驚いて慌てる。
「な、なにがだよ」
本当に何がだよ。よくわからない。
「いーものみちゃったー」
その声に更に俺らは驚く。その声の持ち主は立花先生だった。
「なっ先生! 教室入るときはノックぐらいしてください」
「あーわるいわるい。いい雰囲気だったからつい」
ついってなんだよ。そもそもいい雰囲気ってなんだよ。
立花先生は入り口を閉め、俺達の方へとやってきた。
「懐かしいな。どこからだしてきたんだよこれ」
「この机の下からでてきたよ?」
先生は俺達が見ていた発掘部メモリアルを手に取りパラパラとめくる。どうやらそのファイルの存在を知っていたらしい。
「最後のページの写真に写ってるの先生ですよね?」
先生は更にページを最後までめくり、その写真をまじまじとみる。
「あ、俺だ。なつかしいなー。サトもいるぞ」
サト。保健医の里山先生のことだ。ということは
「先生と里山先生はここの卒業生だったんですね」
「ああ。 ちなみにこの『発掘部』を作ったのは俺」
「「ええー!!」」
俺と美袋は同時に驚いた。いや、知らなかったのかよ美袋。
「部活必須な学校だろ? だから三人以上のメンバーが揃えば部活に認定してくれるんだよ。で、俺とサトは入りたい部活なかったから作ったわけ」
先生は懐かしさに浸りながら発掘部メモリアルファイルを俺に渡した。
「だから美袋にも入部させたんですか?」
「あははは、竹上はホントすごいな。そうだよ。要は入りたい部活がない人のための部活。簡単にいえば雑用係なんだけど、それじゃあ味気ないから自ら雑用を探しに行く部活で『発掘部』と名付けたんだよ」
先生は腕を組んで目を閉じ、学生時代を思い出しながら語りだした。
「それはそうと、竹上がここにいるということは発掘部に入部するのか?」
「まぁ、仮入部で。美袋もいるし」
「私、勧誘した」
「そうか、そりゃいい一歩だな。よしよし」
先生は俺達の頭を撫でる。なんか恥ずかしい。
「竹上、ありがとうな」
先生は更に俺の肩をポンと叩いた。本当に感謝されているのが伝わった。
「まぁ雑用係に変わりないけど、ようこそ発掘部へ!」
先生の嬉しい顔と美袋の喜んでいる顔をみて俺は入部することを決めた。