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正義の無力②  作者: 杉野御天
1/2

遠野頼子

都内某所において、次々と女子学生が殺害される事件が起こった。


「暑いなぁ」


季節は残暑厳しい夏だった。

新人刑事、遠野頼子(とおのよりこ)は手で風をパタパタと送りながら呟いた。


ボロい空調を忌々しげに睨むと、自販機でコーヒーを買い座った。頼子は前々から憧れていた刑事になり、刑事課の目の前の休憩所にいた。

と、ふと思い出したように鞄から慌てて資料を取り出した。


「女子大生連続殺人、その手口から、犯人は同一人物と思われ....」


頼子はまだ新人であったが、今回初めての殺人事件担当になったので、不謹慎ながらも内心ワクワクしていた。


「よし!行こう!」


頼子はコーヒーをぐいっと飲みほすと、刑事課の方へ足を向けた。


「ここが刑事課かぁ...ドキドキするなぁ」


頼子は独りごちながらそっと扉を開けた。


**


「初めまして!遠野頼子と申します、殺人事件の担当になったのは今回が初めてです」


「......」


沢渡(さわたり)は目の前の新人を一瞥した。


一瞬で沢渡は、彼女には自分にはない光を見た。

正義、夢、希望、そんなものが存在していると信じている光だと思った。


「お前、まっさらだな」


まっさらで、まだ黒を知らない無垢な紙のようだ。


「え?」


沢渡はそれだけ言うと、吸っていたタバコを灰皿に押し付け、椅子の背もたれに手をかけた。


頼子は沢渡の言葉の意味がわからず沢渡の眼前で突っ立っていた。


「で?他に用はないのか?」


「え?あ、」


「ないならもう仕事に戻っていいか?」


そう言うと沢渡は椅子にかけていた上着に手を伸ばした。

頼子は焦って口早に言った。


「いえ!あります!私は、沢渡さんの助手になりました!これからよろしくお願いします」


それを聞いて、沢渡の手は上着を着かけたまま止まった。


「はぁ?」


**


「犯人の手口は皆同様だ、指を折り皮を剥ぐなどして殺した後に、死体を裸にして風呂に沈めてる。ホトケは皆大学生で一人暮らしをしている、聞いてるか?新人」


沢渡と頼子は殺害現場に来ていた。


「ォエエエェ!!」


頼子は情けないことに、現場についた途端、鼻をつく異臭と、まだ完全に取り除かれていない血を見て吐いていた。


「....言っとくが俺は、新人の世話するほど暇じゃないぜ」


「ぐっ、すっ、すいません...現場は、初めてだったので...ゲホッ、オェ」


そう言って頼子はまたトイレに駆け込んで行った。


沢渡は特に気にもせず、ため息を一つ吐いてその場を切り上げた。


「もうここはいい、お前は犯人に調べを入れろ、できるか?」


「はい!」


「銃の扱いは?」


「ひとしきり習いました!」


「ならいい、ホシはここに住んでる。決定的な証拠がなくて手をこまねいていたところだ。お前なら話しをするかもしれない」


沢渡は地図を広げ、赤丸で囲んである位置を指差しながら言った。


「え?何故ですか?」


「お前は俺たちとは違うからな」


頼子はまたもやわけがわからないという顔をして、煙草をふかす沢渡の横顔を見ていた。


「おい、さっさと行けよ。俺の顔を見ても事件は解決しねえ、安心しろ。ホシの周りは張ってる」


「はっ、はい!」


ピンポンとインターホンを鳴らす。


「こう言う者です、お話をお伺いしにきました」


インターホンに向かって警察手帳を出しながら頼子はそう言った。


しばらくして、ガチャ、と扉が開いた。


**


「沢渡さん!いいんですか一人で行かせて!それも新人に....もしものことがあったら....」


沢渡と一緒に張っていた刑事の一人が小声で言う。


「心配ねぇよ、あいつは俺らとは違うんだ」


「またお得意の謎理論ですか?沢渡さんは自分の勘を過信しすぎなんですよ!まぁ、外れたことはないですけど....反省文書くのは私なんですよ!」


「悪りいな」


「こんな上司の相方なんて頼子ちゃんかわいそう、頑張って!(泣)」


**


「.........」


頼子は少々拍子抜けした。

扉の先で見た顔は、自分がイメージしていた犯罪者のそれとは違っていた。


(この人が、あんな残虐な犯行をした人?こんな、こんな)


頼子は男の顔をまじまじと見ていた。


こんなに悲しい瞳をしているのに?


「どうも、上がりますか?」


男の口が開いてそう頼子に聞く。

頼子は男の声でハッとした。

悲しい瞳が、何の色も写さず無着色に頼子を見下ろしていた。


頼子は確信した。


この目は、犯罪者の目だ。

この人が、犯人だと。


**


扉の向こうには刑事が何人かいて、いつでも凸できるような体勢が敷かれていた。


「例の連続殺人の事で何度か刑事さんが訪ねてこられましたよ、もしかして私はその事件の容疑者ですか?」


男が茶を用意しながら言う。


「残念ながらそうです。....率直なことをお聞きしたいのですが、あなたは何故あんなことをしたんですか?」


男の目が頼子を捕らえる。


「あんなこと....?」


「どうして被害者を殺したあと、お風呂に沈めたりしたのですか?あなたは人を襲いながら、強盗もしてない、強姦もしてない、人を殺したいだけならわざわざそんなことをして、風呂にまで沈めなくてもいいじゃない。一体何が目的なの?」


「目的....?ハハッ」


「?」


「随分と、断定的ですね。あなた刑事でしょ?私を犯人と思うならそんなくだらない事を聞かずに、さっさとしょっぴけばいいのに、そういうの得意でしょう」


あなたたち警察は。

と言われて、

頼子はカッと顔が熱くなるのを感じた。


「でも、まだ決定的な証拠がなくて....」


それに私はまだ新人だし....


「刑事さん」


頼子は声のする方を見た。

無着色の目がこちらを見下ろしていた。


「逆に何故そんな事を聞くんですか?」


何故?

何故って....


何故かしら?


頼子はここに来て、男の目を見た瞬間の、その瞳に宿る悲しみを思い出していた。


「あなたが、何の目的もなしに、あんなことをするような人とは思えない」


ピクリと男の肩が動いた。

男の無着色の目が揺らいだ気がした。


「刑事さん、優しいんですね。私がそんなに信用できる人間だとでも思ってるんですか?私は容疑者ですよ、しかも殺人の、それにあなたとは初対面だ」


初対面?

確かにそうだ....

でも何故、私はこの人を信じたいと思っている?


それは、もうほとんど頼子の直感だった。


「私は、あなたを捕まえに来たわけじゃない。何故あんなことをしたのか理由を知りたい、そしてできれば」


頼子は間を置いて言うかどうか迷っていた言葉を切り出す。


「....あなたを助けたい」


「はーっはっは、こりゃ傑作だ。私を助けたい?」


男は笑っていない笑い声をあげた。

と同時に怒りのこもった声を頼子にぶつけた。


「あなたが私の何を知ってるんだ!あなたが私の何を救えると言うんだ!」


男の無着色の目にはなお色がつかない。

悲しみと怒りとどうしようもない憎悪が男を支配していた。


「それは私にもわからない....」


私には、この人が何の理由もなしにあんな事をしたとは思えない。何か....


バサバサッ


「え?」


頼子の目の前に、嫌がっている少女と、その少女の髪を引っ張っている二人組の少女の写真が広げられた。


「その子、私の姪っ子なんだけど、あ、その見るからにいじめられてる子ね」


はっきりわかんないだろうからと言って男は卒業写真を取り出し指を指した。


「なかなか可愛いでしょ」


色の白い肌と、茶色の髪が印象的な、少し恥ずかしそうにして笑っている。

至って普通の女子高生がそこには写っていた。


「去年自殺したんだ」


頼子はゾッとした。

男の言葉、いじめを受けていたという事実、ふざけたように姪っ子の髪を二人がかりで引っ張るいじめっ子と、その様子をまたふざけたように撮影するもう一人のいじめっ子。

少女の叫びが聞こえてくるようだった。


誰か、助けて

助けて.....


「いじめを苦にね」


それは男の口から聞かずとも目の前に広げられた写真が語っていた。


「え?これって....」


卒業写真を見てさらにゾッとした。そこには殺された3人の女子が写っていたのだ。


「学校は何もしてくれなかった。それどころか隠蔽(いんぺい)しようと寄ってたかってそんな事実はないと言って来やがった。いじめた奴らの親も揃いもそろって馬鹿ばっかりだった。モンスターペアレントっての?最近増えてる害悪。」


頼子の写真を持つ手が震えた。


「その子の親つまり私の兄貴は、娘が自殺したのがきっかけで頭がおかしくなっちまった、今では夫婦仲良く病院送りだ。奴らは何もかもを壊していった。奪っていった。家族も、人生も、人の命さえも」


だから、俺は待った。


「だから、こいつらが親から離れて暮らすのをずっと待って、私が兄貴と、姪っ子の無念を晴らしてやったんだ」


それは長い年月だった。

俺はこの時をずっと待っていた。

姪っ子と兄貴と義姉さんの恨み、憎しみを晴らせるのは俺しかいない。


警察なんかクソだ。

何もしてくれやしない。

正義なんかクソだ。

無力な正義の、どこに力があるってんだ....?


「その写真は、姪っ子から送られてきたんだ。その写真が届く頃には、姪っ子はダムの底に沈んでいた」


寒かっただろう?

怖かっただろう?

待ってろ

おじちゃんが今、恨みを晴らしてやる


「ヒィイイ!何するのやめでぇぇぇ!!!!」


女の部屋で俺は、女の髪を頭皮から剥がす勢いで引っ張っていた。


女の部屋に入るのは簡単だった。友人にセッティングしてもらった合コンで親しくなって、俺を気に入った女が何も知らずに、ウキウキして自分から俺を部屋にあげたのだ。


この年頃の女はみんな同じだ。

先のこと、未来のこと、これから何が起こるか考えもせず、「今が良ければそれでいい」と。何の意味もない、その場限りの欲を求めて。


尻軽で軽率で馬鹿な女だ。

お前みたいなのは、生きててもきっとろくな人生にはならないだろうよ。


なのに....


なんで生きていても仕方のないお前が生きてるのに、なんで俺の姪っ子は死んだ?


「うるせえなぁ、きたねー声あげんなブス。ところで死ぬ前に一つ問題。この名前覚えてるか?杉原美穂(すぎはらみほ)


俺は美穂の写真をそいつに突きつけた。そいつが髪を引っ張って、美穂が嫌がっている写真を。

女はハッとした様子で答えた。


「あ、あ、あたしが高校生の時に同じクラスだった....?」


「正解、じゃあお前は美穂に何をしたかも覚えてるな?お前は笑いながら美穂の髪を引っ張ってた、この写真みたいによ」


「あ、お、お前誰だよ!」


急に女は俺を脅すように口調が荒々しくなった。

いやいや、そんなことしても怖くねーから。


「そんなことお前に関係ないだろ。どうせ死ぬんだから。

お前も、美穂と同じ苦しみを受けて死ね。苦しみながら死ね」


パキッ

バキッ

そう言いながら俺は、女の指を一本ずつ折って行った。


「ギャアアアア!!」

「だからうるせーっつってんだよ!!ブスな声あげんなブス!!」


女が騒ぐので、俺は布で女の口を塞いだ。


「ン"ン"ーッーッ!!」

「おっとまだ気絶すんなよ、あの子の痛みはこんなもんじゃなかっただろうからな?」


ジジ....

あまり丁寧に研げていないナイフで皮を剥いだ。

気持ち悪い。ブスは肌までブスなのか?

浅黒い皮膚を剥ぎながら俺はそんなことを考えていた。


「ンギィィィィヴェェェーーーッ!!」

「面白い声出すなよ、うまく剥げねえだろうが」


しばらく馬乗りになっていると、女が動かなくなった。

どうやら失神したらしい。


「チッ、力加減がわかんねぇな....おい、ブス。お前こういうの得意だろ?加減の仕方教えてくれ、よ!」


ゴヂッ


鈍い音を立ててそいつの頭を蹴ってやった。

女の頭はサッカーボールみたいによく跳ねた。


「ングォ!」

「はっはー!さすが頭悪いだけあって軽い頭してんな」


ふと窓の外を見ると、いつの間にか日が沈みそうになっていた。

姪っ子は確か、日が沈む前に死んだ。


「そろそろ時間だ、もう少し苦しませたかったが、それじゃあの子がかわいそうだもんな。」


「ヴゥーーーーーッ!!!」


「平等にしなくちゃな、そうだろ美穂」


ゴキゴキンッ


女の首は、いとも簡単に折れた。

糸の切れた人形のようになった女を、風呂場へと連れていく。


「美穂、お前が感じた痛みや苦しみをこいつらにも味わわせてやるからな」


俺はさらに惨めな死体で発見されるように、女を全裸にした。女の身体で、これほど醜悪なものは見たことがないほど、おぞましかった。


「きたねーな、ブスは身体までブスなのか。

皮が剥けてベロベロじゃねーか」


ドプンッ


冷たい水を貼った浴槽にそれ(死体)を沈めた。

一瞬で水は赤く染まった。


「美穂、あと二人だよ」


俺は血まみれで泣いていた。

これは俺の涙ではない。

美穂の涙だ。

美穂が流した嬉し涙だ。


「美穂、喜んでくれているのか?ありがとうおじちゃん嬉しいよ」


もうその時には、俺は完全に正気を失っていたと思う。


誰も救ってくれないなら、誰も罰を与えないなら、誰も復讐しないのなら、俺がやるしかないだろう?


その一心で、俺は残り二人も同じように殺した。


「........」


「後悔はしていませんよ」


じっと男の話を聞いていた頼子の目に涙が浮かぶ。


「何故あなたが泣くんですか?」


「わからない....」


「もういいですよ、事情は今聞いてもらった通りです。どうせ外には警察がいるんでしょう?さっさと連れて行って下さい」


そう言って男は自ら両腕の拳を前に突き出した。


「なんだか不思議ですね」


「....?」


「今まで警察には、どんなに詰め寄られても事件の話はしたことなかったんですが、何故かあなたには話せた。」


「えっ」


男の目に、相変わらず色は見えないが、悲しみがより一層深みを増した。


もう自分の役目は終わったという疲労感と安堵。

そのあとを追うように、襲ってくる虚無感。

後悔していないと言いながら、その悲しい瞳が物語っていた。


もうどこにも戻れないのだと


「あの!」


連れて行かれる男に向かって頼子が手を挙げた。


男は振り向かなかった。


「やめろ」


沢渡がすかさずその手を降ろさせた。


「半端な同情は、余計に傷つくだけだ。お前の仕事はなんだ?心理カウンセラーか?」


「....で、でも....こんなのあんまりです!あの人は、ほんとは殺しなんかできるような人じゃない....」


(せっかく、私にだけ話してくれたのに、私にだけは話せるって、言ってくれたのに!)


「言いたいことは分かるがこれが現実だ。これが俺たちの仕事だ」


男を乗せたパトカーが遠ざかっていく。


頼子はその場に崩れ落ちた。


「わぁああああ!!」


頼子は声をあげて泣いた。

子どものように泣いた。

何故、こんなにも私は無力だ?

何故、私はこんなに無力だ?

何故、こんなに悲しいのに何もできない?


沢渡はその様子を静かに見ていた。

声はかけなかったが、沢渡は彼女が泣き止むまでそこにいた。


「頼子、このくらいで(くじ)けるなよ...」


呟いた沢渡の声は、泣きわめく頼子には聞こえていなかった。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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