桜の妖精
俺はどちらかというと夢を見る方だ。
もちろん寝ている時にみる夢。
それがリアルなときもあればありえないような夢をみる。
16年も同じ身体で生きているからだいたい分かる。
体調が悪いときは魔女が俺を追いかけてくる夢。
プレッシャーに感じる時は予知夢のようにリアルな夢。
自分の心理状態が夢で判断できるぐらいにはよく見ている方だと思う。
ただ、未だに謎な夢がある。
橋の上から必死に俺の名前を呼ぶ女の子。
汗か涙か分からないそれは川にポタポタを落ちている。
必死に俺の名前を君付けで呼ぶが女の子の顔がぼやけていて誰かわからない。
俺はそれが現実にあったことなのか夢なのか区別がつかないほどその夢らしきものを最近よくみるようになった。
俺はこの子をしっているのだろうか?
本日より俺、竹上慎也は高校生になる。
中学時代の学ランからブレザーに制服が変わる。それだけで大人になった気分になる。きっとネクタイをするからだ。俺は入学式までになんとしてでもネクタイを自分で結べるように練習した。身だしなみは第一印象では必須だからな。ネクタイもきちんと結べない男なんて男じゃない。そんな固定概念から俺は必死にネクタイの結び方を特訓した。もちろん独学で。
その御蔭で入学式までにはきちんと結ぶことができた。
制服の着こなし、ネクタイ、靴、カバン、そして頭髪。完璧だ。生活指導の先生がみたら「今度学校のパンフレットの生徒見本の写真モデルをしてくれないか?」と声をかけられるだろう。その時は「ぜひ」と答えて思う存分撮ってもらう予定だ。
まぁ新入生に対してそんなことは先生も言わないだろうが、誰が見ても身だしなみは満点だと自負しながら通学途中にある公園内の桜並木を歩いている。入学、桜、期待、不安、それらは今しか味わえないだろ? こんな貴重な体験を食パン加えて走り去るには行かない。余裕を持ち、桜並木の桜の花びらを風と共に感じながら登校する。まさに理想に登校だと思う。ここに幼馴染の可愛い女の子がいればなおさらいいのだが、俺にはそんなものはいなかった。
余裕を持つと自然と鼻歌も出るもんだ。だから自分が鼻歌を歌っていると思わなかったので「その子」が俺に話しかけてくるとは思わなかった。
「あ、あああああの!!」
なんだ? どこからか女の子の声がする。
前を向いても後ろを振り返っても左右見渡しても女の子というか人と呼べるものはいなかった。
「空耳か」
俺は歩き始める。
「え、まって、こっち!!」
こっちと言われてもそっちがどっちか分からない。声のする方をもう一度みるが誰もいない。ずいぶん離れたところに犬の散歩をする老夫婦ならいるが、聞こえた声はとても華奢な可愛らしい声だった。
「なんだ? 桜の妖精でもいるのか?」
「う、うううううえです!!」
上? 聞こえた声の上をみると、そこには本当に桜の妖精が木の枝に立っていた。
俺は幻をみたのかと思い、目を擦った。その後また上をみたがまだその妖精はいた。
いや、妖精ではない。彼女が着ている服はどう見ても俺と同じ学校の制服だった。
栗色の長髪で美少女戦士のようなツインテール、白い肌に細型、スカートの下は黒いタイツを履いているのが残念。しゃべらなければ本当に桜の妖精かと思うほど、可愛らしい容姿の女子だ。
「なにしてるんですか?」
「お、おりられないのぉぉおお」
「登ってきたように逆再生すれば?」
「できたらやってるよぉおお、うわっ」
強い風が吹いた。彼女はバランスを崩し足を滑らせた。
「わああああああああ」
咄嗟だった。この状況で受け止める姿勢にならないほうがおかしいだろう。
俺は両手を広げ、彼女を受け止める姿勢になった。
ドスッ
ナイスキャッチとまでは行かないが、彼女を受け止め、その重さに負けてふたりとも地面に叩きつかれた。幸いそこはコンクリートではなかったので痛さはさほどなかったが、でも人の重さと重力には身体は耐えられなかった。いや、彼女は思いの外軽かったけど。
「ごめんなさいごめんなさい」
必死に誤りつつ俺の胸板で頭突をする。地味に痛い。
「俺は大丈夫だ。君は大丈夫か?」
「はいっ大丈夫・・・ひゃあ! ごめんなさいごめんなさい」
今の状況を把握したのか頭突をしていた頭を起こした瞬間、俺の顔と彼女の顔の距離が近いことに気づき彼女は瞬時に起き上がり離れた。少し傷ついた。
「てか、なんであんなところにいたの?」
「猫が、木の枝にいて、震えていたので、助けようと、そしたら自力でおりて、その」
今度は自分が降りれられなくなって震えていた、というわけだ。
「あの、その制服、秋高の、人ですよね?」
「ん? ああ、今日から入学する竹上だ。君は?」
「わ、私は美袋です・・・」
彼女はスカートの裾を両手でキュッと握りしめて少し震えていた。
「あの、怪我、なかったですか? 骨とか折れてなかったり・・・」
美袋はおどおどしながらチラチラと俺を見みている。
「いやいやこんなことで骨は折れないよ。大丈夫」
俺はお尻についた砂を叩きながら落とす。
全生徒の見本となる身だしなみを再度直すためだ。
ネクタイも先程の頭突でずれてしまったので締め直す。
おまけに斜めになりかけているメガネもくいっと元の位置に戻す。
「そうですか・・・」
美袋は安堵した。そんなに俺は脆そうにみえるのだろうか?
「そういう君こそ怪我ないのか?」
「わ、私はいいんです。他の人のほうが、もっと・・・」
そういいかけて美袋は顔を上げ俺と目が合った。何か思い出したかのようにはっとした顔になる。
「ん?」
「す、すすすすみません!! 失礼します!!」
彼女は深々とお辞儀をし、目指すは俺と同じ方向へ猛ダッシュした。
「なんだったんだ?」
何が起きて何が終わったのか頭の中で整理ができず、ただ立ち尽くした。
本当に桜の妖精なのかと思っていたらまた強い風がふいて俺の頬を花びらがなでる。
その感触でふと我に返り、腕時計をみる。やばい、遅れる!
俺も彼女のあとを追いかけるように走った。
俺は初めて余裕のない登校をした。
その後無事に学校に登校し、入学式を終え、教室に入った。
まさかとは思った。
あの美少女戦士のようなツインテールの桜の妖精が
俺のクラスにいたのだ。